連載 | ナノ

指先でふれたロマンチック 12




何でこうなったんだっけ。

日曜日の午後。
グラウンドで一人唸り声をあげた。

顔を上げればロングティーを終えて引き上げてくる御幸の姿が視界に入って、途端にぼっと顔が熱くなる。


仕事、仕事しなきゃ!

ぶんぶんと首を振って止まっていた手を動かし始めると、隣に立つ唯が私の顔を覗き込んだ。


「名前、大丈夫?」
「え?」
「なんか顔赤いよ」
「またぶり返しちゃったんじゃない?」


同僚マネージャー二人に心配されてしまい、少しだけ申し訳なくなる。
だって風邪はもうとっくに治っているんだから。

そう、そうだ。
この前の風邪が全ての始まりだった。
あの日はお昼前に高島先生の車で家まで送ってもらって早退した。
しかし元々丈夫な体だったお陰か、熱は一晩でけろりと下がり、翌朝はいつも通りに登校したのだった。
何事も無く普段と変わらない一日を過ごしていたのだけれど、昼休みも半ばに差し掛かった頃、事件は起きた。




「うそ!?課題が出てたなんて全然聞いてなかったー!」
「お前あの授業殆ど寝てたようなもんだったもんな」


あの日私が朦朧とした意識の中で受けていた数学の授業で課題が出ていたという。
もちろん私の記憶にはこれっぽっちも無い。
早退後の授業だったら免れたのかもしれないけど、出席してしまった以上具合が悪かったなんて言い訳は恐らく通用しない。

数学のワークブックとノートを慌てて開いてペンを持つ。
数学は5限目。
昼休みの残りはあと10分。
・・・絶対に終わる気がしない。


「はは、もう諦めようかな・・」
「仕方ねぇなぁ」


渇いた笑いを浮かべながらそう言うと、見兼ねた御幸が自分の机の中から取り出したノートを私の机の上に広げた。


「これ写せよ」
「え、いいの!?」
「おぉ。その替わり後でいっこだけお願い聞いて」
「いいよいいよ!何でもおっしゃい!」


説教を回避出来るのならば何だって聞いてあげよう。
どうせ昼飯奢って、とかでしょ。
御幸から受け取ったノートを写しながら御幸のお願いを予想してみたけど、どう考えても食べ物関連しか浮かんでこなかった。

しかし、放課後のグラウンドへ向かう途中に御幸が言った"お願い"は何とも予想外なものだった。




「宿題見せてやった代わりに日曜の練習後付き合え」
「え?」
「来週の月曜って練習試合組まれてるだろ」
「うん」


来週の月曜は祝日で、隣の千葉県から遠征に来る学校と練習試合の予定が入っており、午前と午後のダブルヘッダーが組まれている。


「日曜の練習は夕方までになると思うからその後ちょっと付き合って」
「なに、自主トレ?」
「違ぇよ。ちょっと買い物」
「・・・は?」



なんだって?




「新しいバッティンググローブ欲しいんだよな」
「ひ、一人で買いに行けばいいじゃん。それか倉持と一緒に行きなよ。あ、ほら、あかねちゃんとか!」
「何でだよ。あいつ野球の事分かんねぇから駄目。てか、名前じゃなきゃ駄目なんだよ」


御幸の言葉に赤面するのも忘れて硬直してしまった。
だって今の言葉はやばいんですけど。
殺傷能力抜群なんですけど。


「お前、少し前に哲さんのグローブ選んだだろ?名前に選んでもらうと打てるって評判なんだよ。亮さんも純さんも言ってたし」
「へ、変な伝説作んないでよ。それで御幸が打てなかったらどうすんの」
「打てるって、きっと」


御幸が私を誘った理由を聞いてすぐ我に返ったけど、にっと笑う御幸にそれ以上何も言い返すことは出来なかった。
そんな笑顔で頼まれたら断れる訳ないじゃない。
だって私は、御幸の笑顔にめっぽう弱い。


結局何でも聞くって言ったんだからということで、今日の練習終了後に御幸の買い物に付き合うこととなった。

そんなこんなで私は朝から落ち着かない一日を送っている訳だ。
夕方になるに連れてその落ち着きの無さは更に増し、倉持にはまた挙動不審になっていると指摘された。
ちらりと御幸を見てみればいつもと変わらずブルペンで騒ぐ沢村の相手をしている。
こんなにも緊張してるのはやっぱり私だけみたい。





練習の最後に、夕日の中でグラウンドに礼をする選手たちの背中を見守る。
下げた頭を上げるとそれぞれ散り散りに片付けを始めた。
私も例外では無く、両手に持ちきれるだけの荷物を抱えて道具庫に向かって歩いていると、突然右腕がふわりと軽くなった。
右側を向けば、私の腕に提げられたカゴを御幸が持ち上げていた。


「お疲れ」
「お疲れ、ありがとう」
「おう。片付け終わったら門のとこな」
「う、うん」


後でな、て笑って先を歩き出した御幸に胸がばくばくする。
だってなに今の!
こっそり待ち合わせしてる恋人同士のようなその雰囲気に顔が熱くなる。

まずい、舞い上がっちゃ駄目だ、私。
デートみたい、なんて思っちゃ駄目。


そう言い聞かせてはみたものの逸る気持ちは抑えきれず、急いで片付けを終わらせ着替えを済ませると、誰よりも早く鞄を掴み更衣室を後にしようとした。



げ。


更衣室を出る間際、入り口に掛けられた全身鏡に写る自分を見て髪がぐしゃぐしゃな事に気が付く。
一日グラウンドで風に吹かれるとどうしてもこうなってしまう。
今日はちょっとでも女の子らしくなれたらと思って下ろしてきたのになぁ。

トイレに寄って、鏡の前で乱れた髪をとかしてから後ろの高い位置で一つに束ねる。
束ねた毛先を少しだけ散らして、最後に気合を入れた。


「よし!」


トイレを出て少し早足で歩いてみるけど、校門が近付くにつれて鼓動は更にどきどきと激しくなる。
校門まであと少し、と前を向いたら、校門の横に寄り掛かるようにして立つ御幸を見つけた。
私に気付くと預けていた体を起こし、数歩こっちへ近付いた。


「おせーよ」


そう言いながらも浮かべる表情は笑顔で、夕日に照らされたその笑顔はやっぱり格好いい。



「あれ、髪型変わってる」
「ぼさぼさだったから纏めちゃった」
「ふーん。お前その髪型似合うよな」
「そうかな」
「おぉ。そっちの方がいい」


そんなこと言われたら、明日からずっとこの髪型にしちゃいそう。
さっきまで風で乱れた髪を恨んだけど、御幸がそう言ってくれたならもういいや。

この前テレビで言ってた男は揺れるものが好きだって説はあながち外れていないのかもしれない。
なんて考えていたら後ろから、あ!という大きな声が聞こえた。


「御幸一也!と名前先輩!」
「げ、面倒なのに見つかったな」


声のした方を振り返ると、未だ練習着のままの沢村がいた。
小脇にグラブを抱えている所を見ると、また御幸を探してたんだな。


「こら御幸一也ぁ!今日は受けてくれるって約束したのに!」
「あー帰ってきたらな」
「ん?二人でどっか行くんすか!?も、もしかしてデートってやつですか!?」
「ば、違うから!全然違う!!」
「はっはっは、全力否定だなおい。傷付くわー」


沢村が大声でそんなことを言うもんだから、慌てて思わず否定してしまった。
横で笑う御幸に、だって・・・と言ってみたけど、その後に続く言葉は声にすることが出来なかった。



だって、御幸はデートだなんて絶対思ってないじゃん。
だけどやっぱりデートみたいだ、なんて私の中で勝手に思うくらいは許してもらえるかな?


沢村を振り切って歩き出した御幸の隣に並びながら、心の中で問い掛けた。




ゆらゆらポニー
(きみの横顔になんどもみとれる)




back




TOP




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -