▼ 君を手に入れたいと思った日 10 あれから倉持くんにメールを返して、何だかデザートが食べたくなりコンビニへ出かけた。 時刻は7時過ぎだ。 休日だし、夜だし、近くだし。 このまま行っていいよね。 パイル地が肌触りの良い、お気に入りの部屋着。 ショートパンツのオールインワンにパーカーを羽織り、ヒールが低めのサンダルを引っ掛けて部屋を出た。 デザートコーナーでプリンにするかシュークリームにするかを悩んでいると、パーカーのポケットに入れた携帯電話が震えた。 ごそごそと取り出すと、1通の新着メールを受信。 送信者は倉持洋一だ。 『今どこにいる?』 ・・・なんか近くにいる気配を感じる。 きょろきょろと辺りを見回せばガラスの向こう側で、よ、と言わんばかりに手を上げてる倉持くんの姿。 ほらね、やっぱりいたよ。 悩んだ末にシュークリームは元の場所に戻し、プリンを片手にドリンクコーナーでお茶の小さなボトルを2本手に取るとレジへ並んだ。 会計を済ませて外に出ると、コンビニ前の段差に腰掛ける倉持くんの背中を見つけた。 「練習、もう終わったの?」 倉持くんの隣に腰を降ろし、さっき買ったお茶のボトルを一本差し出す。 「やるよ」 「さんきゅ!明日練習試合だから今日は早く終わった」 倉持くんはにかりと笑いながらお茶を受け取りそう答えた。 「最初、名前じゃないと思った」 「え?」 「いつもと違ぇじゃん」 自分の目元を指差して言う。 ・・・あぁ、そうかいつもはコンタクトだからね。 眼鏡を掛けた私を見たのは初めてらしい。 「てかよ、その格好は駄目だろ」 「なんでよ」 「足出しすぎ」 「倉持くんのえっちー」 「ばっ、違ぇよ!」 からかってやれば真っ赤な顔で慌て出す。 かわいいやつだ。 「まぁた余計な心配してるんでしょ」 「余計じゃねぇ」 「はいはい」 ペットボトルのキャップを開けてお茶を喉に流し込む。 ふと、キャップを閉めながら横を向くと、じっとこっちを見てる倉持くん。 「なに?」 「名前、今日化粧してねぇの?」 「え?あぁ・・・どっか行く予定も無かったから」 「へー・・・」 まじまじと見られて少し顔を背ける。 眼鏡で多少ごまかしているとはいえ、すっぴんを見られるのは私だって流石に少し恥ずかしい。 「全然顔ちげー、て思った?」 「は?全っ然変わんねぇじゃん。・・・何でそっち向いてんだよ」 倉持くんは顔を逸らした私の方に体を乗り出し、顔を覗き込もうとする。 まさか、こんなにすっぴんに食いついてくるとは思わなかった。 「あんま見るなってば。そういや明日、練習試合なんでしょ・・・」 そう問い掛けたとき。 ふ、と目の前に大きな影が落ちて、視界が少し暗くなった。 上を向けば、近付く倉持くんの鼻先。 これは、キスだ。 そう頭で考えた瞬間に、考えるより早く右手が動いた。 ガッ 「ぐっ・・・」 「させるかぁ!」 咄嗟に出した右の掌で、斜め下から倉持くんの顎をがつんと押し上げた。 「ってー・・・舌噛んだ。何しやがる」 「それはこっちの台詞だろうがバカタレっ」 「・・・・・・っわりぃ。つい・・・」 倉持くんははっとしたような顔をした後、がしがしと首の後ろを掻きながら決まり悪そうな顔をした。 どうやら反省しているらしい。 ふう、と一つ息を吐き、立ち上がると彼の方に向き直る。 「まぁ・・・次は無いと思いなさいな」 多分驚いたからだろう。 ばくばくとした心臓を落ち着かせながらそう言えば、倉持くんはほっとしたような顔をしておう、と答えた。 「それで?倉持くんって試合出るの?」 「出るし」 「へ〜」 「自分から聞いといて反応薄っ」 再びペットボトルに口をつけ、お茶を喉に流し込む。 ボトルの残りはあと3分の1くらいだ。 これが無くなったら帰ろう。 そんな事を考えながら適当に返事をしたもんだから、倉持くんが少しむくれる。 「いや、野球は結構好きだよ」 「じゃあ明日見に来る?」 残念、明日は友達と買い物に行く約束をついさっきしたばっかりだ。 「生憎明日は先約がありまして」 「じゃあ来週!」 「来週かー・・・」 来週の予定は確かにまだ空いている。 まぁ、今日みたいに暇な日ならば野球観戦もいいかもしれない。 それに彼には、昨日もお世話になってしまったわけだし・・・ 「じゃあ来週・・・気が向いたら行く」 「絶対来いよ!待ってっから」 気が向いたら、て言ったのに、彼は嬉しそうに笑った。 気が向いたら、なんて言ったけど。 目の前で笑うこの少年が野球に打ち込む姿を見てみたいと思った。 けどそれは、きっとまた私の気まぐれだ。 まだ少しばくばくしている胸を押さえてそう言い聞かせた。 あ、ペットボトルが空になった。 さぁ、お家へ帰ろうか。 気まぐれだらけの休日 [back] |TOP| |