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ある日のこと。
俺と峰はいつものように、日が暮れると寮を抜け出した。
しかしいつもと違うことがいくつかあり、峰が普段の飄々とした態度を崩していることがその1つだった。
「なにかあったのか?」
そう聞くが、峰は笑うだけで答えてくれない。俺たちのような人間の溜まり場となっているバーへ向かいながら、峰はどこかそわそわしているようだった。
バーに着くと、峰はタバコで煙たい室内を突っ切って、奥のドアに近寄っていく。そのドアが奥の部屋へと続いており、集まる人間たちの中でも明らかに「ヤバい」連中が出入りする箇所だとはわかっていた。峰や俺は入ったことがなかったが。
峰は迷わずドアを開け、中に入って行ってしまった。一瞬入るのを躊躇ったが、ここに残っても俺は1人だし、今まで何をするにも峰と一緒だったので結局その部屋に入った。
中は、さっきまでいた場所とは空気がまるで違った。
重苦しい。その一言で形容できる。しかも得体の知れない重苦しさだ。
いくつかあるソファには脱力したように手足を投げ出す男や、下着姿にもかかわらず大股を広げて宙を見つめる女がいた。異様と言えるその光景に思わず眉を寄せる。
「いつもの、くれよ」
峰は俺より数歩前に出て、正気と思われる数少ない男に話しかけていた。声をかけられた男は顔を上げ、わずかに俺の方へ視線をよこす。
「あいつは」
峰はそっと俺を振り返った。いつものように薄い笑いを浮かべているが、その目は若干血走っているようにも見える。
「だいじょうぶ。チヒロは俺の連れだからー」
何をそんなに信用しているのか、峰の言葉には迷いがなかった。いや、信用の言葉とも取れるそれは、俺には「余計なことはするな」という警告に聞こえた。
「金」
ただ一言、そう言う男は片手を差し出した。峰はすぐにポケットから財布を取り出し、名前の知らないおっさんが描かれた紙を数枚手渡す。
それを数えた男は、かったるそうに立ち上がり、ソファの横においてあったスーツケースを開けた。
「はい、まいど」
男が峰に手渡したのは、大きめの茶色い瓶だった。それはラベルの貼っていない某炭酸飲料の瓶のようにも見える。峰はそれを見て、不満そうな顔をした。
「これだけかよ」
「もっと欲しけりゃこれが必要」
男はさっき峰が渡した紙をひらひらとさせた。
先ほど峰は、財布の中の全ての紙を渡していた。つまり峰はもう紙を持っていない。
峰は再び、俺を振り返った。
相変わらず薄く笑ったままで。
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