「ただいま」
「おかえりなさい」
このやりとりに違和感を感じなくなった今日このごろではあるが、代わりに果たしてこれが良いことだか悪いことだかという疑問が浮かび上がってくる。
「どうだったの?」
「バッチリ」
にかっと笑うと、ストラップのついた鍵の束を小さく揺らしてみせた。
「そう」
「で、バイクもってきたんだけどどこ置けばいい?」
「なんで?」
「いや、なんでってなんだよ」
「じゃあ聞き方を変えよう、持ってきた意味はあるの?」
「だって俺ここ住んでるじゃん」
「自分ち探しにいったんだよね?」
「おう」
「なんで?」
「だからなんでってなんだよ」
「なんのために探しに行ったの?」
「それは…その」
モゴモゴと口の中だけで呟いている、時間の無駄か。
「このままでいいと思ってるわけ?」
「悪いことはしてないだろ」
「嫌なの」
きっと呆れかえられているだろう、違いない。
「…あんた絶対三上さんより前の彼氏とかいなかっただろ」
「大きなお世話よ」
「誰も悪ぃなんて言ってないっつうの」「…いたわよ」
「は?」
「三上さんより、前の人」
「…ふうん、で、何で別れたりなんかしたんだよ」
「別れてない」
「なんだよ、じゃあ三上さんとは」
「違う、別れてないけど、別れたの」
「ワケわかんねえ」
「…死んじゃったの、二年前のあの事件で、親も、親友も、彼も、大切だった場所だって、みんなみんな壊れた」
あの島で、私は夢を見た。夢の中に彼が出てきて、私にこういうのだ。
―恨んでなんていません。むしろ、貴方の幸せを祈っています。
しかし、彼は俯いたままだ。「ごめん」と彼の手を握ると、みるみるうちに彼の体が人間のそれから崩れていく。


「でも、あなたのせいで死んでしまいました」



無音の世界に声が響き、それに呼び寄せられたように赤い水が襲いかかってくる。
そこで夢が覚めるのだ。



「聞いちゃ悪かったよな、悪ぃ」
違う、違うの、謝らなくていいの。
「アンタが嫌なら出ていく、俺なら一人で大丈夫だ」そんなこと言わないで、ひとりにしないで。
彼の言葉が全て遮断される。音のない世界で、心臓の音が鼓膜を震わせる。
あの時と同じだ、苦しい、また一人、誰かを失ってしまうのだろうか。また同じことで?それともなにか進歩があったの?でも大切な人は守れないんだね。

「やだ」
「は?」
「嫌だ、一人は、嫌だ」
「え、いや、そんな、泣くなよ」
「置いていかないで、もう一人は嫌」
彼の服の裾をがっちりつかむと、彼は困ったように笑って、「しばらく世話になる」とだけ言って頭を撫でた。


いっそ、こんな安い涙なら枯れてしまえばいいのに。



彼女と出会ったこと、それはこれまで覚えたことのない違和感との出会いでもあった。
奇妙なサイレンの音が鳴り響いたあの瞬間から数時間後のことだ。
一緒にいた占い師の女は何処かに行ってしまい、一人で目を覚ました。
その視界に入り込んだのが彼女だ。
人の顔を見るなり、「三上さんは、三上さんは無事でしょうか」などと問いただしてきたのを覚えている。
三上さんは死んだ、なんて寝起き直後に言いたかなかったが、事実を告げることが優しさだろうと、装飾することもなくそのままその一言を告げた。
彼女の目から涙が溢れた。もちろん、その頃彼女と三上さんがどんな関係にあるか分かっていなかった自分はその涙に少なからず違和感を感じていた。
だが、彼女は「悲しみ、涙を流す」という行為とは到底結びつかないような表情をしていたのだ。腕に鳥肌が立つ感覚が感じ取れた。このとてつもない違和感は何だというのだろうか。日常の中では感じとることのない、しかし、限りなく人間らしいそれを前に、顔が強張る。
彼女は人間のはずだ、れっきとした只の人間だ、ただ、おかしい、違う、何かが、何が?



「なんでアンタ、笑ってるんだよ」
まるで、天気雨のような、そんな涙。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -