連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 20




洋一を待つ公園のベンチ。
見上げた空は一面にオレンジ色が広がっていた。
明日も晴れると、朝のお天気お姉さんが言ってたな。

以外と落ち着いていられるのは、御幸くんのお陰で腹を括れたせいだろう。







「悪ぃ!待たせた」


聞こえてきたその声に顔を上げると、入口からこっちに駆けてくる洋一の姿を見つけた。
私の前まで来た彼に、ぽんぽん、と隣に座るよう促すとすぐに理解して腰掛けてくれた。


「疲れてるのにごめんね」
「いや・・・」


それだけ言うと私が話し出すのを待つように黙り込んでしまった洋一。
そんな彼の様子を見て、ひとつ大きく息を吸い込んでから話し出した。


「高校三年生の時ね、本気で好きな人がいたんだ」


唐突に話出した私の話を洋一はじっと聞いてくれる。
この話を誰かにするのは初めてで、うまく伝えられるか分からないけれど。
ひとつひとつ、思い出しながら言葉を紡ぐ。


「5こ上の、先生」



5歳年上の、新米の体育教師だった。
高校生が教師に恋をするなんてよくある、ただの憧れに過ぎないんじゃないかって思われるかもしれない。
けど私が高校三年生までにしてきた幾つかの恋とは絶対に違うと言い切れる、確かな自信があった。
最初はさして相手にしてもらえなかったけど、簡単に諦められるものではなかった。

次第に近付けば近付くほど、彼の優しさに触れるほど、思いは強くなっていって。
だから、彼が私に振り向いてくれたときは本当に嬉しくて、このままずっとこの人と一緒にいられるんだ、て何度も遠いさきのことまで考えたりした。


『私高校出たら就職することにした!』
『就職?進学じゃなくて?』
『だって早く社会人になって、先生の隣に堂々と立ちたいから』


彼が私と付き合い始めるときに出した条件。
それは、私が卒業するまでは外で会う事は出来ないけど構わないか、というもの。
教師と生徒という立場上、彼を困らせたくは無かったから、二つ返事でその条件を呑んだ。
だって、数ヶ月我慢すれば私はこの学校を卒業して自由になれるのだから。
ましてや進路を就職に決めてしまえば、卒業後は春から社会人になれる。
彼と同等の立場に立てるんだ。
それからというもの、彼から届くメールと、たまに会える放課後の時間が就職活動をする私にとっての原動力だった。


数年前の事だけど、今ほど不景気ではない時代だったから。
予想していたより早く就職先から内定を貰うことができた。

内定をもらったよ、春からは社会人だよ。

そう伝えたら、彼は眉を下げて優しい顔で笑って。
おめでとう、て言ってくれた。


喜んでくれているんだって思ってた。



この時気が付いていれば良かったのに。
だけど私はやっぱりまだ未熟で、何も知らず春からの新生活のことで頭が一杯だったんだ。


2月に入ってからは卒業前の自宅学習期間に入ってしまったせいで、暫く彼とは会えない日を過ごしていた。
卒業シーズンで忙しくなるからあまり連絡できなくなる、と言われていたし、私の方からも連絡はなるべくしないようにしていた。

そんなある日。
たまたま街で会った部活の後輩に信じがたい事実を突き付けられた。




『そういえば・・・結婚するみたいですよ』
『え、だれが?』
『ですから・・・』
『・・・ぇ・・・・・・』


聞き間違いなんかじゃない。
後輩の口から出たのは間違いなく彼の名前だった。
私と彼の関係など知るはずもない後輩は続けて話す。


『大学生の時からずっと付き合ってた彼女らしいですよ。子供生まれるみたいで、パパになるんだーってこの前の体育の授業でノロけてました』
『へ、へぇ・・・』
『あたしも名前先輩も先生のファンだったじゃないですか。まじでショックですよねぇ・・・』
『・・・うん、そう、だね』


頭を鈍器で殴られたような衝撃とはまさにこのことだと知った。
後輩の言葉にも相槌を打つことしかできず、その後どうやってその子と別れたのかも覚えていないくらい、朦朧とした意識の中でただ街を歩いていた。




彼には恋人がいた。
私が知るずっと、ずっと前から。


好きだと言ってくれた言葉も気持ちも行為も、全ては偽りだったんだ。
元より5つも歳の離れた高校生なんて相手にしてもらえるわけがなかったんだ。



本気だったのは私だけだったんだね。




その日から私が彼に連絡をすることは無く、彼からの連絡も来ることは無かった。

自然と涙は出なかった。
騒ぎ立てるつもりも無かったし、自分でも驚くほど素直に目の前の現実を受け入れていた。


ただ、この瞬間から何かが変わってしまったのは確かだった。










「それから・・・まともな恋愛出来なくなっちゃったんだろうな。ばかだよねー・・・」


しんみりしてしまった空気を追っ払いたくて笑って見せたら、洋一はそっと私の片手を取った。
その手つきは優しいけれど、しっかりと握り締めてくれる。


「俺がその時居てやれたら・・そんな奴に渡したりしねぇのに・・・!」


悔しそうにそう言った声。
その言葉と、手に篭められた力に胸があったかくなる。

そうだね。
もしあの時洋一が私の隣に居てくれたなら、きっと違う道も開けていたんだろう。
だけどね、今となればあれもいい人生経験のひとつだったんだと思える気がする。
洋一がそう思えるようにさせてくれたんだ。


「ありがとう。でも、いま隣に居てくれるのが洋一でよかったって思ってるよ」


だって、


「だって、洋一のお陰で本気で好きになれる人ができたんだもん」
「名前・・・」
「最初は5歳差のトラウマもあったし・・・有り得ないって思ってたんだけどね」


だけどこの目の前の子供だと思っていた少年は、私の想像を遥かに超える程の存在だった。
それはいつからか必要不可欠なものとなって。
今では、私の中のどこを探しても洋一がいる。

洋一ならとっくに知っていると思うけど、私は素直な可愛い子じゃないから。
随分迷惑を掛けてしまったけど。






「洋一が好き」






「洋一が大好きだよ」



あの時きみが言ってくれた言葉を信じているから。


だから絶対、



私を絶対に離さないでね。




この手は必ずつかまえててよ



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