▼ bitter sweet...04 振られたらいいなんて、これっぽっちも思ってなかった。 ただ振り向いてほしかった。 俺を選んでほしかっただけなんだ。 『明日の練習試合、ノリが投げるよ』 作成したメールを見返して、ひとつため息をついてから送信ボタンを押した。 昨夜明らかになった事実。 ノリには地元に置いてきた彼女がいた。 苗字はまだそのことを知らない。 出来ることなら知らせたくはないけれど、俺のその思いと反比例するようにその時は刻一刻と迫っていた。 明日の練習試合に、ノリの彼女が来るという。 本当は明日の練習試合でノリが投げる事など教えたくなかったが、俺が黙っていたところで情報はどこかから入って来るだろう。 そして恐らく明日は苗字の、失恋日となる。 「つうかチャンスだろ、この展開」 「そう思うよな。でも…できるなら苗字を悲しませたくなかった」 「は?綺麗ごと言ってんなよ。そういうのも覚悟の上で踏み込んだんじゃねーの」 倉持のご最もな言葉に押し黙る。 確かにそうだ。 彼女が傷付くこと無くただ自分へ振り向いてくれさえすればいいなんて、そんなうまく行くわけがない。 自分勝手もいいところだ。 そんな事わかっていたはずなのに。 頭の中にはノリを思ってはにかむ苗字の姿が浮かんで、俺の胸をこんなにも締め付ける。 送信してから間も無くして届いた、明日を楽しみにしているという旨の彼女からの返信メールに、頭を抱えて机に突っ伏した。 「…為す術なし」 あれから何度も携帯電話を握り締めて彼女に事実を伝えようと思ったが、結局それをすることは出来ずに練習試合を迎えてしまった。 明らかに寝不足で重い体を引き摺って、グラウンドへ向かった。 試合に響きやしないか心配だ。 試合前に見渡したグラウンドには既にギャラリーが集まっていたが、そこに苗字の姿はまだ見当たらなかった。 少しだけほっとしてしまった自分に嫌悪する。 試合はと言えば、案の定ぼろぼろの俺とは真逆に、ノリは観戦に来ている彼女の存在が大きいのか、終始安定した投球だ。 7回までを無失点で切り抜け、マウンドを降りた。 試合後のグラウンド周辺を見渡すと、ノリが彼女と仲睦まじくしている姿が目に入り、慌てて苗字を探した。 あれだけ楽しみにしていたんだ。 来ていない筈がない。 恐らく苗字もこの光景を目にしただろう。 慌てて大勢のギャラリーを見回すけれどどこにも苗字の姿が見当たらない。 どこだ、どこにいる? 片付けも後回しに、俺はグランドを飛び出した。 途中、父兄や生徒から声を掛けられるも今はそれに応える余裕なんて無かった。 暫く探し回ってグラウンドから少し離れた流し場へたどり着くと、足を止めて思わず息を呑んだ。 制服姿の小さな背中。 首は下へ垂れ、その細い肩は少しだけ震えていた。 「…苗字」 俺の声に反応して振り向いたその顔にぎゅっと胸が締め付けられる。 彼女の瞳は赤く充血し、長い睫は涙で濡れていた。 「だいじょ…」 「御幸くんは知ってたの…?」 近付こうと一歩踏み出すと、それを拒むように彼女が口を開いた。 伸ばしかけた腕を引っ込めて俺はその場に立ち尽くした。 「うん…」 俺だって一昨日まで知らなかったんだ。 けれど震えた声で話す彼女に、そんな言い訳がましいことを言える筈がなかった。 たった二日間だったとしても黙っていたことは事実だ。 「そっか私のこと笑ってたんだ」 「笑ってなんかない」 「うそ、相談に乗ってくれたのだって面白がってたんでしょ」 「それは違う!俺はただ…っ」 苗字に近付きたかっただけなんだ。 その言葉を伝えることは出来ず、拳を握って下唇を噛んだ。 「ごめん…でも、苗字を笑ってなんかいない。それだけは信じてほいし」 「そんなの…信じられるわけないっ…最低だよ」 「っ…」 ぶわりと涙を溢れさせた苗字は吐き捨てるようにして俺の横を走り去っていった。 それを追いかけることも振り返る事も出来ず、暫くただその場に立ち尽くした。 最低… この前倉持にも言われたっけか。 あの時は何とも思わずに笑っていたけど、笑えねぇよ、今は。 胸がずきずきと痛んで、苗字の泣き顔が頭から離れない。 自分勝手で、彼女を泣かせて、それでも尚苗字に信じてほしくて、 彼女がどうしようもなく好きだ。 本当に俺は最低だ。 空はいつの間にかどんよりとした黒く重い雲に覆い尽くされている。 それはまるで、俺の心そのものを映した出したようだった。 卑怯者と呼ばれても [back] |TOP| |