連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 **




「なぁ、名前さんともうキスした?」
「ゴホっ・・・」


御幸のせいで喉を通っていたグレープフルーツジュースが変なとこに入った。


「してねーわけねぇよなぁ。名前さんの唇柔らかそ」


むせる俺を他所ににやにやとする御幸の頭の中に、名前のどんな姿が浮かべられてるのかと考えると殺してやりたくなった。





つうか・・・
してねーし。


いま思えばあの日が絶好のタイミングだったというのに。
名前が好きだと言ってくれたことが嬉しくて、
名前が頬にくれたキスに舞い上がりすぎた俺はそれ以降どうもタイミングが掴めず、未だハグ止まりだ。

御幸にバレないように溜息を吐いて目線を落とすと、携帯が点滅していることに気付いた。
名前からのメールだ。
最近はこうして毎日、昼休みになると名前とメールを交わしている。



『明日の夜あけといてね。』



その一文。
相変わらずの質素なメールについ笑いが零れそうになる。
ハートやら絵文字をやたら使ってくるメールは俺も名前も苦手だ。




明日か・・・明日はバレンタイン。
今年に関しては期待してもいいよな?


「おい、キモいからにやけんなよ」
「に、にやけてねーよ!」
「名前さんだろ。明日バレンタインだもんなー」


自分だって山程貰うだろうが。
去年食べ切れない程貰って先輩たちから僻まれていた御幸の姿を思い出した。



明日、バレンタインデーという日に便乗して名前にキスすることはできるだろうか。
窓から見える晴れた空を見上げてみる。
俺と同じことを考えてるやつが、この世界にどれくらいいるんだろうか。
















「はい、チョコレート」


2月14日の夕方。
学校近くの公園で笑顔の名前が差し出したのはダークブラウンの紙袋。
受け取って中を覗くと、綺麗にリボンがかけられた箱が見えた。
それは少しずっしりとしていて、今日学校で見た幾つかのチョコより大きな箱に入っている。


「開けていい?」
「うん」


二人並んでベンチに座り、膝の上で箱を開けてみるとチョコの甘い匂いが広がる。
少し大きめな箱の中に入っていたのは、綺麗にデコレーションされたチョコレートケーキだった。


「洋一たくさん食べるから、チョコじゃ物足りないかと思って。量も重視したチョコレートケーキにしてみました!」
「ヒャハ!すげぇ美味そう」
「あ、でも他の子からもたくさん貰ってるか・・・」
「いや、名前以外からは受け取ってねーし」
「ぁ・・・そうなんだ」


驚いた後に嬉しそうにする名前を見て、今日くらい貰ってやってもいいんじゃないかと言う御幸の意見を押し切って断ってよかったと、心から思った。


「俺手作りケーキとか初めて貰った!すげぇ嬉しい」
「へへ、頑張ってよかった」
「少し食っていい?」
「いいよ」


ケーキと一緒に入っていたフォークで一口分を掬い上げ、口に運ぶ。
やべぇ、うまい。
見た目だけじゃなくて味ももろに俺好みだ。

一口じゃ足りず、黙々と何度かフォークを口に運んでいると名前が不安げな顔で俺を覗き込んだ。
その顔を見てふと、思い付いた。


「おいしい・・・?」
「すげぇうまい。味見してみるか?」
「え?」


そのまま覗き込んだ名前の唇に軽く触れる。
頬に感じたときよりも柔らかいその感触。
あまりにもベタすぎる展開に、これは絶対笑われるか怒られるな。

だけど唇を離した目の前の名前は真っ赤な顔で大きな瞳をぱちぱちとさせていた。


「悪ぃ・・・名前とキスしたかっただけ」


そう言えばもっと真っ赤になって、俺の袖口をきゅ、と握った。
その小さな手にどきりとする。


「甘い、ね・・・」


恥ずかしそうに視線を落とす名前の下唇には薄らとチョコが付いていて。
それに引き寄せられるように名前の手を掴むと抱き寄せた。



「もっかいしてぇ」
「き、今日は特別だからねっ」
「おう」


大きな瞳を閉じた名前の唇に今度はゆっくり触れた。


チョコレート味の柔らかい感触に浸りながら
普段は一日一回しかさせてくれないのかよ、
なんて彼女の照れ隠しの意地っ張りに
心の中で突っ込んだ。



extra*01



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