▼ 指先でふれたロマンチック 03 高校生でごった返すカラオケボックスの受付ロビー。 私を含めた野球部御一行は、ロビーの隅っこに置かれたソファに腰掛けて順番を待つ。 多分次に呼ばれるはずなんだ。 「沢村さまー」 ほら。 店員のお兄さんのよく通る声で、倉持によって受付ボードに強制的に書かれた沢村の名前が呼ばれる。 「名前行くぞー」 「はいはーい」 遊んで帰るから少し遅くなる、とお母さんにメールを送り、ソファを立ってみんなの後を追い掛ける。 指定された番号の部屋に入ったときは誰から歌い出すのか、なんて揉めてたけど。 気がつけばもう10曲以上先まで予約が入っている。 純さんと倉持と私がその大半を占めてる気がする。 「御幸は来なかったんだな」 沢村の歌う声と音楽が騒がしい中、私の隣に腰掛けた哲さんがそう聞いた。 やめてよ、哲さん。 せっかく御幸のこと忘れかけてたのに。 御幸は今ごろあの子と楽しい時間を過ごしてるに違いない。 グラスに入ったアイスティーの氷をストローでカラカラとさせながら、哲さんに気付かれないくらいの小さな息を吐く。 「女の子と予定があるみたいだから置いてきました」 「それ浮気じゃないっすか!!」 「うわっ・・・!」 突然大きな声出すもんだから、マイクが嫌な音を立てた。 つんと耳に響くその音に顔をしかめながら沢村を見れば、もう歌い続ける気はないらしく、マイクを握ったまま私の方に身を乗り出している。 「放っといていいんすか名前先輩!!」 「は?」 「名前先輩という彼女がありながら・・・」 「ちょっと待って」 私が誰の彼女だって? 「・・私と御幸が付き合ってるって思ってる?」 「え・・・違うんすか?」 ぽかん、とした沢村に今度は大きく溜息を吐く。 そうだったらどんなに幸せだろうか。 「御幸と私はただの友達」 ただの友達・・・ ただのクラスメート。 ただの選手とマネージャー。 自分で言ってて悲しくなる程、ただのそんな関係。 「すごくお似合いだからてっきり・・・」 春市くんが少し遠慮がちにそう言うと、隣に座る降谷も賛同するようにこくこくと頷いた。 お似合い・・・ そんなこと初めて言われた。 確かに他の女子に比べれば、私と御幸の間にある壁は低く薄いかもしれない。 でも・・・ 「御幸は他にいるんじゃないかな」 「・・・・・・・」 その言葉と同時に流れていた曲が終わり、室内に静かな空気が流れた。 あれ、何この空気。 ふと訪れた無音の空間。 なんだか妙な空気だ。 「・・・そもそも名前が御幸みたいな奴と付き合うわけねぇだろ」 「そ・・、そうそう!!御幸なんて冗談じゃない!」 「そうっすよね!!」 純さんの一言でさっきまでの空気はがらりと変わり、御幸の話題はあっという間にどこかへ飛んでいった。 ほっと胸を撫で下ろし、タッチパネルのリモコンに目を落とす。 御幸のことなんて考えちゃだめ。 今はこの時間を楽しむんだから。 「あ、じゃあ私こっちなんで」 駅前からの帰り道。 十字路に差し掛かったところで、自宅のある方向に延びる左の道を指差した。 みんなはこのまま寮に戻るから、この十字路を右に進む。 「お疲れ様でした!」 「あー・・・送ってく」 「え?」 「もう暗ぇだろ」 そう言った純さんの言葉に空を見上げてみると確かに少し暗いけど、まだそんなに遅い時間でもないし一人で帰れない暗さじゃない。 「大丈夫ですよ。10分も歩かないし・・・」 「お前ん家の近くの本屋にも行きてぇし、ついでだ」 本屋と聞いて思い出した。 あぁ、今日は少女漫画の発売日だ。 ついでだと言うし、ここは純さんに甘えて送ってもらうことにしよう。 さっきのお礼も言わなくちゃ。 みんなと別れて十分暗くなりだした住宅地をとことこ歩く。 私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるあたり、さすが乙女を分かってらっしゃる。 倉持だったらこうはいかないだろうな、なんて考えながら、純さんにお礼を言うんだった事を思い出す。 「純さん、さっきありがとうございました」 「さっき?」 「微妙ーな空気変えてくれたから」 「あぁ、別に構わねぇよ」 純さんは優しい。 うちのお兄ちゃんもこれくらい優しかったらよかったのに。 むしろ交換してくれないかな。 「・・・今日グラウンドにいた奴だろ?」 そう前を向いたまま純さんが言った『奴』とはグラウンドで御幸を待っていたあの子のことだ。 「付き合ってんのか?」 「前に聞いたときは幼なじみだって言ってましたけど・・・御幸はあの子が好きなんだと思います」 前にグラウンドであの子に声を掛けられた事があった。 御幸一也はいますか、って。 振り向けばそこにはすごく可愛らしい女の子が立っていた。 後で御幸にさっきの子は彼女かって茶化しながら聞いてみたら、ただの幼なじみだと言われた。 でも、そのとき初めて見たんだ。 御幸が女の子にあんなに優しい顔を見せるところ。 あれはきっと、大事で大事で仕方ないって顔。 「御幸はお前にもかなり気ぃ許してると思うけどな」 「・・・だといいんですけどね」 外見に似合わず恋愛話が好きな純さんは、いつも私の恋愛相談を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる。 今も私を元気付けてくれている純さんに大丈夫だと笑顔を向けると頭をわしわしとされた。 「まぁ話ならいつでも聞いてやるから」 「ありがとうございます」 「おぉ。じゃあ、また明日な」 「はい。あ、漫画読み終わったら貸してください!」 「おう」 漫画を借りる約束を取り付けて門の前で純さんと別れ、バッグから取り出した鍵で玄関を開けた。 「ただいまー」 あ、ハンバーグの匂い。 リビングから漂う夕飯のいい匂いに鼻をくんくんさせる。 下へ下へと傾きかけていた私の気持ちは、 純さんと大好物のハンバーグのお蔭でぐん、と上昇した気がする。 きっと明日はまた笑えるよ。 シンプルガール (単純なやつ。きみならそう言って笑うのかもね) [back] |TOP| |