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変わる日常、変わらない日常


手についた血をハンカチで拭い、ソプラノは辺りを見回す。討ち漏らしはないか。
単騎での出陣から早二ヶ月。
自分が死ねば村や町が終わる――そんな焦りと境遇の中、ひとつの命で挑むギリギリの駆け引きを幾度も繰り返して来た。怪我も負ったが、始めに比べて随分と減った。
遅咲きではあれどソプラノも王家の血を引く身である。加えて積み重ねた知識を元に法力を操り、敵を薙ぎ倒していった。その戦果を聞き、当初は反対していた者達も次第に認めていくようになった。
骸の中によろめく魔族の影を見つけ、すかさずそこへ光の刃を投げる。魔族は深い悲鳴を上げてその場に倒れた。

「……あ、あの……」

怯えた声が背中にかかる。振り向くと女性がいた。乱れた髪と煤けた服が逃げ遅れたのだと物語っている。

「怪我はないか」
「は、はいっ!」

ソプラノの問いに女性はびくりと肩を揺らした。
民間人の怯えた反応にも慣れたものだった。リュートは魔人と呼ばれるだけあって戦いにおいては厳しい表情を見せるが、人には輝く笑顔を向けて、安心感を与える。
対してソプラノは表情を緩めず、ピリついた空気を漂わせている。

「嘘をつくな」
「え!?」

ソプラノは常備している薬瓶を取り出すと、震える女性の手を取り薬を塗り始めた。

「座れ。足も怪我しているな」
「え、いえ、そんなっ」

指摘されて初めて女性自身も自分の怪我に気付いたようだった。
困惑する女性をよそに手際よく治療を済ませると、ソプラノは薬瓶を女性に押し付けて立ち上がった。

「他に怪我人がいたら使うといい」

物言いたげな女性に背を向け、ソプラノはスフォルツェンドへと帰った。



訓練場の中で、ソプラノはチェンバレンと向き合っていた。
周囲には強力な結界が張られてある。パーカスとの訓練時に張っていた外部に気配を漏らさない結界ではなく、内部の損傷を軽減するものである。実戦では結界の維持にかかる労力に対して効果が見合わないので使われることはないが、訓練などでは有用である……というよりも、使わなければ訓練場が悲惨なこととなる。特に、訓練をする者が強力な魔法使いであればあるほど――。

緑がかった雷が空に線を引く。線をなぞるように紫の雷がそれを追う。先ゆく緑は細く鋭いが、対して紫は太く、徐々に鈍く失速していった。ぱちんと紫の雷が消えると、見計らったように緑も消えた。

「調子が悪そうだ。やめにするかい?」

杖を下げてチェンバレンが言った。

「いえ、続けて下さい。コツを掴んで来たところですので……お願いします」

ソプラノは杖を握り直した。
再び緑がかった雷が空を舞う。チェンバレンが放ったその光を撃ち落さんと、ソプラノは紫の雷を杖先から振るった。しかし初めの勢いこそ強いものの、すぐに紫の雷は失速し消えてしまう。

「ソプラノ、力み過ぎだ。法力を込めればいいというわけではないんだ。その調子ではすぐに消耗してしまう」

見兼ねたチェンバレンが指摘する。
ソプラノは頷いて再び杖を振るおうとするが、チェンバレンが止めた。

「駄目だ。休憩しよう。あまり頑張らせると私がホルンやリュートに怒られるからね」

渋々ソプラノは杖を下げると、周囲の結界を解いた。
二人はベンチに腰掛けると、女官に差し入れられた紅茶に口をつけた。

「落ち込むことはないさ。法力も強いし伸びが早い。とても今まで魔法を使えなかったとは思えないくらいだ」

朗らかに紅茶を飲むチェンバレンに、ソプラノはかねてから抱いていた疑問を口にする。

「国王様、なぜ私は今まで魔法が使えなかったのでしょうか」

今でこそ前線で戦ってはいるが、昔は誰しもが持つ力の波動さえ持っていなかったのだ。
使えるようになったからいいとは安易には思えなかった。また何らかの出来事がきっかけとなって使えなくなっては困る。原因を知っておきたい。
そんな必死さから来る、彼からすれば唐突な問いにも関わらず、チェンバレンは分かっていたかのように静かに答えた。

「私も不思議に思っていたよ。思うに……君は封をされていたのではないかな」
「封……ですか?」

間を置かずに返って来た言葉に、ソプラノは首を傾げた。
チェンバレンは続ける。

「ああ。命を宿した時から、君には他の人にはない封がされていて、法力を抑えられていた。原因はきっと、君の両親だ」
「父様と母様が……?」
「そうさ。王家の子供だ……力があれば、弱くとも強くとも戦いに触れることになる。命の危機が間近になるということだ。二人は君にそうなってほしくなかったんだよ」

言いながら、チェンバレンは髭を撫でていた。照れているようだった。

「結局、力がなければ心が辛くなると分かったけれど……封をした後だった。無意識に抑えたものだから、外すに外せなかった……とまあ、この見解自体は以前からあったんだが、君が魔法に目覚めたことで間違いではなかったと確信したよ。ないものを生み出すことはできない。君は魔法の素質がなかったわけではない。ただ、使えなくされていただけなんだ」

長年の苦労の原因が両親にあったと言われても、ソプラノに恨む気持ちは起きなかった。
戦場を駆け抜けるようになったからこそ分かる。人の命を背負い戦うことの重みは尋常ではない。例え単騎でなく隊長として出陣していてもそれは変わらなかっただろう。そしてきっと、兵になっていなくとも、治癒魔法を持つ魔法使いとして誰かの命に触れることになっていただろう。
普段はふざけてばかりでいたのに気弱なものだとソプラノは母を思った。あの母と、そして父が無意識に施してしまった魔法。
その正体を、チェンバレンが端的に言う。

「いつか生まれる子供へ抱いた二人の愛だったのさ」

ソプラノは静かに頷いた。

「……そして、私はその愛を壊したことになります」
「ハハ、そういうことになるね。けれど悪いことだと私は思わないよ」

気恥ずかしくなったソプラノは、チェンバレンの空になったカップに黙って紅茶を注いだ。

「なんと言っても、君がその愛を壊した理由もまた別の愛だからね」
「別の?私は何も」
「いいや、どうかな。あの治癒魔法は君のリュートへのあ」
「お砂糖は十七個でよろしいですか」
「悪かった!この話はまたにするから!糖分摂り過ぎるとホルンに怒られるからやめて!」

角砂糖をどぼどぼと入れ始めるソプラノにチェンバレンは慌てて頭を下げた。

「フォニアム君もヘッケル君も、君をとても可愛がっていたからね。それだけに複雑な気持ちではあっただろうが……今頃きっと、天国で君の活躍を応援しているだろう」

チェンバレンは甘ったるくなった紅茶を一気に飲み干すと、話題を変えた。

「ところで、リュートとは最近どうなんだい?」
「国王様こそ、陛下とはいかがですか」
「フォニアム君みたいなことを言うね。いや、参ったよ」

間髪入れず答えたソプラノにチェンバレンは面食らったようだが、気分を害した様子はなかった。むすっとしつつも冗談を返されたのが嬉しくもあったのだ。
和やかな時を過ごす二人に、女官が息を切らしながら走って来た。

「ソプラノ様! あら、国王様とご一緒ではなかったのですか?」
「……国王様はこちらだ」
「あらっほんと」
「ううっちくしょう結局こういう役割かよぉ……」

至極普通に国王を視界から外す女官に呆れつつ、ソプラノは尋ねた。

「私に用があったんだろう?」



2015.04.26
 

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