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国語の教師。
それはこの間俺が殴った佐久間とかいう教師のことだったらしい。
今現在、頬に湿布を貼った教師が黒板の字を縦書きに書いているから、たぶん間違いない。
『授業行ってみたら?』
先生に言われて来ただけだから、例に漏れず話なんか聞いちゃいない。ただ、授業が終わったら佐久間に聞こうと思っていた。
「じゃあ、今日はここまでだ」
チャイムと同時に佐久間がそう告げる。
周りの奴らは教科書をしまい、誰かと喋り出したり席を立ったりする。
俺の席にも小野が近づいてきて、にこりと笑った。
「西織くん、次お昼だね。食堂行こう」
あ、もう昼なの。
俺の腹時計は時間を示さない。
「ちょっと待ってて」
小野に断って、席を立つ。不思議そうな小野の前を通って、教卓の佐久間に近づく。
何故か話を止めるクラスの奴ら。動きすらも止まっていく。
でも別に俺を呼び止めるわけではないので、無視して黒板の前に立った。
佐久間は瞬きもせずに俺を見る。
肩や拳に力が入っているのがわかる。
頬に貼られた湿布をちらりと見てから、チョークを手に取り、黒板に『朋』と書いた。
「これ、どんな意味?」
「……………は?」
若干、佐久間以外の声も聞こえた。
「漢字には意味があるだろ。これにはどんな意味があるか、教えろ」
一回で理解してくれない佐久間に焦れて、意識的に口調を強くした。
途端に慌てる佐久間。
「あ、えぇと……読みのとおり、友とか、仲間って意味だ」
「ふーん」
つまりトモダチを表す字?
でもそれなら普通の『友』との違いはなに?
「同時に、比べものになる相手がいないほど大きいって意味もある」
「…………」
もう一度、『朋』の字を見る。
そして先生の顔を思い出す。
『俺は、教師としては、少し異質なんだよ』
いつだったか、先生が言った言葉。
生徒には人気があるらしいけど、俺や峰以外の誰かと連れ立っている所を見たことがない。
月が2つ並んで、朋。
でも実際、月は1つしかない。
それは、大きすぎてひとりになった月が、仲間が欲しいと謳った願望のように思えて。
胸の中心が凪いだ。「……それだけか?」
佐久間に声を掛けられて、数回瞬きをうつ。『朋』の字をさっと消した。
「それだけ。ありがとう」
佐久間の目を見て言えば、またカチリと動かなくなった。
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