▼ 指先でふれたロマンチック 05 突然伝えられたその言葉は、私が聞きたかった言葉だけれど。 私が聞きたかったのは、御幸の口から零れるその言葉なのに。 「名前ちゃんの事前から好きだったんだ」 「え、あ・・・」 「よかったら付き合ってほしい」 いま私を昼休みの屋上なんてベタな場所に呼び出してそう告げたのは、顔見知りの先輩だ。 去年の委員会が一緒だったことで知り合った、校内指折りのイケメンと称されているバスケ部のキャプテンで長身の先輩だ。 いやいや、嘘でしょ。 ギャグでしょ。 こんな人が私を好きだなんて、きっと罰ゲームでしょ。 「返事すぐじゃなくてもいい。でも本気だから」 「は、ぁ・・・」 あまりの衝撃に言葉を返すことも出来ず、立ち去る先輩の背中をそのまま見送った。 「・・・・・・教室帰ろ」 暫くその場に立ち尽くした後、風に靡く髪を押さえながら屋上を後にした。 どうしたものかと足どり重く教室へ向かう。 先輩に呼び出されたとき、御幸と倉持がいなくてよかった。 絶対からかわれるし、御幸には・・・なんか知られたくないじゃん。 「名前ーっ」 漸く教室に辿り着き中に足を踏み入れようとしたとき、廊下の向こうから私を呼ぶ大きな声が聞こえた。 あ、唯だ。 同僚マネージャーの登場に入口で足を止めると、彼女は小走りで近付いてきた。 私と一緒に教室に入るつもりらしい。 用があればお互いのクラスで話をするのはいつものことだ。 「さっき見たよ〜」 「え」 「バスケ部の先輩!!告白されたんでしょ」 あ、あなた・・・ そんな大声で余計なことを・・っ 「えーっとー・・・」 ちらりと横目で見てみれば、にやにやとする倉持とその後ろに御幸を見つけた。 あぁ、こんなにも早く知られてしまうとは。 「誰に告られたって?」 「ほら、バスケ部のキャプテン!あのかっこいい人」 「いや、でもほら、冗談かもよ」 「ヒャハ!んなわけねぇだろ」 「そうだよ。それにあの先輩、前から名前の事好きだってバレバレだったじゃない、態度が」 「嘘だぁ。全然そんなの感じなかったけど」 「いや、バレバレだったろ」 御幸の言葉に頷く二人。 まさか、そんなはずは・・・ 「名前今週入って2人目じゃない?」 「あ、なにが?」 「告白してきた人!先月もいたから全部で3人目か」 ふふふ、じゃないよ。あんた。 また余計な事を言ってくれたな。 しかし悪気の無い彼女の言ったことは事実で一昨日も1人、先月も1人いたのだ。 物好きが。 「まじでか。御幸よりすげぇな」 「お前なんなんだよ」 「・・・・・・モテ期かもしれんね」 「ヒャハハ!自分で言うなアホ」 いや、もうそうとしか言いようがない。 もしくは異常現象。 でもそれを口にしたら御幸と倉持が納得する姿が手に取るように分かって、なんか悔しいから言わないでおいた。 いつの間にやら話の輪は広がり、そういった類の話が好きな女子が集まり出してしまった。 付き合っちゃいなよ!なんて口々に囃し立てられ、私は苦笑いを返した。 たとえ私が誰かに告白されたって、御幸はみんなとこうして一緒に笑ってるんだ。 先輩に告白されたことを御幸に知られてしまったなんてのは大したことじゃなくて。 御幸がなんにもない顔で笑っているその現実が、ひどく応えた。 「ふぅ・・・」 ナイターのオレンジ色に染まる夜のグラウンド。 その隅で帰り支度を済ませた私は、いつものように片付けても差し支えない道具を纏めた。 帰り際、倉庫に寄って道具をしまうのが一日の最後の仕事だ。 「はぁ・・・」 「お疲れー」 道具を全てしまい、倉庫の戸を閉めたところで後ろから聞こえた声にぎくりとした。 聞き間違うわけがない。 振り向いた先にいたのはやっぱり御幸だった。 「なに溜息吐いてんだよ」 「べつにー。疲れただけ」 疲れたってゆうのは嘘じゃない。 でもその『疲れた』には色んな意味が篭められてるってこと、御幸は知らない。 いつもだったら一日の最後に御幸に会えた!なんて喜べるのに。 今日は早くここから立ち去りたかった。 「・・・なぁ、あの先輩と付き合うの?」 「え?」 「あの人お前のことすげぇ好きみたいだし、クラスの奴らも薦めてたじゃん」 俺もそう思う、とでも言いたそうな御幸の笑顔に私の胸はちくりと痛む。 「・・・分かんない。考え中。てか、御幸には関係なくない?」 あーあ。 また可愛くないこと言った。 流石に御幸だって今のは気分悪くしたよね。 「はっはっは、冷てぇなぁ」 謝ろうと口を開きかけたとき、いつもの御幸の笑い声が聞こえた。 顔を上げれば、スポルディングサングラスの奥に見えた瞳が優しく笑った気がした。 「心配してるって言ったろ」 この前御幸が私に言ってくれた言葉だ。 「大事な名前チャンが変な奴に捕まんねーか心配してんだよ。俺も倉持も」 俺も倉持も、か。 ほんとは御幸一人にそう言ってもらえたらいいのに。 そんな言い方ずるいよ。 他の女子よりは特別のようなことを仄めかしておいて、それはやっぱり親友としての意味でしかなんだから。 でも、例え恋愛としての意味がなくても。 大事だって言ってくれたことにこうしてまた喜ばされてしまう。 「ははっ、あんたらは私の両親ですか」 「俺がお父さんな」 「御幸がお父さんなんて絶ーっ対いや!」 笑ってそう言えば御幸もまた笑ってくれた。 それだけでも十分嬉しい筈なのに。 御幸と別れた帰り道。 夜空を見上げながら、じわり滲んだ涙を手の甲でごしごし擦った。 めざせシャングリラ (なんかい迷ってもあるきつづけるの) [back] |TOP| |