連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 12




約束の日曜日。
身支度を終え、自宅マンションを出る。
試合は13時開始だと、昨晩倉持くんからメールが届いた。
少し遅れて行ってもいいかな、なんて思っていたのに、気が付けば時間通りにマンションを出ていた。

いつもの道のりを歩きながら、はたと考える。
こうゆう時ってもしかして、何か差し入れとか買った方がいいのかな?
・・・何かドリンクでも買ってけばいっか。


結局青道前のいつものコンビニに立ち寄り、スポーツドリンクを2本とプリンをひとつ購入。
またプリンかよ、て言われそう。
そんな事を考えながら学校の門を潜ろうとして、足を止める。

・・・学校って普通に入っていいのかな?

だって物騒な事件の多い昨今、こんなフリーでいいのだろうか。
どうしようかと悩んでいると、校舎の壁にある貼紙が目に入った。


『野球部 練習試合をご観戦の方はこちら』

丁寧にでっかい矢印まで印刷されてるじゃないか。
あ、てか普通に歩いてる人いるじゃん。
なーんだ。安心。
前を歩く人に着いて行くと、次第に彼らの声が近くなる。





「う、わー・・・」


目の前の光景に思わず声が漏れた。
毎日学校の横を通っているんだからグラウンド内を見た事はあるけど、こんなにも近くでグラウンド全域を見渡したのは初めてだった。
ナイター設備付きの二面あるグラウンドを、ユニフォームを着た何校かの球児たちがわらわらと試合の準備やらストレッチやらをしている。

きょろきょろと辺りを見回すとグラウンド脇に観客席らしきベンチを発見。
とりあえずその隅に腰掛けた。
周りを見渡すとたくさんの人たちがグラウンドを囲むようにしている。
一般の人から生徒まで居て、特に制服を着た女子生徒が多い。
野球部って結構モテるんだ。

女子生徒のよく通る、きゃあきゃあとした声。
どうやら青道の一番人気は『御幸くん』らしい。
さっきから頻繁に名前を呼ばれている。
どの子が『御幸くん』なんだろ。
フェンス越しに中を眺めると一つの視線とぶつかる。


あ、倉持くんだ。


ユニフォームに身を包み、アップ中らしい倉持くん。
目が合うと片手で少し帽子を浮かせ、嬉しそうににかっと笑った。
その姿にこちらも自然と笑みが零れる。





暫くして試合開始の礼と共に、相手校の選手が守備につく。
青道は先攻らしい。


「倉持ぃー!出塁しろよ!」
「掻き回してやれー!!」


倉持?

目を凝らしてバッターボックスに立つ少年を確認すると、確かに倉持くんだ。
ほんとに試合出てるんだ。やるじゃん。

感心していると、カキン、とグラウンドに快音が響いた。
打球の行方から目を戻した時には、既に一塁ベースを駆け抜けようとしている倉持くんの姿。

は、速い。
今の速いよね?
なんか、びゅん、て感じだったんだけど。


「いいぞ倉持ー!」
「走れ走れー!」


ギャラリーから飛ぶ声を聞く限り、倉持くんの知名度は高めらしい。
その後も守ればファインプレーを見せ、毎回出塁してはギャラリーを沸かせる彼に目を丸くした。
あれは本当に私の知る倉持洋一なんだろうか。


「倉持、今日も絶好調じゃねぇか」
「あ、あの・・・」
「ん?」


倉持くんを褒めた隣に座るおっちゃんに思い切って声を掛けてみた。
このおっちゃんが父兄なのか、はたまたただの野球好きのおっちゃんなのかは分からないけど。


「倉持洋一って・・・すごいんですか?」
「まぁ、この青道でレギュラー定着してる事は勿論、あの俊足と運動神経はチーム一だろうな!」
「チーム、いち・・・」


こんなに沢山いる部員の中で一番・・・。
倉持くんってすごい奴だったんだ。
それに、倉持くんのあんな顔、初めて見た。
野球が好きで好きで堪んないって顔してる。



「なんか最近、倉持いいね」
「は、今更?前からそう言ってるじゃん」


隣から聞こえた声に顔を向けてみると、可愛らしい女子生徒たち。
視線の先には倉持くんがいる。
女子にも人気だ。

この子たちはきっと、色んな倉持くんを見てきたんだろうな。
彼と対等な立場にいる彼女たちを少し羨ましいと思った。





試合は青道の圧勝で終了し、私は試合終了と同時にゆっくりと立ち上がりその場を後にする。
携帯電話を開いて一言だけ、彼にメールを送った。



あ・・・、差し入れ・・・
試合後に渡そうと思ってたんだけど・・・

一度グラウンドを振り返ってみたけど、片付けでばたばたしてるようだ。
いいや、このまま帰ろう。



「誰かお探しですか?」
「え・・・?」


ふう、と溜息を吐き帰ろうとしたところ、後ろから声を掛けられた。
片付けの途中らしくバットケースを肩に掛け、キャッチャーミットを手にした黒縁眼鏡の少年。


「呼びましょうか?あ、俺、二年の御幸っていいます。名前も名乗らずにすいません」


御幸・・・。
この少年があの『御幸くん』か。
うん、確かに女子が騒ぐのも分かる。
顔も良くて頭も良さそうだ。
二年って事は倉持くんと同級生だ。
差し入れ、折角だから渡しておいてもらおうかな。


「あの、倉持洋一に・・・」
「倉持?え、倉持のお姉さんとかですか?」


お姉さん・・・
そう来たか。そうだね。
そうゆう事にしておこう。


「まぁ、そんなとこ」
「・・・?」
「あ、あの、私もう帰るんでこれ・・・渡しておいてもらえないかな」
「会わないんですか?」
「この後用事があってもう行かなきゃいけないから!よろしくお願いします」
「じゃあ・・・渡しておきます」
「ありがとう!」


半ば無理矢理、御幸くんに差し入れの荷物を押し付けその場を後にした。




学校の敷地を出るまで逃げるように走って、漸く立ち止まり息を整える。
逃げてきたのは、倉持くんに会わないように。
会ってはいけないと思った。


だって、

だってあの時、私は彼女たちの視線の先にいる倉持くんを見る事が出来なくなっていた。



きらきらしてて

きらきらとし過ぎていて、私には眩しすぎた。
それはもう眩しくて、目を開く事もできないくらいに。



さっき彼に送ったメールは間違いなく私の本心だ。
でも倉持くんの隣が似合うのは、きっとさっきのような可愛らしい子たちだ。
私なんかに構ってる場合じゃないだろ。


もう、会うのは止めよう。
倉持くんの為にも。


倉持くんの為に。
そう思った胸は少しだけキリキリと痛む。
その痛みに気付かない振りをして、掌をきつく握った。



私が胸を痛める理由なんてどこにも無いじゃない。




おほしさまは空たかく



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