連載 | ナノ

君を手に入れたいと思った日 10



あれから倉持くんにメールを返して、何だかデザートが食べたくなりコンビニへ出かけた。
時刻は7時過ぎだ。
休日だし、夜だし、近くだし。
このまま行っていいよね。

パイル地が肌触りの良い、お気に入りの部屋着。
ショートパンツのオールインワンにパーカーを羽織り、ヒールが低めのサンダルを引っ掛けて部屋を出た。

デザートコーナーでプリンにするかシュークリームにするかを悩んでいると、パーカーのポケットに入れた携帯電話が震えた。
ごそごそと取り出すと、1通の新着メールを受信。
送信者は倉持洋一だ。


『今どこにいる?』


・・・なんか近くにいる気配を感じる。
きょろきょろと辺りを見回せばガラスの向こう側で、よ、と言わんばかりに手を上げてる倉持くんの姿。
ほらね、やっぱりいたよ。

悩んだ末にシュークリームは元の場所に戻し、プリンを片手にドリンクコーナーでお茶の小さなボトルを2本手に取るとレジへ並んだ。
会計を済ませて外に出ると、コンビニ前の段差に腰掛ける倉持くんの背中を見つけた。


「練習、もう終わったの?」


倉持くんの隣に腰を降ろし、さっき買ったお茶のボトルを一本差し出す。


「やるよ」
「さんきゅ!明日練習試合だから今日は早く終わった」


倉持くんはにかりと笑いながらお茶を受け取りそう答えた。


「最初、名前じゃないと思った」
「え?」
「いつもと違ぇじゃん」


自分の目元を指差して言う。
・・・あぁ、そうかいつもはコンタクトだからね。
眼鏡を掛けた私を見たのは初めてらしい。


「てかよ、その格好は駄目だろ」
「なんでよ」
「足出しすぎ」
「倉持くんのえっちー」
「ばっ、違ぇよ!」


からかってやれば真っ赤な顔で慌て出す。
かわいいやつだ。


「まぁた余計な心配してるんでしょ」
「余計じゃねぇ」
「はいはい」


ペットボトルのキャップを開けてお茶を喉に流し込む。
ふと、キャップを閉めながら横を向くと、じっとこっちを見てる倉持くん。


「なに?」
「名前、今日化粧してねぇの?」
「え?あぁ・・・どっか行く予定も無かったから」
「へー・・・」


まじまじと見られて少し顔を背ける。
眼鏡で多少ごまかしているとはいえ、すっぴんを見られるのは私だって流石に少し恥ずかしい。


「全然顔ちげー、て思った?」
「は?全っ然変わんねぇじゃん。・・・何でそっち向いてんだよ」


倉持くんは顔を逸らした私の方に体を乗り出し、顔を覗き込もうとする。
まさか、こんなにすっぴんに食いついてくるとは思わなかった。


「あんま見るなってば。そういや明日、練習試合なんでしょ・・・」


そう問い掛けたとき。
ふ、と目の前に大きな影が落ちて、視界が少し暗くなった。
上を向けば、近付く倉持くんの鼻先。



これは、キスだ。




そう頭で考えた瞬間に、考えるより早く右手が動いた。



ガッ


「ぐっ・・・」
「させるかぁ!」


咄嗟に出した右の掌で、斜め下から倉持くんの顎をがつんと押し上げた。


「ってー・・・舌噛んだ。何しやがる」
「それはこっちの台詞だろうがバカタレっ」
「・・・・・・っわりぃ。つい・・・」


倉持くんははっとしたような顔をした後、がしがしと首の後ろを掻きながら決まり悪そうな顔をした。
どうやら反省しているらしい。
ふう、と一つ息を吐き、立ち上がると彼の方に向き直る。


「まぁ・・・次は無いと思いなさいな」


多分驚いたからだろう。
ばくばくとした心臓を落ち着かせながらそう言えば、倉持くんはほっとしたような顔をしておう、と答えた。






「それで?倉持くんって試合出るの?」
「出るし」
「へ〜」
「自分から聞いといて反応薄っ」


再びペットボトルに口をつけ、お茶を喉に流し込む。
ボトルの残りはあと3分の1くらいだ。
これが無くなったら帰ろう。
そんな事を考えながら適当に返事をしたもんだから、倉持くんが少しむくれる。


「いや、野球は結構好きだよ」
「じゃあ明日見に来る?」


残念、明日は友達と買い物に行く約束をついさっきしたばっかりだ。


「生憎明日は先約がありまして」
「じゃあ来週!」
「来週かー・・・」


来週の予定は確かにまだ空いている。
まぁ、今日みたいに暇な日ならば野球観戦もいいかもしれない。
それに彼には、昨日もお世話になってしまったわけだし・・・


「じゃあ来週・・・気が向いたら行く」
「絶対来いよ!待ってっから」


気が向いたら、て言ったのに、彼は嬉しそうに笑った。

気が向いたら、なんて言ったけど。
目の前で笑うこの少年が野球に打ち込む姿を見てみたいと思った。


けどそれは、きっとまた私の気まぐれだ。
まだ少しばくばくしている胸を押さえてそう言い聞かせた。



あ、ペットボトルが空になった。

さぁ、お家へ帰ろうか。




気まぐれだらけの休日



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