連載 | ナノ

指先でふれたロマンチック 10




こんなにもそわそわしながら校門を潜るのは、もしかしたら入学式以来かもしれない。


「名前!」


あと少しで校舎というところで呼ばれた声にびくりと肩を震わせて振り向けば、そこにいたのはにかりと笑った倉持だった。
なんだ、倉持か。
ほっと胸を撫で下ろして挨拶を返す。


「おはよ」
「お前何びくびくしながら歩いてんだよ」
「び、びくびくなんかしてないけど」
「いや、してたな。不審者級に」


不審者・・・
そんなに怪しかったかな。
倉持に指摘されたものの、やっぱりどこかきょろきょろと周りを確認しながら歩いてしまう。
だって昨日の今日で御幸に会って一番最初に何て声を掛けたらいいか分らないんだもん。
昨日から心の中のもやは晴れないままだ。



「御幸となんかあったんだろ」


うわ・・・鋭い。
流石と言うべきなのか。
私の挙動不審の原因を一発で言い当てた倉持に、昨日の事を話そうか話すまいか悩んでいたら倉持が少し遠くを見ながら、あ、と口を開けた。


「御幸だ」


その名前にぎくりとして倉持の視線の先を追い掛けると、下駄箱で上履きに履き替えている御幸を見つけた。
次第に近付く私たちに気付いた御幸は、靴箱の扉を閉めながら片手を上げた。


「はよー」
「お、おはよ」
「あ、名前、昨日純さんとこにこれ忘れてったろ。預かった」
「え、あ、ほんと?ありがとう」


御幸がバッグの中から取り出して私に手渡したのは、私の愛用ハンドクリーム。
確かに昨日、純さんの部屋で使った覚えがある。
帰り際に慌てて荷物を纏めたから入れ忘れたんだな、きっと。

・・・あれ。
てか、なんかいつも通りなんですけど。
いつもと変わらないへらっとした御幸の様子に思いっきり拍子抜けしてしまった。



教室へ入っても授業が始まっても御幸はやっぱりいつも通りで、昨日違和感を感じた御幸は実は幻だったんじゃないだろうか。

授業中、私の斜め前の席に座る御幸の背中をじっと見つめた。
頬杖をついてかったるそうにしながらも、握るペンはさらさらと動かされている。
窓から吹き込む風にワイシャツがはたはたとしていた。
そのシャツの袖を引っ張って聞いてしまいたいことは山ほどあるのだけれど、臆病者の私はそれをすることが出来ない。












「ねぇ、それ楽しい?」
「ん?おぉ」


昼休み、昼食を摂り終えた私は倉持と二人きりで屋上にいた。
紙パックジュースにささるストローをくわえながら、横で寝そべる倉持を見遣る。
どうやら携帯のゲームに夢中らしい。

何でこんな所で倉持と二人きりなのかというと、御幸は購買で女の先輩たちに捕まっていたから放置して来た。
綺麗な先輩たちに囲まれてデレデレしてる御幸なんか大嫌い。
そう言ったら亮さんはくすりと笑った。
さっきまで一緒だったその亮さんたちも次の授業が移動だからと早くに教室へと戻ってしまい、倉持と二人で何となくそのまま食後の時間を過ごしていた。




「ねぇ、私に彼氏ができたら寂しい?」
「・・・あ!?」


私の問い掛けにゲームに夢中だった倉持は少しの間を開けて、勢いよく携帯電話のディスプレイから顔を上げた。


「できたのか?」
「もしもの話だよ」
「んだよ・・・急にどうしたんだよ」
「御幸がね、そう言ったの」
「御幸が?」
「うん。寂しくなる、て。どういう意味か分かんなくて」
「御幸がどういうつもりで言ったかは分かんねぇけど‥」


倉持は起き上がると胡座をかいて、少し考えた後に言葉を選ぶようにしながら言った。


「寂しい‥つうか、つまんねぇな。こうして昼飯も一緒に食えなくなるだろうし・・・絡みづらくなる」
「そっか。それってさ、付き合う人が近い人だったら寂しくないってこと?」
「近い人って何だよ?」
「うーん ・・例えば・・・亮さ、純さんとか」


亮さん、と言い掛けてあまりにもあり得なさすぎて思わず言い換えた。




「なに、おまえ純さんと付き合うの?」


突然聞こえた声にぎょっとした。
倉持と二人して振り返れば入口に寄りかかって立つ御幸がいた。


「いいんじゃね?お似合いだよ」
「ちが、もしも!もしもの話!!」
「名前が俺らの知らない奴と付き合ったらつまんねぇけど、知ってる奴ならどうなんだって話」


補足するように言った倉持の言葉に、御幸が少しだけぴくりとした気がした。
一体御幸はどこからこの話を聞いてたんだろう。


「今みたいに名前のこといじれんならいいんじゃねぇの?」
「は・・・」
「名前のことからかえなくなったらつまんねぇじゃん?」


ケロリと言った御幸。
あぁ、やっぱりそうゆう事なの?
御幸が昨日、あんなに大袈裟な顔するから深く考え過ぎちゃったじゃんか。
私のドキドキと悩んで寝れなかった夜を返せ、ばか御幸。


「名前が純さんを選んだならそれは応援するし。純さんなら‥文句なんてねぇもん。な、倉持」
「おう」
「まぁ冷静に考えて純さんが名前を選ぶ訳ねぇけど?」
「ちょっと、それ失礼じゃない!?分かんないよー、世の中何があるか分かんないんだからねっ」
「ヒャハ!絶対ねーな!沢村と降谷がテストで満点とる確率よりねー!」
「あるってば!」
「はっはっはっ、ちょっとモテ期が来たからって調子に乗るなよ」


ぽんぽんと私の肩を叩いて、御幸が笑いながら私と倉持の前に座り込む。
さっきまで倉持と二人だけだったその場所にいつも通りの三人の輪が出来た。

そこに恋愛要素は無かったとしても、御幸は私がここからいなくなったら寂しいと思ってくれるんだ。

私は御幸が大好きで大好きで大好きだけど、今こうして三人で笑っているこの時間も大好き。
亮さんが聞いたらそんなだから進展しないんだよ、てチョップでもされそうだけど。


だけど、それでも笑っていられるなら
泣いて泣いて苦しい時より何倍も幸せなんだと思う。




ポリアンナシンドローム
(ほんとはもっとしあわせになりたい癖に)




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