まばたきが綺麗 だから










放課後の教室に、彼女が居ることは分かっていた。窓際の、とある席に座って、とある喧騒の中心にいる、とある人物を眺めることがほぼ日課になっていることを俺は知っているからだ。
夕日の差し込む教室には、案の定彼女が居た。教室の入り口のドアからは校庭を眺めている彼女の顔が見えなかった。頬杖をつき、飽きることなくただひたすら校庭を眺める彼女の姿を確認すると、俺は面白いものに引き寄せられるように彼女に声をかけた。

「何やってるの」

いかにも偶然を装い、何気なさを前面に出し彼女に声をかけると彼女は面白い程全身をびくつかせ勢いよく声の方を振り向いた。その顔には純粋に驚いたという色だけ浮かんでいる。

「ああ、びっくりした。折原か。あんたこそ何やってんの。帰宅部でしょう」

彼女を瞬間的に驚かせることが出来たものの、さっさと帰んなよ、と彼女はすぐにへらへらとした表情になった。

「そっちこそ。帰らないの」

彼女が帰らない理由を俺は知っている。彼女に問いかけながら俺は彼女が座る席の前に座り後ろを向く。ちらりと一瞥した怪訝そうな色を含んだ視線が俺に向けられたことも、勿論俺は分かっている。彼女は依然として頬杖をついて、校庭の喧騒を眺めている。その視線の先には鬱陶しい程目立つ金色の髪の男が居ることは、紛れもない事実なのだろう。校庭を向いたままの彼女はそのまま俺の方をみることなく返答した。

「まあ、そのうちにね」
「何してたの」

するり、と逃げようとしたって無駄だと彼女も分かっているのだろうに。にっこり、と微笑み間髪入れずに同じ質問をした俺に今度は露骨に眉を顰め俺に視線だけ向けた。最早睨んでいるという類になるのではないかと思えるほど、突き刺さりそうな鋭い視線で俺を見ている。

しかしこれ以上彼女が何かを口にすれば俺からの更なる追求を受けることは明白であり、賢明な彼女はこれ以上俺の相手はしないと言わんばかりに盛大な溜息と共に眉間の皺を緩め再度校庭の彼を見ることにしたようだ。俺は彼女の聡明なところが好きだが、正直、今の彼女は面白くない。もっと感情をむき出しにして俺に激昂するようなことにはならないのだろうか。もっと八つ当たりのように喚いて泣くようなことにはならないのだろうか。彼女が泣いたり怒ったりする様を、そういえば俺は見たことがない。

夕日が教室に差し込み、彼女の横顔を照らしている。瞼にかかるくらいの前髪や長い睫毛が、橙色の光で透過性を帯び綺麗に染まる。丁度その時、校庭での喧騒はひと段落ついたらしく外が静かになった。横目で校庭を見ると、癪だがシズちゃんだけが立っている。ああ、やっぱり今回も駄目だったか、と嘲笑を零し視線を戻すと、目の前の彼女はとても柔和な微笑みを浮かべて校庭の彼を見ていた。吃驚した。何だその表情。もしかして愛おしくて仕様がないという言葉がとてもしっくりくるんじゃないかと思えるような表情の彼女が、ゆっくりと一つ、まばたきをした。彼女が彼に抱く感情と夕日に照らされ透き通った睫毛が織りなすその、まさしく綺麗だと思えるまばたきをする彼女が、俺の両の眼の網膜に張り付いてしまった。俺の眼は刮目しているというのにあのまばたきをする彼女の残像は睫毛の動きまでも俺の視野に影となっていつまでも張り付いている。

目の前に居る彼女は、目の前の俺には見向きもせず、校庭の彼ばかり見ている、という事実。

要するに俺は、最高に面白くなかった。

頬杖をつき、帰ろうとする彼をまだ眺めている彼女の顔を両の手で挟み勢いよく無理矢理にこちらを向かせた。瞬間的に驚愕と困惑の混じった表情になった彼女の顔が、今は俺の目と鼻の先にある。視線がぶつかり、彼女は今、俺を見ている。抵抗しようと俺の腕をつかみ顔をそらそうとする彼女に一気に高揚した俺は何か言おうと口を開いた彼女にキスをした。
彼女は必死に嫌がっている。そう思うとますます高ぶった感情のままに深く舌をねじ込んでやった。

彼女を十分堪能させてもらい唇を離す。彼女のことだから平手打ちの一つや二つ、飛んで来るのだろうかと思っていたが、全くもって反撃が来ない。眼の前の彼女は俯いて、だんまりだった。

「あれ、もしかして思ったより嫌じゃなかっ」

たとか?と、彼女の顔を覗き込み、物凄くふざけたことを言うつもりだった。つもりだったのだが、覗き込んだ、俯いた彼女の両の目には、目一杯の涙を堪えていた。今、彼女が一つまばたきをしてしまったら、ぼろぼろと涙は零れるに違いない。ああそんな涙に濡れたまばたきだってきっと綺麗にちがいない。彼女は下唇を噛み、眉間に皺を寄せ、必死に涙を堪えている。泣いている、一度たりとも俺に涙を見せたことがなかった彼女が泣いているのだ。その事実に、足元からぞわっ、と快楽に似たものが駆け上がった。無意識に口角が上がり、だらしない下品な表情をしてしまいそうだった。破壊的衝動、快楽なのだろうか。凄まじい程悦楽に浸ってしまいそうになる。彼女が俺のしたことで泣いた、ただそれだけのことで。

「ああ、本当に有難う!嬉しいよ。じゃ、また明日ね」

何が有難うなのかおそらく彼女には検討もつかないだろうしそもそも俺が今発した言葉は彼女の耳に届いていないのかもしれないのだが、そんなことはどうだっていい。今のこの最高の気分のまま、おそらく悔しくて惨めで本当は声をあげて泣きたいはずの彼女を置いて、俺は夕日に沈みかけた教室をあとにした。あのまばたきをする彼女の残像は、いつの間にか網膜から消えている。



終。





111001折原は好きな子をいじめるタイプ
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