連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 14




「苗字さん、この資料の数値合ってないよ」
「え、すいません」
「今日中に訂正しといてくれればいいから」
「はい、すぐ直します」


午後のオフィス。
パソコンに向かいデータ集計をしていると、昼前に作成した明日の会議資料が私の元に戻ってきた。
残業決定だ。
先輩ももっと早く言ってくれりゃいいのに!
失敗した自分を棚に上げて口を尖らせてみる。

でも、正直今はそんな残業も苦ではない。
家にいる時間は少なくて済むし、仕事以外の事を考える暇も無くなるから。


私はあの日から、倉持くんを避けている。
毎日のようにある彼からの着信にも出ることはない。
このまま時が過ぎれば私の事なんて忘れてくれるかもしれない。
そう思った。
いっそ着信拒否にしてしまわないのは、やっぱりどこかで嫌われたくはないと思ってるのかもしれない。
でも、倉持くんの周りには倉持くんが恋するに相応しい子がたくさんいるんだから。
その道を気の迷いで声を掛けた私のとこなんかで止まってちゃいけないでしょ。


パソコンに向かい過ぎて疲れた目を休めるように瞑り息を吐く。
渇いた眼球がじわりと僅かに水分を取り戻す。





「あれ、苗字また残業?」
「ん?・・・あ、お疲れー」


顔を上げた先にいたのは同期の男の子だった。
彼は私の隣席の椅子を引くと、どかっと腰を降ろした。
彼のデスクはひとつ隣の島の筈ですが。


「なに?」
「おやつタイム」


俺の島みんな帰っちゃって寂しいから、と言いながらガサガサと音を立てコンビニのビニール袋からパンを取り出した。


「お前さ、最近残業多くね?」
「そう?そちらこそ。彼女とデートしなくていいわけ?」
「お前な、それを言っちゃうか?」
「え・・・」


あ、やばい。
もしかしてもしかしなくても地雷を踏んだ?


「二ヶ月くらい前に別れた」


やっぱり。
二ヶ月くらい前って、私が別れたのと同じくらいじゃないか。


「他に好きな奴ができたって振られた」
「そ、それはまた・・・」


こればかりは自分を棚に上げて酷いねー、とは言えなかった。



「新しい彼氏と上手くいってないのか?」
「は?」
「最近元気ねぇじゃん」


いやいやいや、そうじゃなくて。
君、根本的なとこが間違ってるから。
パンをかじりながら私の言葉を待っているようだけど。


「・・・彼氏、出来てないし」
「あ、そうなの?」


へぇ、とか、ふーんとか言いながら何か言いたげにこっちを見ている。


「なによ」
「いや・・・彼氏ではないけど苗字にそういう顔させる存在はいるって事か」


そういう顔とはどういう顔だろうか。
倉持くんを避けるようにしてから今日までの12日間、私は一体どんな顔をしていたんだろう。
両手で持ち上げるようにして両頬を包み絶句していると、横でくっく、と笑う声が聞こえる。


「最近仕事も捗らないみたいだし」
「ぐ・・・っ」


そう、君の言う通りだよ。
確かに最近仕事の効率が悪い。
今日の残業がいい例だ。
今までには無いようなケアレスミスも続出。
自覚はあった。
けどそれが、倉持くんに直結しているとは考えたくなかった。


「まぁ今や俺も暇人だし。相談ならいつでも乗ってやるから」
「ありがと、暇人」
「うるせ」


彼は私の頭をぽん、と叩くと、あんま無理すんなよ、と言って自分のデスクに戻っていった。
窓から夕陽が差し込むオフィスには、またカタカタとキーボードを叩く音だけが響く。



あぁ、なんでかな。

今あの言葉を掛けてくれたのは同期である彼なのに。
頭の中にはしっかり倉持くんがいて、頭に乗せられた手はこの何倍もあの日の方が心地好かった。


心配してくれた同期にはなんとも申し訳無い話だけれど。
自然とそんなことが頭に浮かぶ。
それは頭の中にびっちりと蔓延っていて、決して剥がれ落ちる事はないんだ。




もはやこれは脳内侵食



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