連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 **




いい加減苛々してきた。

自宅の最寄駅で携帯電話を耳に宛てる私は、さぞかし不機嫌な顔をしていただろう。


『ただいま電話に出る事ができません・・・』


何度目かのガイダンスを聞いて、少し乱暴に携帯電話を閉じた。
時刻は午後4時。
何でこんな早い時間に私がここにいるかというと、急な外出で昼過ぎまで客先にいたのだけれど、上司の粋な計らいで余っていた有給を使い、客先から直帰していいとの許可が出た。
溜まっていた仕事もなかったし、上司のお言葉に甘えて早めの帰宅をしたのだけど。
洋一と全く連絡が取れない。

今日は洋一もオフだと聞いていたし、元々私の仕事後に会う約束をしていたからもう少し早くから会えそうだと伝えたかったのに。
久しぶりにゆっくり会えるかもと思ったんだけどな。


「学校まで行ってみるか」


溜息を吐いて携帯電話をジャケットのポケットにしまうと、駅の構内から歩き出す。
もしかしたら、自主トレしてるのかもしれない。
そう思っていざ学校まで来たものの、野球部の練習が行われていない学校に踏み入るのはさすがに抵抗があって、仕方なく御幸くんに電話をしてみる。


『はいー』


ワンコールあとに軽いトーンの声が聞こえた。


「あ、御幸くん?名前ですけど」
『あれ、名前さんが俺に電話なんて珍しいですね』
「うん、いや、倉持くんを探してるんだけどね」
『倉持なら今日は授業終わってすぐにどっか行きましたよ』
「え・・・」


どこかへ行った?
それって寮には戻ってないってこと?


「あ、見つけた」


電話越しと同じ声が後ろから聞こえて振り向けば、トレーニングウエア姿の御幸くんがいた。


「倉持と連絡取れないんですか?」
「うん。急に早く上がれる事になったから連絡したんだけど・・・」
「・・・ほんとだ、留守電」


私との電話を切った後、御幸くんも洋一にかけてみたみたいだけれどやっぱり留守電になってしまったらしい。

せっかく早く帰ってきたのにな。
でもまぁ・・・私も急だったから仕方ないよね。
そう考えて落ち着こうと思った私の思いを一瞬でぶち壊してくれたのは、他でもない目の前の御幸一也だった。


「そういえばあいつ・・・昼休みに珍しくクラスの女子と楽しそうに話して盛り上がってたなぁ」
「え・・・?」
「いやまさか倉持に限って他の子と遊んでるなんて事はないと思いますけどね」


御幸くんの言葉に嫌な汗が流れて、繋がらない携帯電話を握りしめた。
洋一はそんなことしない、て言い返そうと思って御幸くんを見上げれば、彼は心底楽しそうな表情を携えていた。


「・・・御幸くん嫌い」
「一つの可能性を述べたまでです」


こんなときだけ眼鏡をクイっとさせて言う御幸くんに、洋一仕込みのタイキックをお見舞いしてその場を立ち去った。


昼休みにクラスの女の子と話すなんてよくある普通のことじゃない。
洋一が他の子とデートなんて、絶対にするわけがない。

でも携帯電話が繋がらないのは事実で・・・
それに絶対なんて言い切れる?
洋一の事を疑ってるんじゃない。
私が過信しすぎてるのかも。
最近時間が合わなくてまともにデートも出来ていないし。
握り締めていた携帯電話のボディに映りこんだ自分と目が合って、その姿をまじまじと見てみる。

あぁ、もうとっくに美容院に行かなきゃいけない頃だ。
ネイルだって少し欠け始めてる。
洋一に会う時は近場だからっていつもラフな格好ばかりだったし。
夜の電話だって、仕事で疲れて朝も早いからって私の方からすぐ切っちゃったり。
洋一が私のことを好きだからって過信して、色々怠けていたかもしれない。


こんなんじゃ洋一も嫌になっちゃうかも・・・



考えれば考えるほど、思い当たる節なんて在りすぎて、ますます自己嫌悪する。




ここで待ってたら帰ってくるかな。
暫くとぼとぼ歩いて辿り着いた場所は寮の近くの、ベンチだけが有るような小さな公園。
そのベンチに座って公園の前を誰かが通る度に顔を上げてみたけれど、洋一の姿は現れなかった。
次第に夕暮れで薄暗くなってきた空。
ふと公園の外を見れば青道の制服を来たカップルが通り掛かった。
なんだかすごく寂しくなって、じわりと涙が滲んで下を向いた。
あと10分・・・いや15分待って来なかったら帰ろう。




「名前!?」


そう思って鼻を啜ったのと同時に、待ち望んでいた声が聞こえて急いで顔を上げる。
そこにいたのはやっぱり洋一で、驚いたような顔で私に駆け寄った。


「こんなとこで何してんだ!?」
「あんたこそ、どこ行ってたのよぉ・・・っ」
「名前・・・?どうしたんだよ」


心配そうな顔をした洋一の指が私の頬に触れたとき、我慢していたものが抑えられなくなって視界は一気に滲む。


「何回電話しても全然繋がらないんだもん・・・っ」
「あ、携帯電池切れちまってたんだ」
「御幸くんが、洋一が今日クラスの女の子と楽しそうに話してたから遊びに行ってたりして、って」
「はぁ!?御幸の野郎、適当なこと言いやがって・・・」
「御幸くんの嘘だって分かってるけど、色々考えちゃって・・・」
「色々?」
「最近の私弛んでるな、て。洋一に甘え過ぎてるから」


ラフな格好も控えるし、少しでも可愛く見せる努力をもっとするからって言えば洋一は笑って私の頭を撫でた。


「甘えろよ。良いんだよ。名前のそうゆう姿見れんのは俺だけだろ?」


にっと笑う彼の笑顔にきゅんとする。
さっきまで溢れていた涙はいつの間にか引っ込んでいた。
この人はどこまで私を甘やかしてくれるんだろう。
洋一はベンチにどかりと座ると、私の手を引いて隣に座らせた。


「学校終わってから、これ・・・買いに行ってたんだ」


そう言って差し出したのは、彼には少し似合わない小さめの可愛らしい紙袋。


「なに?」


受け取った紙袋の中には小さな箱が入っていて、開けていいか確認してから蓋を開けた。


「これ・・・!」


中には見覚えのあるお洒落なデザインの蓋が付いた陶器の器が4つ。
一緒に匙のような形をしたプラスチックのスプーンが添えられていた。


「これ、今すごい人気のプリンだ!!」
「やっぱ知ってたか。もしかして食ったことある?」
「ない。でも凄い食べたいと思ってたの!」


最近テレビや雑誌で頻繁に取り上げられていて、すごく食べたかったんだ。


「クラスの女子が読んでた雑誌にすげぇ人気のプリンだって載ってたのが見えてさ、そいつらに場所聞いたらここからそんな遠くねぇって言うから名前が帰ってくるまでに買ってこようと思ったんだ」
「洋一・・・」
「これ食った時の名前の喜ぶ顔想像したら頭から離れなくてよ」


少し照れ臭いような洋一の姿に胸をぎゅ、と鷲掴みにされたようで、堪らなく同じように洋一の体をぎゅ、と抱きしめた。


「ありがと」
「ごめんな、余計な心配させて」
「私こそごめん。携帯繋がらないからって勝手に苛々して・・・」
「携帯な、店の地図とか見てたら電池切れになった」


そんなに遠くないとは言え、きっと一人で初めて訪れた場所で迷いながらお店を探してくれたんだろうな。
その姿を想像するとなんだか可愛らしくてつい笑みが漏れてしまう。


「ねぇ、私ひとりじゃ4個は食べすぎだからさ」
「そうか?お前ならぺろっと食っちゃうんじゃねぇ?」
「まぁ・・・ってもう!」
「ヒャハハ!当たりだろ」


楽しそうに笑う洋一の手を引いてベンチから立ち上がる。
つられて立ち上がった洋一を見上げてその手をぎゅっと握った。



「うちでね、二人で一緒に食べよ」



至福の時間は一人より二人のほうが絶対にもっと、幸せになれるんだもん。



extra*04



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