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ここで


喧騒の中、ひたすらに手を伸ばす。周りの兵が口々に叫んでいる。なぜ止める。もしかしたら、まだ希望はあるかもしれないではないか。

「そいつは……そいつはもう、死んだんです!」

頬にかかった血は、熱を失いぬるくなっていた。



突き付けた貫手を下ろす。

「ソプラノ様、私ではもう……」
「……長い間、よく付き合ってくれたな」

息を切らすパーカスに対して、ソプラノは汗もかかず息切れ一つなかった。先を読まれて翻弄されていた以前とは大違いだ。自身の成長にソプラノは湧き上がる喜びから震えていた。

「力になれたのなら、それ以上のことはありませんよ」

パーカスも深い喜びを感じていた。
ソプラノが魔法に目覚めて早一ヶ月。その影響か体術もぐんぐんと上達し、魔法も使いこなし始め、今では上級術師にも優る力をつけていた。
その間もパーカスとの訓練は続けていたが、着々と差は埋まり、反対に広がっていった。
とうとう音を上げたパーカスに、ソプラノは今までの感謝を込めて終わりを告げた。
次は誰に何を習おうか。ホルンにも認められ、戦場入りは間もない。ようやく本当に戦えるのだ。手を休めるわけにはいかない。
思い浮かんだのはチェンバレンだった。国王でありトップレベルの魔法使いであるチェンバレンだが、女王国家ゆえに国務はホルンが、兵への指南は大神官であるリュートが行っているので大きな仕事はない。早速頼んでみようと、ソプラノは軽い足取りで向かった。



結界の気配を肌に感じ、リュートは顔を上げた。

(また練習してるのかな)

爆発を始めとした事故対策の為、ソプラノは訓練を行う時に必ず結界を張る。
近頃のソプラノは魔法の上達もあってか機嫌が良い。誰に対しても素っ気ないことに変わりはないが、自信が付いたのか明らかに表情が柔らかくなっていた。
とびきりの笑顔を見れる日もそう遠くないのではないかと思うだけで、胸が踊る。

「ソプラノーッ!」

一瞬で魔法錠を解き執務室の扉を開けば、鋭い眼光がリュートを迎えた。
リュートの予想通りソプラノは魔法の訓練をしていた。
リュートの登場により集中を途切れさせてしまったのか、掲げていた杖に灯していた光がポロリと零れる。光は絨毯に触れる前に溶けて消えた。
それを皮切りにソプラノが口を開く。

「ええいお前は!静かに入って来れんのか!」
「だってボク、ソプラノが大好きだから!」
「理由になっていない!くっつくな!」

早速とばかりに抱きつくリュートにソプラノは抵抗を試みるが、馬鹿力には敵わない。しかしソプラノには新たな武器がある。

「……こ、の!」

法力を込めた杖をソプラノは思い切り振るった。
音と共に光が弾け、電流がリュートを襲う。ついでに抱きつかれていたソプラノも襲う。プシュー……と煙が立ち上った。

「もうソプラノったら……痺れたじゃないか」
「ほっほまへ、は……!」

相打ち覚悟の魔法は人類の守護神様には大して効果がなかったが、放ったソプラノ自身にはばっちり効いていた。

「また新しい魔法を覚えたんだね。今のって確か、"ゼウスの雷"を使った魔法だっけ」
「……そうだ。チェンバレン様に教えて頂いた」
「えーっと……?」
「……」

ソプラノはチェンバレンが不憫でならなくなった。
電流の感触を確かめるように手をぐーぱーしていたリュートは、閃いたとばかりに手を叩いた。

「ねえソプラノ、ちょっと"だっちゃ"って言ってみてくれない?」
「は?」
「大丈夫!ボクはあんまりどころか全然そわそわしないから!」
「意味が分からん断る!いい加減にどけ!」
「ええっやだ!」
「やだじゃない!どけこのバカ!」

どたばたすったもんだと暴れ始めたリュートとソプラノに、一連の流れをもちろんしっかりばっちり部下達は顔を見合わせた。

「ソプラノ様……あれさえなければな……」
「リュート王子もよーやるなほんと……」

いつか血管が切れるんじゃないかという凄まじさで怒りながら、なんとかリュートを引きがしたソプラノは、あまり意味が無いと分かりつつも杖で牽制した。

「お前、何をしに来たんだ!」
「あっ。そうそう、母さんが呼んでたよ!」
「陛下が?……早く言わんか!」
「ドフゥ!」

ソプラノ怒りのボディブロー。不意打ち且つ至近距離での法力が込められたそれはさすがに効いたらしく、腹を押さえて蹲るリュートを捨ておいて、ソプラノはホルンの元へと急いだ。



ソプラノを待っていたのは異動命令だった。
呆然とするソプラノに、ホルンは苦笑を隠さなかった。

「あらあら、これから将軍になる人がそれじゃあ、先が思いやられますね」
「将軍……」

口にしても実感が持てずにいた。
魔法兵団第36師団への異動。医療班は手が足りないのでしばらくはそのままだが、いずれは退任し将軍に専念してもらうとホルンは告げた。
戦場入りが近いのは分かっていたがまずは兵士からと思っていただけに、将軍を任されたのは驚きだった。王家という立場もあるだろうが、ホルンはそれだけで配属を決定しない。実力を認められたのだ。

「頑張りなさい、ソプラノ」
「はい!」

意気込みを新たに、ソプラノは高らかに返事をした。



しかし、配属は一日で取り消されることとなる。
他でもない、ソプラノ自身の希望によって。



救援から戻ったリュートは全速力で廊下を走っていた。

(はやく)

ソプラノの執務室を目指すリュートの足取りは、昨日と違い重い。

(早く、行かなきゃ)

それでも、走らなければいけない。

(ソプラノ、待ってて)

初めての戦地でソプラノは兵を一人失った。
別国で救援中のリュートに代わり小国の救援に向かったソプラノは、兵を引き連れ、指揮し、魔族を掃討した。
しかし、殲滅したと油断した一瞬の隙に、生き残っていた一匹の魔族に兵の一人を殺された。

治癒魔法を試みるが既に遅く、それでも魔法を続けようとするソプラノを全員で引き剥がしたのだと、兵の一人は話した。
足りなかったのは、経験。未熟ゆえの、油断。その油断で、人一人の命を失った。

第36師団はソプラノの為に再編成された師団であった。突然の抜擢に不満を抱く者は多からずいるだろうと懸念したホルンが、ソプラノに下に就けない者を別の師団へと異動させたのだ。
第36師団はソプラノを慕う者で集められていた。長く応援し、陰ながら支えてきた兵士達ばかりだった。
戦いにおいて絶対はない。いくら努めようと怪我を負うことはあるし、怪我で済むのは軽い方だ。命を落とすこともあるのだから。それが、戦いだ。
リュートもそれをよく知っている。救援が遅れて何人もの犠牲が出た時は、後悔と悲しみからどうにかなってしまいそうだった。
失われた命は二度と戻らない。
会ってどんな言葉をかければいいのかは分からないけれど、一人にだけはさせたくなかった。
自分がそうだったように。
自分が一人じゃなかったことで、救われたように。

「……」

息が切れるほど急いで走ったというのに、着くのにやけに時間がかかった気がした。
ソプラノは城に戻ってからずっと閉じ篭っているという。扉の前、ドアノブに手を伸ばして、リュートは迷った。

「なんだ」

気配を察したのか、ドア越しに低い声が届いた。

「慰めならいい」

リュートが返事をするよりも先に扉が開かれた。

「あ……」

異動の際に誂えた法衣ではなく、調薬をする時の白衣をソプラノは着ていた。
ホルンへの報告が済んでも落ち着けなかったソプラノは、魔法薬を作ることで冷静になろうとしていたのだ。慣れた作業を黙々と重ねることで、だいぶ頭は冷えていた。
命の喪失を肌で覚え、ソプラノは戦いへの考えを改めた。夢を見ていたままではいけない。一人でも命を失えば、それは負け戦だ。

「二度と過ちを犯さない。その為に、私は隊を持たない」
「なっ、そ、それがどういうことか分かって……!」
「分かっている!」

ソプラノの剣幕に、リュートは圧倒された。

「陛下にも既に伝えてある」

これは逃げではない。命を預かることに恐怖があるなら、一人で挑むことがどれだけ民の命を危険に晒すか、考えただけで足が竦んでしまうだろう。
彼女は覚悟した。守る為に捧ぐ命をひとつにした。隊を持たず、リュートのように単騎で戦地へ赴く。

「守り、生き抜いて、強くなってやる。いつかお前の隣に立てるくらいにな」
「……っ」

大喧嘩をした時のように、リュートは深い悲しみに包まれていた。
予感していた。遅かれ早かれ、ソプラノが戦うようになればそう決心するだろうと。
悲しみを飲み込んで、更に上を目指そうと己を押し込むだろうと――そう、自分のように。
どれだけの苦難がソプラノを待っているだろう。一人で戦う辛さを、リュートは誰よりも知っている。
けれど、自分はそれを認めたはずだ。認めて、応援していたはずだ。

「……ソプラノ」

リュートはソプラノを腕に閉じ込めた。らしくもなく抵抗しない彼女に切なくなる。

「無理はしないで。あまり一人でいようとしないで。怪我も……なるべくしないで。何かあったら、すぐにボクを呼んで。それから……」

静かな震えを止めたくて、リュートはソプラノを強く抱きしめた。

「……待ってる」

ソプラノが強くなる日を。
更なる困難に直面するであろうその日を。
とても嬉しくて、とても嬉しくないその日を、待っている。



2015.03.22


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