連載 | ナノ

指先でふれたロマンチック 07




「ねぇ、名前ってどうして御幸が好きなの?」


昼休みの部室。
紙パックのミルクティーを片手に購買で買ったパンをかじっていた私に、目の前に座る亮さんが笑顔でそう言った。


「え、別にいいじゃないですか・・・」
「だめ言って」


・・・即答。
そんな満面の笑みで迫られたら拒否できるわけがない。
亮さんの隣に座る純さんと哲さんをちらりと伺ってみたけどこちらも早く話せ、と顔に書いてある。


「私をお昼に誘ったのってこれが目的ですか?もしかして」
「うん。暇だったから」
「・・・・・・・」


珍しくお昼を一緒に食べようなんて誘われたからついて来たのに。
暇だったから人の恋の話で盛り上がろうというわけか。
亮さん、相変わらずいい性格してますね。
・・・そんなこととても本人には言えないけど。
観念してひとつ溜息を吐くと、去年のことを思い出しながら話し出す。






「私・・・一度マネージャー辞めようかって考えたことがあるんです」



一年の秋、もう駄目だと思った。
日々の部活が辛い、なんてことじゃなくて。
夏が終わり先輩マネージャーが引退することで、一年の私たちに任される仕事が増えた。
今までは先輩たちの補佐的な役割が多かったから、仕事が増えるのはすごく嬉しい事だった。

当然、選手と接する機会も以前より自然と増える。
選手たちとの関係も今まで以上に築くことができて、漸く野球部の一員になれたようで本当に嬉しかったんだ。
けど、それに連れて周りの女子からの風当たりが日々強くなっていることにも気付いていた。



「あ、ほら"マネージャー"さんだよ」
「野球部のマネージャーって、単に男が好きなだけじゃん?」
「いいよね、マネージャーってだけで野球部と仲良くできて」


廊下を歩けば厭味なんて数え切れないほど投げ掛けられるし、運悪く一年生の時のクラスには私の立場を理解してくれる子はいなかった。
でも、私は周りの子たちの言うような理由で野球部に入部したわけじゃないし、マネージャーの仕事にだって誇りを持っている。
何も知りもしないで厭味やら僻みを言う奴らなんて放っておけばいい。
私は一人だって大丈夫。
二つ隣のクラスには梅と唯がいる。
授業が終われば楽しい部活が待ってるんだ。


でもそれは、やっぱり強がりでしかなくて。
当然クラスでは少し浮いた存在になっていたし陰口はエスカレートしていった。
すれ違いざまに呼び止められて理不尽な事を言われることもしばしば。
それを野球部の部員たちにバレないようにやってのけるんだから、そのずる賢さには最早尊敬の念すら抱いてしまう。

次第に練習中でも周りにいる女子の目が私を見張ってる気がして、怖くなった。






そんな日が続いたある日、練習中に高島先生が私に声を掛けた。


「名前、ちょっと」
「?はい」
「御幸くんが相談したいことがあるからプレハブまで来てほしいそうよ」
「御幸が・・・?」


私の耳元でこっそりとそう言った高島先生は、それだけ伝えると笑顔を残して行ってしまった。

御幸と二人きりで会うなんて今の私にとっては一番避けたい事態だった。
だって、グラウンドに張り付いている女子たちからの攻撃を受ける理由は大半が御幸絡みなんだ。
あれだけ活躍していて更に容姿が伴っているんじゃ仕方ないことかもしれないけど。

そう理解してからは極力御幸を避けていた。
それなのに本人からの呼び出しだなんて・・・
気が重い。
行きたくない。




もう、帰りたい。

家に帰ってずーっとベッドに潜っていられたら、全てを投げ出してここから逃げることができたら・・・楽になれるのかな。



グラウンドの隅、あまり目立たない場所に建っているプレハブ小屋のドアノブを掴んでゆっくり引いた。
このドアノブ、こんなに重かったっけ?
・・・いっそ開かなきゃいいのに。

けれどそんな筈もなく、開いたドアの先には少し汚れた練習着姿の御幸が待っていた。


「お、やっと来た。遅ぇよ」


そう言っていつものように笑った御幸は自分の隣にある椅子を引いて私の方に向けてくれたけど、私はそれに首を振った。
早くグラウンドに戻りたい。


暫くその場に立ち尽くしてじっと床を見つめていると、かたりと椅子の音がした。





「俺さ、俺らの代のマネのリーダーは名前だと思ってんだよな」
「・・・・・・・・」


唐突すぎるようなその言葉に顔を上げれば、御幸の真っ直ぐな瞳がしっかりと私を映している。


「名前の代わりになれる奴なんていないし、名前がいないと成り立たないと思うんだ、俺ら」



なんで。
どうしてそんな事を言ってくれるの?


「俺だって・・・名前がいなきゃ無理」


御幸のその優しい表情に、私の中にあった何かが崩れて。
ぶわ、と涙が込み上げた。


「わた、しっ・・・ほんとはずっと辛く、て、もう辞めたい・・・って思ってたの、に・・っ!!」
「うん」


最低な事を考えてたのに。
きっとひとつ上の学年で一人でマネージャーを務める貴子先輩はもっと辛い思いをしてきた筈だ。
私には梅と唯が居てくれて、みんなだって居てくれるのに。
私はみんなのことを裏切ろうとしたんだ。
それなのに、そんな勿体ない言葉を、どうして御幸は私にくれるの?


一度溢れた涙を止めることは難しく、ぼろぼろ零れる雫を拭うのも忘れて泣いた。
優しく包み込まれた御幸の腕の中で、恥ずかしげもなく声を出して泣いた。


「お前に辛い思いさせる奴がいるなら・・・俺が何とかしてやる。マネージャーを守るのは選手の仕事でしょ」


泣きじゃくる私の背中をゆっくり摩ってくれる。
ぽんぽん、と規則的に叩かれるそれはとても心地好かった。



「・・・だから最後まで俺たちに着いて来てくれよ」


御幸のせいでこんな辛い思いしてるって思ってた筈なのに。
好きになんてなったらもっと辛い思いするだけなのに。




でもこの日、私を救ってくれたのは確かに御幸で。


私はこの日、御幸に恋をした。














「・・・これで満足でしょうか」


そう言って顔を上げれば、予想外にも深刻な顔をした三人がいた。


「気付いてやれなくてすまなかったな・・・」
「あぁ・・・全然周り見れてなかった。すまねぇ」
「そうだね・・・御幸しか気付いてやれなかったっていうのは悔しいね」
「いや、でも皆さんは代替わりしたばっかで大変だったし・・・」


珍しく亮さんまでもが申し訳なさそうな悔しそうな顔を見せるから、慌てて首を横に振ってみせた。


「やはり御幸は名前の事をよく見ているんだな」
「うーん・・・まぁ、あいつは色んな人のことよく見てますからねぇ」
「名前は特別だと思うよ」
「特別、かぁ・・・」


亮さんの言葉に思わず苦笑いを浮かべる。
いつからだろう。
特別という言葉に素直に喜べなくなったのは。
笑顔を思い浮かべればこんなにも胸があったかくなるのに。



ストローをくわえながら、少し汚れた部室の天井をぼんやりと見上げた。




グッバイレイニー
(わたしはあの日を、忘れたことなんてないんだよ)




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