+

探していた本が見つかったとの知らせを受けて、リュートは図書室に来ていた。
スフォルツェンド城の図書室は世界でも有数の蔵書量を誇る。
定期的に国民に開放されるが今はその期間ではなく、資料を集めに来た下士官がまばらにいるくらいで室内は閑散としていた。
さてこの図書室、国柄から魔法関連の書籍が多いが、リュートが求める強力な魔法の本はそうそう見つけられなかった。
司書が偶然書庫の片隅で発見したという古代の魔導書を早速広げる。難解な古代文字をすらすらと読み解ける者は、現代ではリュートくらいしかいなかった。
夢中になって読み耽っていると、いきなり強く耳を引っ張られた。

「いだだだ!?」
「お前が消える度にいちいち駆り出される私の身にもなれ」

救急箱を片手にソプラノが立っていた。

「ごめんごめん、探してくれたの?」
「いい加減にしろ!また怪我を放ったらかして!」

リュートはどきりとして本を閉じた。
今にも救急箱を投げ出しそうなソプラノに、受付からおずおずと司書が申し出る。

「ソプラノ様、図書室ではお静かに……」

ソプラノはバツが悪そうに咳払いをした。

「すまなかった……悪いが、司書室を借りてもいいか?」
「え?は、はい、どうぞ」
「助かる」

ソプラノは司書に礼を言うと、またこっそり本を開こうとしていたリュートの首根っこを掴んでずるずると司書室まで引きずりこんだ。
室内にある品の良いチェアに揃って腰掛ける。黙って救急箱から薬品を取り出すソプラノに、リュートも本を置いて法衣の袖を捲った。腕に痣が、足に擦り傷があった。
慣れた手つきで、ソプラノが治療をしていく。

「ソプラノはボクの怪我は絶対治してくれるよね。ボクはそれがすごく嬉しいんだよ」
「他の者に任せたらお前が誤魔化して中途半端になる可能性がある。それを防ぐためだ。他意はない」

リュートの熱っぽい視線に対抗するように、ソプラノは冷めた視線を送った。

「お前はこの国の王子であり、大神官だ。医療班の人間としても無理をさせるわけにはいかない……だから別に愛なんて」
「え、愛?」

しまったと表情を強張らせるソプラノにリュートは目を輝かせて詰め寄った。

「怪我を治してくれるとは言ったけど、愛してくれてるとは言ってないのに……うっかり本音が出ちゃった?」
「どうしてそうなる!……先程まで国王様と少し話をしていたんだ。その弾みだ」
「父さんと?何を話してたんだい?」
「お前にはまっったく関係のない話だ。それ以上顔を近付けるな」

苛ついたようにソプラノが言うにも関わらず、リュートは興味を抑えられずにさらに迫ろうとした。彼女の口から愛なんて単語が出たこと事態驚きなのだ。きっかけを詳しく知りたくなっても無理はなかった。
しかし意地っ張りなソプラノの口を割らせることは叶わず、いつも通り怒りの鉄拳をお見舞いされる。以前よりも若干威力が増したかなとリュートは思った。

「無理させないとか言いながら殴るんだからー」
「近付いて来なければ殴ることもない」

大して痛くない頭を擦りながらリュートが言うと、ソプラノもさらりと言いのけた。確かにリュートが何かしない限りソプラノは手を出さない。どころか、治療以外では全く関わろうとしなかった。

「もう一度言っておく。私はお前が嫌いではないが、好きでもない。普通だ。だから結婚なんてしない。覚えておけ」

治療を終えると、用は済んだとばかりにソプラノは司書室から出て行った。

「本当、ハッキリ言うなあ……」

リュートは手当てされた腕と足を見て笑った。ソプラノがどれだけ否定しようと、この治療が特別なことを知っていたからだ。自分の怪我の治療のためだけに特別に薬を作っていると、以前医療班の者からこっそりと聞かされたことがある。

「あ、ソプラノったら救急箱忘れてる……しょうがないなあ」

話をする立派な口実ができた嬉しさに、リュートは頬を緩ませた。
この救急箱も、普段は執務室に置かれているが実際はリュートの治療ぐらいにしか使われない、いわば自分専用の救急箱だ。司書に礼を言って執務室を目指す。
間もなくして、小さな足音がいくつも聞こえて来た。

「リュートお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんあそんでーっ!」
「やあ。みんな、来てたのかい」

わっと廊下を駆けて来たのは、リュートを慕う街の子供達だった。
捕まえようとする兵士をするりと避け、ちょこまかと動き回っている。
リュートは救急箱をどうするべきか考えて、すぐに後回しを決めた。

「リュートお兄ちゃん、何かいいことあったのー?」
「うん、今日のボクはすごいよっ。さ、何して遊ぼっか。外に行くかい?」

外を見ようとしたリュートの鼻先に冷たい雫がポツリと落ちた。
ポツポツと、次第に量と勢いを増していく雨に、リュートは身を引っ込めた。

「雨かあ。これじゃ外で遊べないね」
「おしろの中でおにごっこがいいー!」
「おにごっこー!」

子供達はリュートと遊べればいいのか、雨と聞いても落ち込まずにはしゃいでいる。城を遊び場にできるのが嬉しいようだ。
自分を思ってくれる真っ直ぐな純粋さに、リュートは笑顔で応えた。とても小さくか弱い存在だけれど、沢山の勇気と元気をくれる。中々強い雨になりそうなので帰りは送ってあげようと決めた。

「城内を走り回るのは許可できないな」

静かながらによく通る声が和やかな空気を裂いた。

「あ、ソプラノ」
「他の遊びにすることだ」

ソプラノはリュートから救急箱をひったくると、足早に去っていった。忘れ物を取りに来ただけだったようだ。
たった二言で場を凍らせた少女に、リュートは罪なき子供達へのフォローに走る。

「ええと……みんな、どうしよっか!かくれんぼにするかい?」
「こわいおねえちゃん……もしかして、今のがソプラノさま?」
「えっ、にいちゃんのよめさんになるっていうあのソプラノさま!?」
「初めて見た!」
「ぼくは二回目だー!」

リュートの心配をよそに子供達はすぐに元気を取り戻した。ソプラノの雰囲気が以前より明るくなっていたのと、リュートが普段から話していたおかげか。
しかし一人だけ、眼鏡の少年だけは疑問が残るのか、眉を寄せていた。

「リュート王子は、どうしてソプラノさまが好きなんですか?」

後ろめたそうに指先を合わせながら聞く少年に、リュートは嫌味のない笑みを見せた。

「確かにちょっと怖いかもね。けどね、笑うとすごく可愛いし、とても優しい子なんだよ」
「優しい……それって――」
「こわいのにやさしいの?」
「笑うの? 本当?」

眼鏡の少年が再び疑問を投げる前に、子供達がリュートに飛びついた。本人がいないのをいいことに口々に尋ねている。
怖い怖いと言われても、あまり否定できないのが悲しいところ。多少は改善されたが、ソプラノの大人をも萎縮させる威圧感を放つ悪癖は治っていない。リュートは原因を知っているだけに、自分が治してやろうと思っていた。

「本当だよ。だからボクはね、そんなソプラノを男の子として守ってあげたいんだ」
「わたしたちはー?」
「もちろんみんなも守るよ!ボクは大神官だからね!」
「えっ?何かちがうの?」
「そうだね。どっちもボクだけど……少し、違うかな」

リュートの言葉の端々から漏れる感情に触れて、子供達はふんわりとそれを理解したようだった。

「そっかあ。リュートおにいちゃん、がんばってソプラノさまをおとしてね!」
「うん!?あ、ありがとう!」

ませた口ぶりにどこでそんな言葉を覚えたのかと思いつつ、リュートはそばにいた黒髪の少年をひょいと肩に乗せた。

「さあ、今日はお城でかくれんぼだっ」
「わーい!」

隠れんぼに良い場所があると歩き出すリュートから一番離れたところから、眼鏡の少年は不思議そうにリュートを見ていた。
リュートになぜソプラノを好きなのかを聞いたこの少年は、ソプラノが苦手であった。会ったのは今日が初めてだが、リュートや友達と話していた時から怖そうだと思っていたし、実際に話すところを見て怖いと思った。優しい人なんて他にもいるのにどうしてだろう。大体、とても優しい人には見えない。リュートがそう思っているだけではないか……もしそれを言っていたら、リュートは悲しんだだろうか。それなら言わなくて、言えなくて良かったのかもしれない。

「おーいクラーリィぼーっとしてるなよー!」

考えているうちに少年の足は止まっていた。自分を待つリュート達に、少年は注目されている恥ずかしさから顔を赤らめた。
リュートの肩に乗る少年が冷やかす。

「お前ほうこうおんちなんだからまいごになっちゃうだろ、しっかりしろよなっ」
「大丈夫だよ、迷子になってもボクが見つけ出すから!」
「でもさあリュートにいちゃん、クラーリィのやつ今日もまいごになりかけたんだぜ!」
「なっ!」

今度は自分の失敗を晒される恥ずかしさに少年は顔を赤くした。

「リュ、リュート王子、次はボクも乗せてください!」

恥ずかしさを誤魔化すように駈け出し、少年はリュートに飛び付いた。

「あっずるい!リュートおにいちゃん、オレもー!」
「私ものせてー!」
「ぼくもぼうも!」
「え、ちょ、ちょっとこんなにいっぱいは……」

触発された子供達が次々にリュートに飛び付く。リュートは五人目でバランスを崩して、廊下に転がった。一緒に子供達も転んだが、素早く魔法をかけたので怪我はなかった。
最初に乗っていた少年が不満を口にする。

「ほらー、お前らがムチャクチャするから!」
「何よ、サックスだけずるいわよ!」

口喧嘩が始まった。
リュートは止めなくてはと思いつつも、少しその言い合いを聞いていたくなった。
素直に気持ちを言い合っているのがとても心地良かった。沢山の兄弟に囲まれているようで、胸があたたかくなる。

「なんでリュートおにいちゃん笑ってるの?」

顔を覗き込む少女の頭をリュートは軽く撫でた。

「みんなのこと、大好きだなあって思ったんだ」

喜ぶと、喜んでくれて。笑うと、笑ってくれて。
そんな幸せの連鎖にいられる嬉しさに、リュートはしばし浸ることにした。



2015.05.31


TOP
+
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -