▼ 君を手に入れたいと思った日 18 練習が終わったグラウンド。 部員達は一度寮に戻る奴もいるが、殆どの部員がそのまま自主トレに入る。 俺も後者であり、上機嫌でバットを片手にティーの準備をしながらグラウンドの片隅を見やる。 休日の練習を見物に来た父兄やら生徒やらのギャラリーに名前の姿を見つけた。 名前は最近こうしてよく練習を見に来てくれる。 俺に気付いて少し微笑んだその顔に一瞬にして疲れがふっ飛んだ気がしたのは気のせいなんかじゃない。 「名前さんが来てるからって浮かれてんなよ」 「あ゙!?」 「「名前さん?」」 後ろから聞こえた声に振り向けば御幸と、いつもの如く御幸に付いて歩く沢村と降谷。 また球を受けてもらおうと御幸を追いかけ回してるんだろう。 「名前さんってのはあそこに座ってる綺麗なお姉さんのことだ」 「てめ!説明してんじゃねぇよ!」 「あの方が噂の!!」 「へぇ・・・」 「ふーん、あの人なんだ?」 沢村と降谷に続いた声に逆を振り向けば、にこりと笑う亮さんの姿が。 笑顔の裏になんかとてつもなくどす黒いオーラを感じるんだが・・・ つうか噂の、てなんだよ。 「で?付き合ってるの?」 「まさか!倉持の片思いです」 「なんでテメェが答えてんだよ!」 しれっと答える御幸にタイキックをかましてやるも、一度盛り上がってしまったこの場はなかなか収まらず、仕舞いには哲さんや純さんまで来てしまう始末。 「かわいいじゃねぇか」 「倉持には勿体ないな」 「綺麗だよなー」 「倉持じゃ無理だろー。可愛すぎる!」 くそ。 うるせぇな。 お前らに何が分かるっつんだ。 こうゆうことになるから御幸には名前の存在を知られたくなかったんだよ。 いつの間にかわらわらと集まった部員たちは皆して口々に名前を誉める。 あー!!くそっ 「あいつなぁ、あぁ見えてすげぇ意地っ張りだし酒癖も悪ぃんだぞ!!」 「・・・・・・・・・」 「・・・倉持のバカっ!大っ嫌い!!」 やばい、言い過ぎたか?と思った頃には時すでに遅し。 名前はきっ、とこっちを睨むと背中を向けグラウンドを離れて行ってしまった。 「はっはっは、名前さんサイコー!」 「うるせぇ!全部テメェのせいだ、御幸!!」 「嫉妬しちゃったんだよね、倉持は」 隣でそう言った亮さんの笑顔にさっきまでのどす黒いオーラは無く、どちらかといえば嬉々とした表情を浮かべている。 この人、完全に楽しんでやがる。 嫉妬・・・ そうだよ。悪いか。 これ以上こいつらに名前を見せたくなかったんだ。 皆に言われなくたって、あいつが可愛い事なんて俺が一番知ってるっつーの。 苛々をぶつけるようにグラウンドの土を蹴り上げてみるけど、結局その土埃は自分の顔の方へと風に流されて。 口の中がじゃりっとなった。 「いやー、あんなに集まってくるとは思わなかったよな」 グラウンドから寮への帰り道。 わりぃわりぃ、と言う御幸のその顔にはかけらも申し訳なさを感じないんだが。 「さっさと付き合っちまえばいいのに」 「うっせー」 「名前さんも中々のドSだな。さては」 「だまれ変態眼鏡。テメェと一緒にすんな」 御幸を振り切り寮へ戻ると、少し散らかった部屋にエナメルを放り投げ、携帯と財布だけを持って再び寮を飛び出した。 片手に握った携帯の発信履歴から名前の名前をひっぱる。 最近名前にしか電話してねーな。 名前のひとつ下にある御幸への発信履歴は部内連絡で仕方なく掛けた五日前のものだ。 それ以降は名前にしか掛けていない事実に、なんだか笑みが漏れた。 『・・・もしもし』 何回かのコールの後に聞こえてきた声は、いつもより少し低い。 出るまでの時間がいつもより遅かったのもそれも、名前の不機嫌を現しているんだろう。 「あ・・・俺。さっきは悪かった。ちゃんと謝りたいから今から会えねぇ?」 『・・・・・・いいけど』 「じゃあ、今マンションの前にいっから」 『え!?もういるの?』 「おう。じゃ、待ってる」 電話を切った少し後にがちゃがちゃと音がして、少し慌てた様子で名前が玄関から出て来た。 「もう!急すぎるから!」 「わりぃ。・・・さっきも、まじでごめん。・・・・・・嫉妬した」 「嫉妬?」 「名前が他の奴らに可愛いとか言われんのがなんかむかついた」 「みんな私みたいな年上と接する機会がないから珍しがってるんだよ」 「・・・違ぇよ」 これだよ。 なんでこいつはこうも無警戒なんだ。 ・・・まぁ、ショートパンツを履いて練習を見に来なかっただけまだましか。 思わずゆるゆるとしゃがみ込み、壁に背中を預けた。 「それで、やきもち妬いたの?」 「・・・うぜぇって思ったか?」 「ううん。なんか・・・・・・多分・・・うれ、しぃ」 は・・・・・・? いま、嬉しいって言ったか・・・? 名前からの思わぬ言葉に上を向くと、そこにははにかむように笑う名前の顔。 だから、その顔はやばいって前にも言っただろうが。 目の前にあった名前の細い腕を引き寄せると、バランスを崩したその体を抱きしめてやった。 「わ・・・」 「好きだ。俺名前の事・・・すげぇ好き」 自惚れだと言われたらそれまでかもしれないけど、名前との関係はうまく行っていると思う。 最初から比べればかなり仲良くなっている事は間違いないはずだ。 だけど、 名前は多分、恋愛をすることにに怯えている。 理由が何かなんて分からないけれど。 ただそれでも、 名前の事を好きな気持ちだけはやっぱり他の奴に負ける気はしなくて。 名前を幸せにしてやれるのは俺しかいないんだと思いたい。 「待ってっから。名前のこと」 だから、名前がそれを・・・恋愛を怖くないと思えるその時が来るまで、俺はいくらだって待とう。 「俺はずっと、名前が好きだ」 抱きしめた名前が今どんな顔をしてるのかは分からないけれど。 俺の服をぎゅっと握った小さなその手を、きつく握り返した。 すき、があふれる [back] |TOP| |