連載 | ナノ

指先でふれたロマンチック 09




私だって可愛い女の子になりたかった。
純さんから借りる漫画に出てくる女の子はいつだってくりくりの瞳に華奢で小柄な女の子ばかり。
あの子だってそうだ。
そう言ったら純さんは鼻で笑った。
ちくしょう。
同学年だったら絶対に純さんをはたいていたと思う。


「よく考えてみろ。実際にこんな顔の半分が目みたいな細い女がいたら怖ぇだろうが」
「顔の半分・・・!確かに」
「漫画だから許されんだろ。それになぁ・・・」


純さんはぱたりと読んでいた漫画を閉じた。


「俺からしたらお前だって小せぇし、なんだ、その・・・か、可愛い女子だと思うけどな」
「・・・・・・・・純さん、お世辞でも嬉しいです」


慣れないこと言うもんだからしどろもどろだったけど。


「そうだよ。名前は可愛いよ?」


その横でさらりとそう言った亮さん。
何でだろう、亮さんに言われるとひどく信憑性に欠ける気がするのは。

御幸はどんな風に言うんだろうか。
言われた試しがないから想像出来るわけがなかった。


その後も純さんと漫画に出てくるヒロインについてああでもないこうでもないと語り合ってみたり。
隣に座る亮さんは少女漫画には興味がないらしく、何やら私には難しそうな文庫本を読んでいた。

そういえばいつも私だけが純さんに話を聞いてもらったり、亮さんに話しさせられてばっかりだけど二人はどうなんだろうか。
彼女はいないみたいだけど好きな人はいるのかな?
そもそも純さんは良いとして、亮さんが好きになる人って一体どんな人なんだろう。
年上かな?
いや、でもタメとか年下を虐めるのも好きそう。
ちらちらと様子を伺っていると、それに気が付いた亮さんが文庫本から顔を上げた。


「なに?」
「あ、いや、二人って好きな人いるのかなぁって思いまして・・・」
「いないよ。純は分からないけど」
「い、いねぇよ!」
「その反応、いるって事でいいですかね?」
「いないって言ってんだろ!」
「またまた〜。で、三年の人ですか?同じクラ・・・」


コンコンっ


いつも私ばっかり喋らされるからここぞとばかりに聞き出してやろうと思ったのに、タイミング悪く入口のドアがノックされた。


「失礼しまーす・・・って名前、また入り浸ってんのか」


ノックの後にドアを開けたのは、最早自分の部屋のように寛ぐ私に呆れた表情を浮かべている御幸だった。
ラフな格好でタオルを手にした御幸は自主トレ後のシャワーを浴びた直後らしく、ふわりといい香りがした。
まだ乾ききっていない髪は無造作にされていて、いつもと違うその姿にどきりとして言葉を返すのも忘れてしまう。


「おう、どうした?」
「哲さんに二人を呼んできてほしいって言われて」
「哲どこにいるんだ?」
「あ、食堂です」
「分かった。じゃあ御幸、名前のこと送ってやってくれ」
「あ、はい」
「え?」


会話を聞きながら二人がいなくなるなら今日はお開きかと荷物を纏めていた私は、その言葉に思い切り純さんへと振り返った。
だけど目を合わせようとはしてくれず、代わりに有無を言わせない笑顔でにこりとする亮さんと目が合った。


「もう暗くなってきたし、この辺は変な人も多いからね」
「い、いいですいいです!一人で大丈夫です!!じゃあ、私帰るんで」
「あ、名前、おい」
「お邪魔しました!」


引き止めようとする御幸を余所に、急いでバッグを引っつかんで靴の踵を踏ん付けたまま寮を出た。





「おい名前!待てって」


上手く逃げてきたと思ったのに、後ろから追い掛けてきた御幸はあっという間に距離を詰めて私の腕を掴んだ。


「何で逃げんだよ」
「・・逃げてないよ別に」


多分、今の御幸はちょっと怒っている。
だって眼鏡の奥に見える目元が笑ってないんだもん。
捕まれた腕も離される気配は無い。


「何で純さんは良くて俺は駄目なんだよ」
「え?」
「純さんには送ってもらう癖に。俺には断るんだ?」
「だ、だめなんて言ってないよ」


ただ二人っきりで歩くのは心臓に悪すぎる。
ほんとは嬉しいよ。だけど、
舞い上がりすぎて御幸に気持ちがバレてしまうんじゃないかって、ちょっと怖い。


「じゃあ今日は俺に送らせて」
「・・・・・・うん」


ほら、そうやって御幸が私をどきどきさせるから。
そんな風に優しい笑顔を向けられたら私は馬鹿だから、簡単に浮かれちゃうんだよ。
捕まれた腕は離されてしまったけど、肩がぶつかりそうな距離で私の隣を歩き出す。
自然に道路側を選んで歩いてくれたりするところにまたきゅんとしたりして。

そういえば、こんなにも御幸を意識するようになってからこうして送ってもらうのは今日が初めてだ。
ふと目に入った街灯が作り出す二人の影には微妙な距離感があった。
もしこの影が恋人同士だったなら、きっと私の右手と御幸の左手の影は繋がっているんだろうな。
触れそうで触れられないその距離に切なくなる。





「名前の家ってあそこの曲がったとこだよな」


ぼんやり影を眺めながら歩いていると、御幸が口を開いた。


「なんで知ってんの!?」
「前ここ通ったときに倉持から聞いた」
「ちょっと、個人情報漏洩じゃんか」
「お前に知られて困る個人情報なんかねーだろ」
「あるから!」
「ふーん・・・」


あ、いま絶対面倒臭くなって適当に流した。
自分から振ってきたくせに。
文句でも言ってやろうかと隣を見れば、空を見上げて歩いていた御幸がふいにこっちを向いた。


「そういえば・・・この前告ってきた奴どうしたんだよ」
「あー・・・・・断ったよ」
「あ、そう。なんで?」
「だって好きじゃないから」
「ふーん・・・」


何なのよ、さっきから。
自分から聞いてきた癖に反応はすこぶる悪い。
何か考え事をしてるみたいでどこか上の空だ。
それから押し黙ってしまった御幸につられて私も黙り込んだまま、あっという間に自宅の前まで辿り着いてしまった。


「・・じゃあ、着いたから」
「おう」
「送ってくれてありがとう。また明日ね」
「おう、じゃあな」


誰かに見送られて玄関に入るのって、なんか変な感じ。
ん?でもこの前も純さんに送ってもらったっけ。
じゃあきっと、相手が御幸だからなのかな。









「なぁ」


玄関のドアを開けようと手を伸ばしかけたとき、門の外に立つ御幸に呼び止められた。
ぶわりと突然強く吹いた夜風に髪を押さえながらその声に振り向く。



「いつかお前にも彼氏が出来んだろうな」
「・・・?出来たら寂しい?」
「寂しいよ」


冗談のつもりで言ったのに。
いつもみたいに、そんなわけねぇだろってあしらわれると思ったのに。
返ってきたのは真剣な声のトーンと、風に乱れた前髪から覗く、少しだけつらそうにも見える表情だった。


「だけど、好きなやつとか出来たら・・・俺にもちゃんと教えろよ?」
「う、うん」
「倉持にだけ教えるとかは無しだからな」
「うん・・・」
「じゃあ、また明日」



片手を挙げて去っていった御幸。
御幸がいなくなった今も門の外にはさっきの残像が見えるようで、複雑な彼の表情が目に焼き付いて離れない。
好きな人が出来たら教えろだって。
それが出来たならとっくにしてるというのに。

一人残された玄関先で、肩から斜めに提げたバッグの肩紐を胸の辺りでぎゅっと握り締めた。




強く吹き続ける夜風に木々がざわざわと音を立てる。
それは、私の心の中でも同じく音を立てた。




トワイライト
(きみはいま、なにを考えてるの?)




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