連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 **




いつもと雰囲気の違う青道高校の門を潜り、いつも向かうグラウンドとは逆方向の校舎へと進む。

シフォンのブラウスをインしたキュロットスカート。
いつもより可愛い服を着てみたけど、少し丈が短かったかな・・・?
いつもよりくるりと巻いた髪をガラスに映してみる。
今日は洋一が折角招待してくれた文化祭だから、く。

スカートの裾を気にしながら校舎の入口で彼を待つ。
辺りを見回すと一般のお客さんも沢山いるけど、断然高校生の方が多い。
おばさん、て思われてたらどうしよう。
さっきから前を通り過ぎる女子高生たちを見ながら少しだけ不安になる。


洋一まだかな。
入口まで迎えに来てくれる筈なんだけど。
そわそわしながら校舎の入口を眺めていると、前から見知った顔が歩いて来た。
私に気付くと手を上げて笑顔を見せ、人混みを避けながら歩いて来たのは御幸くんだった。

いつもよりラフな格好でクラスTシャツに身を包み、前髪はヘアピンで上へとあげられていた。
御幸くんもクラスTシャツとかって着るんだ、なんて思ったけどまたいじめられそうだから言わないでおいた。


「ちょうど混んできちゃって倉持が抜けられないんで代わりに迎えにきました」
「そうなんだ。御幸くんはいいの?」
「俺は準備係だったんで当日はほとんどフリーなんです」
「へー、楽ちんだね」


こっちです、と歩き出した御幸くんに連れられて校舎へ入る。
グラウンドにはよく行っているけど校舎の中は初めてだったからきょろきょろとしてしまう。
なんか周りにすごく見られている気がするのはきっと御幸くんのせいなんだろうな。
そういえば人気なんだっけか、御幸くんって。
いつかの練習試合を思い出した。


「今日、いつもと雰囲気違いますね」
「わたし?」
「はい。髪型も違うし」


すごい、少し変えただけなのに気付いたんだ。
さすがモテる男は違うな。
洋一も気付いてくれるかな。


「仕事のときと同じじゃ浮くかなーと思ったんだけど‥もしかして無理感ある!?」


こっちは真面目に聞いてるのに御幸くんは吹き出してけらけら笑っている。
あぁ、やつぱ可愛らしい格好なんてしてくるんじゃなかった。
なんかすっごい後悔。


「全然無理感なんて無いっすよ。むしろ‥」
「?」
「いや、ほら。俺が名前さん誉めると怒る奴がいるんで」


御幸くんが指差した先にはじとりとこっちを睨む洋一がいた。
でもその姿は似合わないエプロン姿でトレーに飲み物やお菓子を乗せているもんだから、ちょっと可愛く見えてしまう。

洋一のクラスはカフェをやるんだって聞いてたけど、どうやら大繁盛みたいで教室の中は満席だ。



「名前ごめんな、迎えに行けなくて」


飲み物を運び終えた洋一はトレーを持ったまま中から急ぎ足で出て来ると、私と御幸くんの間に割って入った。


「お疲れさま」
「おう、もうすぐで店番交代すっから。ここで待ってろ」


洋一はそれだけ言うとクラスメイトに呼ばれ、そそくさと教室へ戻って行ってしまった。

教室の中は一杯だったから二人して廊下の隅にしゃがみこんで暫くその姿を眺めていると、洋一の前に数人の女の子のグループがやって来た。


「倉持先輩、一緒に写真とってくださーい!」


ああいうの私もやったなぁ。
懐かしい風景だ。
こうゆう時じゃないと声掛けられないもんね。
憧れの先輩とかさ。

そっか、あの子たちにとっては洋一も先輩なんだね。
あまり乗り気じゃない顔をしながらもちゃんとピースサインを出してあげている洋一に少しだけ笑ってしまった。


「御幸くんもいっぱい声掛けられるでしょ」
「そうですねぇ。でも名前さんが隣にいる内は掛けられないんじゃないっすかね」


それは何となく気付いていた。
さっきからじりじりとした女子の視線を痛いほど感じている。
なんか勘違いされてそうで嫌だな。


「倉持くん、私も一緒に撮って!」
「お、おう」


‥微笑ましい。
次から次へとやって来る女の子たちと洋一の姿を見てそう思っていたんだけど。


あれは少し嫌だな・・・


同学年の女の子なんだろう。
洋一の隣に立つと両腕を洋一の左腕に絡めた。
洋一もその行動に顔をしかめてはいるけど、相手が女の子なだけに強くは出れないんだろう。



「あれいいんですか、##NAME1##さん的に」
「・・・・・嫌、かも」


その後も絶えない写真撮影の列に、私一人ここに取り残されたみたいで洋一までの距離がひどく遠く感じる。
やだな。
こんな不細工な顔する為にここに来たんじゃないのに。
思わずしゃがんだ膝に顔を埋めた。


「名前さん、ドーナツ食べます?」
「ドーナツ?」
「さっきA組の女子に貰ったんですよねー」


つんつん、と御幸くんに肩を突かれて顔を上げると、ビニール袋をガサガサとさせて一口サイズのドーナツが入ったカップを差し出してくれた。


「‥食べる」
「じゃあ、あーんして」
「は!?」
「いいから、ほら」


自分で摘もうとしたらカップを引っ込められてしまい、楊枝で刺したドーナツをずい、と口元に寄せられる。



「いやいやいやいや‥」
「おい、御幸。何してんだコラ」


後ろから少し強めに腕を引かれて、そのまま立ち上がらされる。
私の腕を掴んだのは勿論洋一で、さっきまで着けていたエプロンを片手に御幸くんを睨み付けた。



「お前が名前さんほったらかして他の子と写真ばっか撮ってるからだろ」


御幸くん、洋一にわざと見せつけようとしてたのか。
洋一はと言えば、はっとした顔をして私へと向き直った。


「名前、ごめん・・」
「ううん、大丈夫」
「早く交代してこいよ。じゃないと俺が名前さんと回っちゃおうかな〜」
「ざけんな、テメェは一人で回ってろ!名前、すぐ戻ってくるから」


洋一は急いで教室に戻ると交代のクラスメイトに引き継ぎをしながら準備を始めた。


「じゃあ俺は適当に回るんで。後楽しんでください」
「あ、うん。ありがとう」


人混みに消えていく御幸くんを見送りながら一緒に回る人いるのかなぁ、なんて心配してみたけど。
彼ならきっといくらでも回ってくれる人なんているから平気なのかな。
そう思って洋一へと視線を戻した。

教室の中にいる洋一は私と目が合うとにかりと笑い、早足で廊下へ出てきた。


「わりぃ!待たせた」
「ううん、平気。お疲れさま」
「おう、じゃあ行くか!・・どうした?」


自然と私の前に差し出された手に驚いてしまった。
だってここ学校なのに、そんなに堂々と洋一の手を繋いじゃっていいのかな?


「手、繋いでいいの?」
「おう。混んでるしはぐれたら困るだろ。それとも‥嫌か?」


そんな事ある訳ないと首を思い切り横に振れば笑顔でぎゅっと手を握って歩き出した。


校内を隅から隅まで回って。
校舎の中を洋一と歩くのはなんだか不思議な感じで、でもすごく新鮮で楽しい。

暫くして飲み物を片手に中庭の植え込みに二人で座り込んだ。
綺麗な中庭。
ここでお昼ご飯食べたりするのかな。
ついつい行く先々できょろきょろと辺りを見回してしまう。


「なにきょろきょろしてんだよ」
「んー?洋一がね、いつも生活してる空間をしっかり覚えておきたいの」


一緒に過ごすことは決して出来ないから。
私の知らない洋一を垣間見るチャンスなんてこんな時しかないじゃない。


「来年もあるから」
「え?」
「来年の文化祭もまた来いよ」
「‥うん!」
「じゃあもう少し回るか!俺も、名前が彼女だってもっと自慢したい」


にっと笑ってそう言った洋一に、さっき感じた胸のつかえはすっと消えていった。

手を引いて歩き出した洋一に連れられてまた賑やかな校舎へと向かう。
その途中であ、と立ち止まった洋一。


「どうしたの?」
「いや、あの・・・ずっと思ってたんだけど‥今日の名前、すげぇ可愛い」
「‥!ありがとう」



おしゃれしてきて良かった。
私の手を引いて少し前を歩く洋一の照れた横顔が私の頬を緩ませる。
私より一回り大きな手を、もっとぎゅっと握り締めた。



extra*05



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