馬鹿に付ける薬はないと言うが、馬鹿は怪我したことにすら気が付かないだけなのだと思う。



:痛いの痛いの、飛んで行け:




「ねえ鬼男くん、俺ってやっぱり馬鹿かなあ」

「ああ、おめでとうございます、ようやく気が付いたんですか」

溜息と一緒に吐きだした質問に、鬼男くんはいつものように辛辣な返答をする。忙しいだろうに、俺が何かを聞けば答えてくれるし、何だかんだで構ってくれる鬼男くんは、今日も通常運転だ。

「鬼男くんは変わらないよねえ」

減らず口の一つや二つが返ってくると思っていたのだろう鬼男くんは、少し気まずそうな表情を一瞬滲ませたがすぐに普段通りの声色で

「無駄口叩いてないで仕事してください」

と言って、新しく山積みの書類を机に乗せた。

「鬼男くんの鬼」

「鬼です」

「それもそうだね」

ははは、と漏らすも、我ながら全然面白くない。


きっかけは何だっただろうか。そうだ、茫としながら書類に判子を押していたら彼女の署名の入った書類に遭遇したんだった。そこから俺は、一枚判子を押しては茫とし、一枚判子を押しては茫とし、を繰り返して、あれからはまだ数枚しかできていない。彼女の署名の入った書類は数枚前のものなのに、とっくに朱肉は乾いてしまっているようだ。数枚しか進んでいない書類の山を見て、また溜息が出た。

いつもは締め切りに物凄く煩いあの鬼男くんでさえ、
「今日はもういいです。明日の夕方までには、やっておいてくださいよ」
なんて気を使う始末だ。でも今日はその言葉に甘えさせていただくことにする。


鬼男くんも居なくなって、溜息一つと共に椅子にもたれかかれば、しんとした執務室に、ぎし、と椅子が軋む音が響く。

「元気にやってるのかなあ」

呟いた声は思った以上に大きかった。あの子が俺のそばから居なくなって何日くらい経ったのだろうか。そんなことを考えたらなんだか急に一人だと実感し居た堪れなくなってしまった。これはまずい、俺、今、寂しいって思ってる。

「ああああ、俺ってほんとう、馬鹿だあ」

山積みの書類を横目に、机に突っ伏して改めて自分の愚行を思い返す。彼女に何をしてやれただろう、自分で何でもしてきたようなこと言って俺って本当にあの子が居ないと全然ダメ男じゃん生活できてないじゃんさっきから溜息ばっかついてるしここ最近なんて実は寝れなかったしなんかもう寂しくて悲しいって思ってるわ。脳裏に浮かぶのは、最後に悲しそうにわらったあの子の顔だなんて、もういい加減どうかしてる。


もう一度、今までの様に、と言ったら彼女のことだからきっと、「本当、駄目な人ですね。離れてから気が付くなんて遅いんですよ」とか言うのだろう。その時の彼女は、口を尖らせて呆れたように怒ってくれるだろうか。それとも、悲しそうに困ったようにわらうのだろうか。それでもまた近くに居てくれるのだろうか、それとも、二度と俺には微笑んでくれないのだろうか。
思考は渦を巻いて俺の頭のみならず、身体の自由まで奪っていくようだった。瞼が重い。山積みの書類は、ただの白い塊になった。瞼の重さに逆らう気にもなれなくて、目を閉じる。このままここで寝て朝になったら固く冷たくなって居たりできないだろうか、無理か、俺、閻魔大王だし。

そう言えば、以前あの子に言われたことがあった、とふと思い出す。
「いつもは楽天的で要領も良くて狡賢いのに、くだらないことには散々悩んでいるんですね」
やや貶されていたのかもしれない発言に、俺にとっては重要なことなんだと弁解したことがあった。彼女にとってはくだらないことだったようだが、俺も何のことで悩んでいたのか、最早覚えてすらいない。

「悩むだけ馬鹿馬鹿しい、か…」

そう呟いて目を開ける。瞼の重さはいつの間にか、無くなった。視界がはっきりしてきて、山積みの書類と、その向こうの視界が鮮明に見える。

がたっ、と派手な音を立てて思考を振り切るように、俺は勢いよく起き上がった。椅子はそのまま、がしゃん、と倒れた。書類の山も雪崩のようにばさばさ、と落ちていく。明日鬼男くんに怒られるな、という考えは頭の隅っこに追いやった。

「もういい、」

くだらないこと考えたってどう仕様もない。完全に俺の我儘のせいでこうなったけど、完全に俺の我儘で撤回したい。このままさようならはやっぱり嫌だ。今、起き上がる理由なんてそれで十分だ。

そうして、俺は執務室の重い扉を蹴っ飛ばして部屋を飛び出す様に駈け出した。
途中ですれ違った鬼男くんは、心なしか、呆れたようにわらっていた。




終。




120414







初閻魔。閻魔+鬼男のよう。
女々しくて完全に俺得
こんな臨也をかいたことがあると自覚済み
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