「バイト始めた」
彼がソファーに座り酒の入った缶を傾けながらそう告げた。
「そう」
同様にグラスを傾ける。
「やっぱよ、ギブアンドテイクってのは比率が大切だと思うんだよ」
あ、こいつ酔っぱらったな。なんて脆弱な。絡まれるのダルそうだな。適当に雑誌読んでよう。
「な、アンタもそう思うだろ?」
「まあ。ないってわけじゃないかな」
そう答え、雑誌に向けていた目を彼に向ける。寝てやがる。仕方がない、布団でもかけてやるか。
きっちり畳まれ部屋の片隅にぽつりと置かれた掛け布団に手を伸ばすと、彼はぼんやりと呟いた。
「思うんだけどさ」
「なあに」
「どうよ、一緒にいて」
「いい年してマトモな仕事につかないで、他人の家に転がり込んでる男って」
「そのくせ、薄っぺらいことしか考えられないような男って」
「時々、嫌になるんだよ」
「俺、一生このままなのかな」
「こんな男と一緒で、アイツは幸せだったのかな」


「さあね」
そう呟いて自室へと足を踏み入れた。




朝から私の勤める部署は騒がしかった。
「三上脩」
って、知ってる?などと聞かれ、知らないわけがない、と首を縦に振った。
「で、その三上氏が?」
「ありゃ、ご存知ないかね。期待の新人若手作家だよ」
「生憎、小説はあまり馴染みがないものでしてね」
なんの報告も受けちゃいないぞ。
「で、その大型新人を我が編集部で徹底取材しましょうってワケ」
写真は任せたぞ、と肩を叩かれた。嫌な気はしないが釈然としない気持ちで胸がいっぱいだ。



「壱継さん」
「三上さん!って、なぜここに」
「この出版社から出ている文芸雑誌に作品を投稿したら、是非会いたいって」
「ああ、あの雑誌か。じゃ、なくて」
「?」
「なんで教えてくれなかったんですか」
「それは、…すまないと思っている。でも、君に見せるなら、渾身の、それも認められた作品がいい。そう思って」
なんて真っ直ぐな人。あの人を思い出すよ、本質は貴方と一緒の、違う世界の貴方。
「じゃ、その編集部に案内すればいいんですね」
「はい、それと一つ―」



「…」
先ほどまで無音に近かった室内にやたらにデカイ声が響いている。
うるさいなぁ。頭を掻くとドアがバタンと音をたて開く。中から三上さんが半泣きで走って出てきて、私の腰の辺りに抱き付いた。
「みっみかみさ」
「おや、三上氏の御夫人でございますか?」
聞き覚えのあるような、ないような、そんな記憶の中で曖昧な声と喋り方がするほうに目を向けると、なんとも胡散臭い営業スマイルを浮かべた男が早足でこちらへ向かってくるじゃないか。嫌な予感しかしない。
「私、三上氏の秘書候補の吉岡ヨシノリと申します、以後お見知りおきを…」
営業スマイルを浮かべる青年から胸元のポケットから取り出した名刺を受け取る。
彼が細めた眼を開くと、一気に普段の顔であろう表情に戻った。
「んだよ、壱継じゃねえか。何してんだ」
名刺返せよ、もったいねえから。と半ば強引に手から名刺を奪い返すと、ポケットに直行。なめてやがる。
しかし、どうも曖昧だ。覚えているような、覚えていないような。
「貴方こそ、三上さん、嫌がってるじゃないですか」
そう反論すると、やれやれといった表情で吉岡が手招きをする。何事かと身動ぎをすると、突然肩を組まれ壁際へ引っ張られた。
「何するんです」
「あのなぁ、この仕事で大切なことってなにか知ってるか?」
なぜ声をひそめる。
「知りませんって、第一、私はカメラマンであって編集のほうはなんとも」
「そう、インパクトだ、インパクトとカリスマ性が大事だ」
「聞いてます?人の話」
「ザッツライ!!!よし、お前に話すことは何もない、行ってよし!!」
話聞いてねえよコイツ。
やっと腕から解放されると、また誰かに腕を組まれたのひっぱたいてやろうかと思ったが、なんとそのお相手が三上さんだったので悪い気もせずそのまま棒立ちになっていた。
「壱継さん」
「何でしょう」
身をかがめてヒソヒソと喋る三上さんにつられてヒソヒソ声になる。
「知り合いですか?あの人」
「いやぁ、私にゃ見覚えもないんですがね」
「そうなんです?」
「部署も違いますしねぇ。因縁つけられるようなことはしてないはずです」
「みっかみさぁん」
気色の悪い猫なで声で名前を呼ばれた三上さんはビクリと体を震わせながら彼の方をむいた。ご愁傷さま。
「はっはい」
「お電話、いつでも御待しています故」
逃げて三上さん。




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