連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 15




『ただ今、電話に出ることができません・・・』


くそ、まただ。
何度かのコールの後に流れる機械的な声。
もうこの声は聞き飽きたんだよ。

あの日からこうして名前に電話をしてみても、聞こえるのはお馴染みの音声ガイダンス。
名前が電話に出る事は無い。
着信拒否されていないのがせめてもの救いだと最初は思ったが、 いよいよ焦りが出始めた。

いつものコンビニで待ってみたって、やっぱり会うことは出来ない。
名前の家まで行ってしまおうか。
そうも考えたけど、さすがにそれはストーカーの域に踏み込んじまいそうで踏み止まる。
一体どうしたっていうんだ。
コンビニの前に座り込み、こうなってしまった原因を探してみたが全く見当がつかない。
あの日、確かに名前は練習試合に来てくれて、試合前に目が合えば笑ってくれた。
その笑顔に違和感は感じなかった。
なのに、どうして・・・
考えれば考える程、深溝に嵌まっていく。



結局連絡が取れないまま、名前に会えなくなってからもう1週間が過ぎてしまった。



「最近どうなんだよ」
「あ?」


がやがやとした休み時間。
教室の自席で今日何度目になるか分からないメールチェックをしていると、御幸が目の前の席に腰を降ろした。


「あのお姉さん。あ、もしかしてフラれた?」


何も知らずに然も面白そうに言うこの黒縁眼鏡の男を殺してやりたい衝動に駆られたが、違うと断言できないこの状況に殺意も萎えていく。


「・・・分かんね。連絡取れなくなった」
「は・・・まじで・・・?」


俺をからかうつもりで言ったであろう御幸は予想外の俺の反応に笑えない、といった表情を浮かべる。
こっちの方が笑えねっつの。
そんな御幸を余所に携帯電話のディスプレイに視線を戻したけれど、新着メールの中に名前からのメールはやっぱり無かった。


次第に困惑と焦りは更に膨らみ、それが徐々に野球にも影響してきている事は自覚していた。
自覚しているのにどうする事もできない自分に余計に苛立ち、俺の調子は益々落ちる一方だ。








「倉持、少し外れろ」
「・・・ぇ・・・・・・?」


空が少し暗くなりだし、ナイターが点き始めた頃。
ノックの最中に片岡監督の口から出た言葉に、呆然と立ち尽くした。
今の言葉は、俺に向けられたのか?
俺だけじゃない。
他の部員までもが、信じられないといった表情で俺達を見ている。



「倉持」
「っ・・・まだ出来ます!!」


守備には自信があった。
誰にも負けないと自負もしていた。
レギュラーを勝ち取ってから今まで、ノックを外されるなんて事は一度も無かったんだ。
奥歯がぎりりと音を立てる。


「頭を冷やせ。グラウンド20週!!」
「く・・・っ・・・・・・はい!」



頭を冷やせ・・・


頭を冷やせ、
頭を冷やせ・・・



いくらそう考えようとしてみても、どうやったって頭に浮かぶのは名前の笑顔。




なぁ名前、

俺はどうしたらいい・・・




20週を走り終えた頃、グラウンドを見渡せばもう数人の部員しか残っていなかった。
ナイターのあかりに照らされたグラウンドの端を通って、ベンチに置いていたグラブを掴み部室へ向かう。




ゴッ


「いっ・・・」


部室のドアを開けようとしたその時、背中に強い衝撃が走った。
振り向いて足元を確認すると、ころころと転がる硬球。
いま背中に当たったのはこれだ。


「てめぇ、何すんだよ」


転がったその先には未だ練習着姿の御幸が居た。
球の出所は間違い無くこいつだ。


「お前さぁ・・・練習に私情を持ち込みすぎ」
「・・・・・・」
「はっきり言ってかなり迷惑」


御幸の厳しい口調に何も言い返す事ができなくて、地面を見つめる。
何故ならば事実だから。
自分でも情けないほど分かってる、紛れも無い事実だからだ。



「・・・っ・・・悪ぃ・・・」
「じゃあ良いこと教えてやるよ」
「・・・は・・・・・・?」


脈絡のない言葉に地面から視線を戻すと、目の前の御幸はさっきまでとは打って変わって、いつものあのムカつくにやりとした表情を浮かべている。


「俺あの人見たぜ。昨日の夜」
「ど、どこで見たんだよ!」
「駅前の本屋行った時、ロータリーの方歩いてったの見た」
「ロータリー・・・」


それじゃあ会わねぇはずだ。
ロータリー側の出口は青道とは真逆になる。
そして名前のマンションまでは、かなりの遠回りになる筈だ。


「ロータリーの入口で待ってりゃ会えるんじゃねぇの?」
「御幸・・・」
「これ以上グラウンドでだれてもらっちゃ困るんだよ」
「悪ぃ・・・」
「その格好、目立つから着替えてけよ。あと明日の昼メシ、倉持の奢りな」
「‥ヒャハっ、しゃあねぇな!」



御幸と別れ全速力で寮まで戻り、洗濯してからほったらかしにしていた服を引っ掴む。
着ていた練習着はベッドの上に放り投げ、ジーンズに履き代えポロシャツに袖を通すと、そのまま寮を飛び出した。
沢村が何か騒いでる気がしたが、悪いが何も耳に入っちゃいない。
まぁ、悪いなんてこれっぽっちも思ってねぇけど。







「はぁ・・・は・・・っ」


駅までダッシュで向かい、肩でしている息を整えながらロータリーにあるでかい時計を見遣る。
時刻は8時半を少し過ぎたところだ。
もしかしたらもう帰ってしまっているかもしれない。
だけどそれでも、待たずには居られなかった。


名前に会いたい。

どうしても会いたい、ただその想いだけで。
駅から出てくる人混みの中、名前の姿を必死になって探した。




名前が帰ってきたら、絶対ぇ文句言ってやる。
そんで、どっか遠くに逃げらんねぇように捕まえてやるんだ。




君がいない。それは不完全な日常



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