連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 19




彼がくれた言葉。


それは私がずっと、

ずっとずっと欲しかった言葉だった。



夕方のグラウンド。
今日は余っていた時間休を使ってお昼過ぎに退勤したから、帰りにグラウンドに寄ってみた。
フェンス越しに沢山の部員たちの中から洋一を探し出すのも慣れたもので。
すぐにあそこでバットを振っているのが彼だと分かる。
想いを伝えられたあの日から少し経つけど、変わらぬ日々を送っている。
けれど私の心は彼と会う度に、前よりも遥かに満たされていることに気付いていた。


「名前さん?」
「あ・・御幸くん」


練習に打ち込む洋一の姿をぼんやりと眺めていると後ろから声を掛けられ、振り向けばそこには御幸くんの姿。
どうも、と笑った御幸くんを見て、顔の筋肉がひくりと強張る。
洋一抜きで対面したのはあの練習試合以来で、私はやっぱり彼に苦手意識を抱いてしまう。


「名前さん、いま時間あります?」
「あ、うん。あるけど・・・」
「ちょっと話しませんか?」


そう言った御幸くんが指した親指は二階建ての校舎・・・恐らく部室棟のような建物に向けられている。
あそこで話をしよう、ということらしい。

洋一の姿を確認しようと一度グラウンドを振り返ってみたけど、どこかへ行ってしまったのか姿を見つけることはできなかった。
特に断る理由も見つけられず、御幸くんの後について歩き出す。
外階段を昇ると、学校には似つかわしくないヒールの音がやけに響いた。

二階にある少し埃っぽい一室に入ると、御幸くんは真っ先にがらりと窓を開けた。
ふわりと吹き込む風に髪を押さえていると、御幸くんに手招きをされて窓辺まで近付いてみる。


「あそこに倉持がいるの見えます?」
「うん」


そんなに高さのない二階の窓からは、すぐ隣にある野球部のグラウンドが見渡せて、洋一の姿がよく見えた。


「そんでそのすぐ側に張り付いてるのが・・・倉持目当ての女子」
「・・・・・・」
「あいつ、意外とモテるって知ってました?」



胸がすごく重くなった。
もやもやして、洋一の近くにいる女の子たちの笑顔を見るだけで、いらいらとした気持ちになる。


やだな、この感じ・・・



そっか、

私、あの子たちに嫉妬してるんだ。
洋一の彼女でもないくせに。


「いつまであいつのこと泳がすつもりですか?」


その言葉にはっとして俯いた顔を上げれば、厳しい表情の御幸くんと視線がぶつかる。


「そんなつもり・・」
「あいつが高校生のガキだから?」


御幸くんに捕まれた手首を振り払おうとしたけど、私の手首を掴むその腕はとても逞しくてまるで敵わない。


「・・・名前さんが思ってる以上に俺たちは男っすよ」


耳元で聞こえたその声。
そんなこと・・・そんなこと、とっくに気付いてたよ。


「簡単にこうすることだって出来るのに倉持がしないのは何でだと思います?」


その言葉にじわりと涙が滲む。
視界は揺らいで、脳裏には洋一の笑顔が浮かんだ。
それと同時に自分がどれだけ彼に大事にされていたのかを思い知る。
あの優しい笑顔も優しい手も、すべてとっくに気付いていたのに。


「素直になってください。あいつなら、大丈夫でしょ?」


掴まれた腕は離されて、優しく肩をぽん、と叩かれた。
御幸くんのその笑顔は洋一の笑顔と重なって、やっぱり彼も優しい人なんだと。
先入観から勝手に苦手と決め付けてしまっていたことを、申し訳なく思った。
涙を堪えた喉はつん、と痛くて声に出来そうになかったから、こくこくと頭を上下に動かして返事をする。
彼の言う通りだ。
いつまでも甘えてちゃいけない。

ちゃんと、伝えなくちゃ。






「名前!」


突然大きな音を立てて開いたドアの前に立っていたのは、少しだけ息を切らせた洋一。


「御幸・・・テメェ何してんだよ」
「あ、バレちゃった?」
「ふざけんな。こんなとこで何してんだよ」


今にも殴り掛かってしまうんじゃないかという洋一の少しだけ震える拳をぎゅっと握り締めた。


「御幸くんは何も悪い事なんかしてないから」
「名前・・・」
「大丈夫だから。ね」


暫く強張った表情で私の顔を見つめていたけれど、きつく握られた拳は次第に力を緩め、開かれていった。


「お前のそんな必死なとこ初めて見た」
「・・・うるせ」
「はっはっは、じゃあ・・名前さん、頑張って」


にかりと笑った御幸くんにしっかりと頷く。
それを見て満足そうな表情を浮かべると御幸くんは先に部屋を後にした。










「御幸が名前連れてここ入ってったって聞いて・・」
「わっ・・・」
「すげぇ焦った・・・」


洋一に抱きすくめられて身動きが取れない。
その強い力にどきどきして、さっきまでの決意を忘れそうになって、もぞもぞとなんとか動かした右手で洋一の肩を叩いた。


「あのね・・・」
「ん・・・?」
「洋一に、話したいことがある」



きみにもっと近付くために、私はその一歩を踏み出そうと思う。




「洋一に聞いてもらいたい話があるんだ」



もう逃げたりしない。
私の隣に立ちたいと言ってくれたきみの隣りに
私も立ちたいから





きみのとなり、いま行くからね




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