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子犬の名前は小野というらしい。その日から、小野は何かと俺について回った。気まぐれに行く自分の教室で小野に話しかけられることから、同じクラスということもわかった。
「に、西織くん。おはよう」
挨拶されれば頷く。
「次の授業出る?出ないなら、ノートとっておこうか?」
YES、NOで答えられる質問なら、首を縦か横に振った。
「西織くんはよく生物室に行くよね。何してるの?」
「先生といる」
YES、NOで答えられない質問なら、簡潔かつ単純に答える。
「ありがとう」
ふとした拍子にお礼を言われると、どうしていいかわからない。
それは先生の「ありがとう」同様、特別なものでもなんでもなくて。なのに何故か反応に困る言葉。
言っている側はどうなのだろう。言った方は困らないか。そういえば、俺は言ったことがない。
無性に、言った側の気持ちが知りたくなった。
「西織くん! はい、パン買ってきたよ」
いつしか小野と一緒に過ごすようになった昼休み。小野は毎日俺の昼食を買ってくる。俺はいつも、それを無言で受け取っていた。
けれど今日は。
「ありがとう」
と言ってみた。
小野の両目は驚愕に見開かれ、ガチリと動きが止まった。
ほらな。やっぱり困るんだよ。
しかし小野の反応には続きがあった。
固まった顔はしだいに緩くほぐれていき、ニッコリと音が鳴りそうなほど破顔した。
「どういたしまして」
なるほど。
お礼を言われて困ったら、「どういたしまして」と言えばいいらしい。
「それでね、部屋を掃除したんだけど、実家から届く荷物が多すぎて……」
1人楽しそうに話す小野。膝の上には水色の弁当箱。色のきれいなおかずに、ふりかけがかかったご飯。
「捨てようかって思ったんだけど、同室の子が欲しいって言うからね。全部あげちゃった」
小野の話を無反応で聞く俺。半分ほど食べた惣菜パン。乾いた野菜と濃い味付け。
「…………」
「…西織くん? どうかした?」
ボーっと小野の弁当を見ていると、小野に気づかれた。そのまま目で訴えてみる。
「えっと…これ、食べる?」
コクリと頷く。
小野が差し出したのは卵焼き。水色の箸に挟まれている。パクリと口に含むと、味わったことのない味がした。
「ど、どうかな…」
なんと形容していいかわからず、首を傾げる。
小野は自分の口で「ガーン」と言っていた。
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