この奇妙な同居生活に、いつの間にか、いくつかの決まり事が出来上がっていた。
消耗品には自分の名前を書いておくこと。とか
家事はちゃんと分担すること。とか
「へぇ、新婚さんみたいだ」
向かいの席の三上さんがそう言って笑う。笑い事でない。
「ですから、色々理由があって一緒に住んでるだけであって、そういう関係じゃないんですってば」
手渡された原稿用紙の束をめくる。なにやら枚数が少ないが大丈夫か、この人。
「大分枚数が少ない気もするんですが、書き始めたばかりでしょうか」
「いや、書き始めて5ヶ月」
「…遅くないですか?いえ、私もこういうことにはまったく疎いんでどうだかわかりませんが」
「自分でも自覚はしてるんですけどね」
こちらの彼には問題だらけのようだ。まだデビューもしていない。
「このまえ書いた小説も、何故か突き返されたしなぁ。なんだったんでしょうかね」
とりあえず読んだ感想は「俺の知ってる三上さんじゃない」の一言だった。



「このね、彼女が実はゾンビだったっていうところが」
「三上さん、何が書きたかったんでしたっけ?」
「純愛」
「コレ、どう見たってスプラッタラブコメディですよ。純愛小説は人の首なんて飛びません」
「人じゃなくてゾンビです」
「ゾンビでもダメです!!」
それでも、とても目がキラキラ光っている。楽しそうだ。あっちの三上さんには考えられないようなことだ。
「で、やっぱりダメですかね」
「うーん、新しすぎて一般人はついていけませんよこの内容は」
「…やっぱり」
「はい?」
「向いてないんでしょうかね」
「そんなことないです、話の構成も上手いし、私は好きですよ」
「問題は発想ですか…」
「…私の初恋の話で良ければ」
「是非」




「私の初恋は、中学時代の話です」
あの事件以降、私の住んでいた村は半壊。もう20年も昔の話になるというのに未だに村に復興の気配は見えない。そんな中学2年生の夏休みのこと、宿題がわからず同い年の双子の友人宅に向かう途中、彼に出会った。
当時(今でもなんだが)田舎丸出しだった村の人間とは明らかにかけ離れた、いうなればテレビジョンに映る俳優さんのような出で立ちの青年に出会った。私はひと目で恋に落ちた。一目惚れだ。
村のメインストリート(食堂と床屋とタバコ屋と米屋しかないけど)を歩く都会の青年をうっとりと見つめていると、なんとその青年に声をかけられた。
どうも、彼はこの村の出身らしくて、久しぶりに里帰りがしたくなったそうだ。名前を尋ねると、タケウチとだけ答えた。とりあえずアンソニーって呼ぶことにした。
「そのあとはすぐ別れちゃって、ぱったり会ってないんですけどね」
「田舎の村のタケウチ…、ちょっと待って、その人知ってるかも…」
「ほんとですか?」
「父さんの知り合いにタケウチって人が居てね、でもどうかな、小さな村に住んでるとは聞いたけど、そんな凄まじい事件があったなんて聞いたことはないし、元気そうだし」
ふと、あの日アイツが言っていたことを思い出した。バケモノが存在しない世界だっけか。
つまりここは「怪異の存在しない」世界ということなのか?いや、しかしあの村と怪異にどう関係があるのだろうか?
「…大丈夫?」
「ちょっとだけダメかもしれません」



「なにやってんだ」
「何って、調べもの」
「仕事は」
「さっさと切り上げてきた」
「そういや、仕事ってなにしてんだ」
「メディアカメラマン」
「スゲーじゃん」
「褒めてもなんも出ないよ」
「…」
どのウェブサイトを覗いてもそれらしき記事が見つからない。
「ねえ」
「なんだ」
「なんでこの世界にはあの化け物も、その、柳子さんもいないって分かったの?」
「そりゃ、俺がエスパーだからにって、違う違う。そんな怖い顔すんな。勘だよ」
「ふぅん」
とりあえず今の時点で分かっていることを紙に書き出す。
「一つ、この世界にはあの島であったこと、たしかに存在していた化け物、それらをまとめて仮に“怪異”と名付け、それが存在しない」
「一つ、それに関係性があるのかは不明ではあるが、柳子さんが存在しない。阿部君の戸籍が行方不明」
「一つ、私と三上さんが出会っていなかった。しかし、それ以外のことに関しては元いた世界と同じ。これも関係性は不明」
「一つ、これも関係性がいまいちつかめないが、私の生まれの村が土砂災害の被害に遭っていない」
「でもこれじゃおかしい、なんで私の戸籍だけが無事なんだろう。というか、この新聞の事件は本当にアンタの住んでた部屋で起きたわけ?」
「そりゃ、住所も同じだし」
「アンタが住んでたアパートの隣部屋、元々空室だったりしない?」
「ボロアパートだったもんだし、空部屋なんて山ほどあったぞ」
「じゃあ、その空室で今回の事件が起こったってことは?」
「…なるほどぉ!」
責めるつもりはない、だって異世界だもの。




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