「金貸して。チヒロ」

酒を1本買うのであれば。タバコを1箱買うのであれば。迷いなく貸していた。他の誰にも貸したことはないが、相手が峰なら貸していた。

峰の方へ歩み寄る。峰は満足そうに俺に片手を差し出す。

その手とは逆の手から、茶色い瓶を引ったくった。

「なにす……」

峰が止める前に瓶を男に投げ渡し、峰の腕を掴んでドアに引き返す。状況を悟った峰は素早く抵抗し、腕を振りほどいた。

「余計なことするんじゃねぇよ!」

峰の荒げられた声を初めて聞いた。人を殴るときも警察に捕まったときも、間の抜けた語尾の長いしゃべり方だったのに。

いつもの峰はいない。

「そんなもんに頼らなくても、おまえは強いだろ」

責めるわけでもなく、非難するでもなく。ただ単に、俺は「そういうモノ」に関わりたくなかった。それは決して罪の意識などではなく、自分で自分がわからなくなる、自分が自分でなくなるということへの恐怖心からだった。

だから、峰が「そういうモノ」に関わっていたと知って、「やめてほしい」と思った。

「チヒロは、俺の何を知ってんの?」

峰は笑う。怒りながら笑う。泣きながら笑う。

「俺の何を見て、強いなんて言える?」

峰はいつも笑う。俺は「楽しい」から笑うのだと思っていた。人を殴るのが好きだから。勝つことが気持ちいいから。

でも今の峰を見ていたら、そんなことは到底考えられなかった。

「チヒロもあるでしょ。イヤなコト」

一歩、峰が近づく。

「アレはそれを忘れられるんだよ」

また一歩、峰が近づく。

「それどころか、めちゃくちゃ気分が良くなるんだよ。今まで感じたことなかった…」

ついに数十p先まで迫った峰の顔は、とても…。

「幸せ」

そうで。





峰は笑う。

それは峰が欲する「アレ」と同じだった。

拭っても拭っても消えないシミに、新しい鮮やかな色を上塗りする。しかしシミは時がたつとまた現れ、そのたびにまた色を上塗りする。

そうやってシミのある自分をごまかすらしい。

俺はどうだろう。

俺にもシミはあるんだろう。しかし俺の場合は、シミのある部分を台紙ごと切り取ってしまった。そこにはポッカリと穴が開いて、新しい色を塗ることもできない。





笑顔を貼り付けた峰と何もない俺。

方法は違えど、2人ともシミを隠そうとした成れの果てだ。

俺に峰を止める資格があるのだろうか。


 

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