連載 | ナノ

bitter sweet...01




いつもと何ら変わりない練習風景。
硬球を打つ金属バットの音に、ミットに球が収まる音。
そしてギャラリーから聞こえる女の子たちの声援。
休憩を告げられ、ギャラリーを尻目に練習着の袖で汗を拭いながらベンチ付近へ向かう。


「おい御幸、また来てるな」
「ん?・・・あぁ」


恰も今気付いたような返事をした俺を笑いながら、倉持は用意されたドリンクに手をつけた。


「毎日来てっけどただ見てるだけだし、気付いたら居なくなってんだよな。苗字名前、謎だな」
「なに?苗字がどうかしたの?」


倉持の声に反応したノリがドリンク片手にこっちへ顔を向けた。
そうか、ノリは同じクラスだったな。
例の、苗字名前と。

苗字名前とは…数ヶ月前から野球部の練習を見に来るようになった同学年の女の子だ。
おしとやかなイメージで、間違っても派手な系統には属さないな。
目立つタイプではないが、他のギャラリーの女子のように化粧をせずとも綺麗な顔立ちをしている辺り、十分美人の部類に入るんだろう。
それにあのさらさらとした黒髪に短すぎない、程好いスカート丈は俺達の間で好感度が高い。


「よく毎日御幸なんか見に来るよな!」
「苗字って御幸を見に来てるんだ?」
「そうなんじゃね?じっと見てるだけだからわかんねぇけど、いつもブルペンの御幸の近くにいるし」
「そういえば・・・そうかも」
「いや、倉持の予想だからわかんねぇけどな」


倉持の話にうんうん、と頷くノリに少しだけ苦笑い。
俺も倉持に言われるまで気付かなかったけど、意識してみると確かに毎日彼女は俺の近くにいた。
倉持の言う事が本当なんだとしたら、可愛い子に好かれるというのはそりゃやっぱり悪い気はしないわけで。
それに実際、周りとは違う空気を纏った苗字に少し惹かれていることにも気付いていた。



「なぁ、苗字ってクラスでどんな感じなわけ?」
「うーん・・・話してみると結構天然、かな?」


俺の問いかけにノリは少し考えた後そう答えた。
美人で天然・・・
ますます興味が湧いてきた。
彼女がどんな子で、どうして毎日静かにただ練習を見ているだけなのか、もっと彼女のことを知りたいと思った。




それから数日後の昼休み。
午後の授業が自習だと聞いて、部室から取ってきたスコアブック片手に廊下を歩いていた。
これで午後の一時間は、この前の練習試合のスコアを・・・


「うぉっ」


突然後ろから制服の袖を引っ張られ足を止める。
誰だよ。
危ないじゃないか。



「あ、あの・・・っ」


振り向いた視界の少し下には、予想外な人物。
袖を掴んだのはあの苗字だった。
見るからにめちゃくちゃ緊張してます、て顔が可笑しくて、思わず口元がにやける。


「ん?なに」


平静を装ってそう聞き返すと、彼女は少し躊躇いながら口を開いた。













「あの・・・ね。ノリくんの事なんだけど・・・」








ノリ?



「ノリくんって・・・嫌いな食べ物とかあるのかなぁ?」
「は・・・?」


待て待て待て。
何でここでノリなんだ。
目の前の苗字は大きな目を開いてじっと俺の答えを待ってるみたいだ。
・・・やっぱり可愛い。

いや、今それは置いといて。




「苗字ってノリが好きなの?」
「え!?ぇ・・・と・・・・」
「何で白洲じゃなくて俺に聞きに来たの?」


ノリと仲が悪いわけではないが、練習以外では白洲の方がノリと居る時間は長いと思う。
同じクラスの名前なら尚分かるはずだ。


「白洲くんに恋愛の相談するのはちょっと抵抗があったってゆうか・・御幸くんなら色々頼れるかな、て思ったんだけど・・・」


そうゆうことか。
そうですか。


「それで・・・今度ノリくんに何か差し入れしたいな、て思ってて」
「ノリは優しいから何でも受け取ってくれると思うよ。特別苦手なもんとかは聞いた事ねぇな」
「ほんと!」
「あぁ。まぁ頑張れよ」
「ありがとう。また、相談してもいいかな?」
「いいよ。俺で良ければ」


嘘っぱちの笑顔を貼り付けてそう言った俺に、苗字は笑顔でもう一度、ありがとうと言って去っていった。




苗字名前。
いつも野球部の練習を見に来る彼女。
彼女が見ていたのは俺ではなく、最初からノリだったんだ。
ブルペンで俺のミット目掛けて投げ込む、ノリの姿を見ていたわけだ。


くそ、話が違うじゃあないか。倉持よ。




でも・・・相談役から彼氏へのステップアップってのも有りだろ?


「なんか燃えてきちゃったかも♪」



ここまでその気にさせられて、このまま引き下がれるわけがない。
ノリなんかに渡してたまるか。


取り敢えず教室に戻ったら倉持をシメておこう。




話がちがうじゃないか



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