「寒くないの」

がらがら、と窓が開いたと思ったら臨也がベランダに出てきた。今日は天気がよかった。この街で、久しぶりに綺麗な星が見える気がして、わたしはかれこれ1時間くらいベランダでぼうっとしている。

「星が動いてる」

淹れたばかりだから、とコーヒーを渡された。冷え切った指先は、暖かいカップに触れるとじわり、と痛いくらいだった。

「天動説だね」

「何それ」

彼も手すりにもたれかかる。ぎし、と音を立てるがこの手すりは二人分の体重は支えられるようだ。

「昔の学者が唱えていた学説だよ。地球は亀みたいな動物の上に大きなお盆があって、そこに大地が広がっている。移りゆく星や太陽が、地球を中心にして動いていた、という、酷く傲慢な学説」

「何が傲慢なの?」

「正しいこと、つまり地動説を述べたかの有名なガリレオ・ガリレイは、そんな傲慢な学者たちから疎ましく思われ、裁判にかけられて奇人変人の汚名と共に無実の罪を背負うことになるんだ。酷い話だと思わないかい?」

ああ、今日の彼は饒舌だ。それともこの話が好きなのだろうか。

「でも、星や太陽が動いているのを見たら誰だってそう思うよ」

「それは君を始め皆傲慢だからさ。自分の立っている地面が実は物凄いスピードで回転していることに気付かない。自分が中心でしか物事を捕えられないのだからね」

傲慢と言われむっと反論する間もなく、私の手からコーヒーカップが取り上げられた。
何するの、と言おうと顔を上げると眼の前にあの厭らしい笑顔の彼が居る。器用にカップを置いて、足の間に割り入ってきた。彼の右手が、服の下に入ってくる。

「つめた!…なに、外でするの?」

「うん。したくなった。青姦もたまには」

「そう。でも寒いからやだ」

「動いたらすぐ温まるからさ」

手はどんどん進む。臨也の冷たい手に触られた箇所からどんどん冷えていく。全然温まらない。

「散々人を傲慢だとか罵ったくせに」

「そうだっけ?」

「言った」

「罵った、は語弊があるなあ。まあそれより」


ベランダの手すりにもたれかかり彼を受け入れる。このまま手すりが壊れたらどうなるのだろう。まだ死にたくないなあ。そう思い、彼に回す手に力を込めてやると、臨也は恍惚とした表情で上機嫌そうに顔を歪めた。独りよがりのセックスは傲慢じゃないのか、と口に出しかけてやめた。面倒だから彼にはこのままで居てもらおう。

彼の背中越しに見る星空には、この大都会には珍しく、流れ星が一つ、ひゅうと流れていった。


終。

僕は回転する宇宙のようになれない
星がおちる