退屈だ、と窓の外をぼんやり眺めた。
黒板には、これでもかというくらい現代の世界情勢について書き込まれていた。現代社会なんて、一生あの村からでることのない自分には関係ない。
正直、義務教育が終わったというのに、あと三年も教育機関に縛り付けられなきゃならないなんて馬鹿げた話だ、と主張して早三年だが、何故か今日も自分はこの席に座っている。まあ、あと数ヶ月だ。
ときどき、自分はきっと何かに操られているんだろう、なんて思うことさえある、与えられたのは、羽生蛇村という箱の中でだけの絶対的な地位と、不安定な未来と、縛られた自由。嫌な人生だ。
黒板の白い文字が、どんどんと消えて行く。あとで隣の席のヤツに見せてもらうか。
隣をちらりと盗み見る。
隣に座る女子生徒は今日も可憐だ。
そういや、近頃好きな異性ができたとかなんとか噂されていたっけ。
きっと告白されたソイツは笑顔でオーケーするのだろう、自由恋愛とは文明の進化の賜物だ。ボクなんかは一生お目に欠かれないのだろう。
授業終了のチャイムが鳴り、視線を自分の机の上に戻し、ため息をついた。
さて、ノートを借りるか。隣を見ると、女子生徒は一心不乱にシャープペンシルを動かしている。
「ねえ」そう声をかけて、肩を叩くと、びくっと彼女の肩が跳ね上がり、その拍子に、机の上からひらりと一枚のプリントが床へ滑り落ちた。
「落ちたけど」プリントを拾い上げ、彼女の顔を見ると、
「あ、あの、これはその……」
「は?」
「みっ、見ないでくださ…」
そう言われると、どうも悪いクセが出てしまう。彼女のプリントを隅々まで見渡す。
そこには、先程のシャープペンシル一本で描かれた、自分の横顔が描かれていた。
ちらっと彼女の顔を盗み見る、「もう終わりだ」とでもいいたそうに顔を赤く染めている。
「これについては、その、放課後にゆっくりお話を……!だからその、返してくださいっ!」
あまりにも可哀想に思えてきたので、取り敢えずプリントは返しておく。彼女に「じゃあ、放課後な」と言って笑ってやった。愉快だ。
教室に担任が入ってきたので、何事もなかったように席に座る。彼女の顔はまだ真っ赤だった。



Q.ボクが彼女と付き合うことのメリットとは
A.仮にボクが、この学校のマドンナと付き合うことになるとしよう。
そうしたら、何人の男が嫉妬に狂うこととなるだろう。想像しただけで鳥肌が立った。
その上、亜矢子をからかう恰好のネタにだってなる。つまり、楽しいことばかりだ。

もちろん、本気なワケがない。



話の場所の指定は美術室。彼女は唯一の美術部員だったらしく、顧問もほかの部活と掛け持ちだから、人がいないんでということらしい。
「で、何?あの絵」
話をしようと言い出した本人は、押し黙ったまま。
「じゃあ質問変える、なんでボクなの?」
彼女の肩がぴくりと跳ねる、いちいち面白い反応だ。
「……キレイだったからです」
「ボクが?」
一つ、頷く。キレイと言われて気を悪くするヤツはいない、少し上機嫌になりながら窓からグラウンドを見る。
「神代くんを見てると、いつの間にか授業が終わってるときがあるの。それくらい神代くんは魅力的で、だから、絵にしたいって思って…、嫌なら、もうやらないから、その、嫌いに…!」
すべての謎は解けた。口元に笑みを称えながら、彼女に目線を戻す。



ボク:(何食わぬ顔で)つまり、ボクのことが好きってこと?
彼女:(ぽかんとしながら)へ?



「違うの?」
「えっと…、で、でも、友達が言ってた、神代くん、婚約者が居るって」
「居るけど、それが?」
「だって、婚約者って、結婚する…」
「じゃあ、婚約者がいるからボクのことキライになるの?」
「そういわけじゃ…」
「正直なこと言うとさ、アイツ、すっげーヒステリックでさぁ、もう疲れちゃった。ねぇ、だからさ、付き合わない?」
もちろん、亜矢子と別れるワケではない、別れられるワケがない、決まりだ、逃げられない。彼女が頷いた。




「じゃあ、君とボクは今日から恋人だ」



Q.箱の中の自由とは
A.それは、時にありがたいものとなる。