「あのアパート、解約してこようと思うんだけど」
「そうなの?」
「当分こっちにいるし」
「そう」
「そういや、アンタいくつだよ」
「23、でも11月で24になる」
「同い年じゃん。もっと年上かと思ったのに」
「悪かったわね」
「だからなんでそう悪い方に解釈するんだよ。俺はただたまには年上もいいかなぁ、とか思ってるだけ」
本心にもないものを口から出すのは得意だった。虚しさなんてこれっぽっちも感じちゃいない。
これも異常だと言うのだろうか。
人は本当の“異常”を知らない、だから、何が“正常”かも分かってはいない。自分がバカみたいに鈍感なことだって分かっていた。しかし、それが異常かなんて、自分の決めることではない。
ただ、違和感だらけなのだ。
あんなことに巻き込まれたあとだ、不安定なだけかもしれない。
だからこそ、自分での正確な判断ができそうにないのだ。
じゃあその正確なジャッジを誰に頼めばいい?なんの理由も知らない第三者に託せばいいのだろうか、いや、きっと勝手に決めつけてしまうのだろう。

「    」彼女が何か言った。ただ、自分は頭が痛い。




「三上さんとこ行ってくるね」
「ん、いってらっしゃい」
また朝がやって来た。
まだ数えれるくらいしか迎えたことのないはずの、こちらの朝も、まるで昔から迎えてきた、数えられないくらいの朝に思える。
「そういや、アンタ仕事は」
「カメラマンなんてこんなものよ」
そう答えて部屋のドアを開いた。



「壱継さん、仕事のほうは?」
何故人は人の職務にここまで関心を抱くか。
「雑誌のカメラマンですから、取材の時くらいしか役目ありませんよ」
「なるほど、女性カメラマンですか。かっこいいですね」
「それほどでも…」
あるものだが、そこは社交辞令でないものとしている。
「じゃあ、もし僕がデビューした際に雑誌で特集を組んでもらえるよう頼んでいただけますか?」
「もちろんです!」
二年前のあの日を思い出した。
その美しさに目を奪われ、そこはかとなく漂う儚さに心奪われた。鮮明に覚えている。
過去から逃げ切れた気がした。しかし、今自分は過去を繰り返すやも知れぬ立場にいる。
そもそも、この世界に彼が存在すると言うことは幸福なのか、罰なのか。
「どうかしました?」
「いえ」
「壱継さんって、いつもぼんやりしてますがなにか悩み事でも?」
悩みの種の一つがきょとんとした顔でそんなことを訪ねてくる。
「特にはありませんよ」
「ならいいんですけどね、何かあったらいつでも相談に乗りますよ」
「恩に着ます」
いや、違う、過去を繰り返すのではない、現実が過去を飲み込んで、過去になりすまそうとしているのか。

そんなこと許さない、許しやしない。



「壱継さん?」


でも、きっと神様が自分を許さないんだろうなぁ、なんでだかわからないけど、そんな気がするんだもの。





名前を呼ばれた気がした。
気のせいかもしれない、でも、名前を呼ばれた気がした。
「美南さん」
「はっ、あ、え、えっと、はい!」
「あーよかった、生きてた生きてた」
「ん?えっと、なんで、てか、あれ、ここは…家?なんで?」
先程から頭がズキズキする。目を開けるのが辛い。
「いきなり倒れたんです。で、失礼ながら携帯電話のアドレス帳を探って、自宅の電話番号があったものですから、とりあえず連絡してみたんです」
「で、運良く俺が家に居たので迎えに行った」
「はぁ…、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。それに僕だって彼が居なかったら、何もできませんでしたし」
「そんなことないですよ」
ソファから立ち上がり、おもむろに家にいたニートの首をつかみ廊下まで引っ張り出す。
「ちょっと、なんで名前呼びなの」
「は?」
「だぁかぁらっ!なんで三上さんが名前呼びなワケ?わたし教えたはずないんだけど」
「ああ、うん、俺教えたし」
「なぁにしてやがるこのばかぁっ」
「いでっ」
「ああもうそっちで心臓止まるかと思ったわ、ばかっばかっ」
「ばかばか言うけどな、オマエ、三上さんのアレなんだろ!?じゃあなんで名前で呼ばれるのが恥ずかしいんだよ」
「…名字呼びだったんだもん」
「ああ…、そこはシビアな問題だったなそういや…てかどんだけ純情…」
どうこう言われているようなので睨みつけてやった。すると三上さんが「どうしたんですかー」なんて呼ぶもんだから「なんでもありませんよぉ」と返事をして部屋に戻った。彼は黙ったままだ。






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