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恋が見つめている


いつかは向き合わなければいけない問題だった。
けれど楽しい時間に触れるたび、それから目を逸らしていた。
図書室で勉強して、校庭を散歩して、談話室でお喋りを交わすことが、この上なく幸せだったからだ。

「どうしたの?リーマス」

空き教室に呼び出されたナマエは、髪を指先でいじりながら尋ねた。
緊張しているんだな、と見慣れた仕草にリーマスは笑みをこぼす。

カーテンから漏れる光が、やけに眩しく感じられる。
ナマエと付き合い始めてからもうどれほど経つだろうか。長く時間を重ねた割に、キスのひとつもしていない。
緊張しながら、彼女はきっと期待している。人よりも控えめな性格だから、思うところがあっても口にはできないのだろう。

彼女は知らない。なぜ自分がハグ以上のことをしないのか。なぜ、月に一度姿を消すのか。

「美味しいチョコレートを見つけたんだよ、ナマエ」
「そうなの?じゃあまたお茶しましょう。どの紅茶が合うかしら」

また誤魔化してしまった。両手を合わせて喜ぶナマエに、今日でなくてもいいかと思い始める。
けれどそれではダメだ。いつまでも隠していられることではない。
知ればきっと拒まれる。でも嘘を吐き続けるのも嫌だ。
本当の自分を知って、その上で彼女が認めてくれたら、それ以上のことはないのに。

「あと、それと……」
「うん?どうしたの?」

お茶会を思う瞳がきらきらと輝いている。全てを知った後も、同じ瞳で自分を見つめてくれるだろうか?
ああ、舌がうまく回らない。

「僕の、病気のことなんだけど」

ナマエはぱちぱちと瞬きをした。

「君にちゃんと話していなかったね。いつも心配かけてごめん……それで、その……」

言い淀むリーマスに、ナマエは真剣な顔つきになった。

「……本当は、病気じゃないんだ。ハハ、病気の方が良かったんだけど、その、僕は……ナマエ?」

言葉を遮るように、ナマエはリーマスの唇に人差し指を添えた。

「待って。今は、ダメ」

そう言ったナマエは、リーマスが初めて見る表情をしていた。



ナマエのことは誰よりもよく知っているつもりだった。
なのにナマエと来たら、怒っているのか喜んでいるのか、悲しいのかさえも分からない、不思議な表情をしていた。
告白を先延ばしにされたリーマスは、夕食後、また空き教室にやって来た。
すっかり日が暮れており、外は暗い。

ナマエはまだ来ていない。明かりをつけようかと手を伸ばすと、自分よりも一回り小さな手がそれを止めた。

「お待たせ。さあ、中に」
「でも」
「いいから」

薄暗い教室の中に、背を押されてリーマスは進む。
ナマエがドアを閉めたので、廊下からの明かりも届かなくなった。

ようやく決意したのに、なぜ言わせてくれないのだろう。
困惑するリーマスに、ナマエは背を向けていた。

「秘密は、よくないよね」
「え?」
「でもどうしていいか分からなかったし、どうされたいかも分からなかった。それに、私もそうだから」

ナマエが何を言っているのか、リーマスには分からなかった。
ナマエは後ろに組んだ手を落ち着きなく動かしている。

「けどさっき……リーマス、言おうとしてくれたでしょう?……その時にね、これ以上は私が言ってあげた方がいいのかなって思ったの。だって、リーマスにとって、本当は口にしたくないことだもの」
「ナマエ、君……」

ナマエは手を動かすのを止めた。

「どうしてかなって、不思議に思っていたの。でもね、よく考えたら簡単なことだったわ」

声色はいつもと変わりない。その顔がどんな表情をしているのか、リーマスは見たくてしょうがなかった。

「あなたの病気は、いつも満月の日に、誰にも会えないくらいに酷くなる」

リーマスは胸がズンと重くなるのを感じた。
鉛を入れられたように苦しくて、思わず胸をぐっと掴んだ。

「次の日には、ボロボロの姿を見せる」
「……うん」
「満月の夜にデートがしたいって言ったら、すごく悲しい顔をしていたわね」
「……ごめん」

謝る以外に、リーマスはできることが思い浮かばなかった。
胸の苦しさに冷えが混じる。酷く寒くなってきた。
とうとう知られてしまった。いや、彼女は知っていた。知りながら、哀れな自分の相手をしてくれていたのだ。

「――いいえ、謝るのはこちらだわ。私はあなたの秘密を知っていた。あなたが悩んでいるのも知っていた。なのに黙っていたんだもの。ごめんね、リーマス」
「え……?」
「リーマスが話そうとしてくれて、私はすごく嬉しかったのよ」

ナマエはやはり背を向けていて、リーマスには顔が見えなかった。
けれど発する声は優しさに溢れていて、リーマスの心を柔らかく包み込んでいた。
ナマエは怯えも怒りもしていない。苦しさが薄れていく。
ナマエは同情で付き合っていたのではない。そんな確信を抱き始める。

「ナマエ……」

今すぐ彼女を抱き締めたい。
リーマスは手を伸ばしたが、触れる直前にナマエが一歩窓へと進んだのでそれは叶わなかった。

「ごめんね、リーマス」
「……なんで、また、謝るんだい?」

ナマエは黙ってカーテンを撫でていた。
訝しげにリーマスが見ていると、ナマエはカーテンの裾をぎゅっと握った。

「私もあなたに隠していたことがあるの」

カーテンが開かれる。
外は暗く、室内はそれほど明るくならなかった。

「ねえ……今日みたいな月が見えない日、私はデートに誘わなかったし、誘われても断っていたわよね」

次いで窓が開かれる。
そよ風が吹き抜けるが、爽やかなはずのそれをリーマスは居心地悪く感じた。
ナマエの髪が静かに揺れている。

「……回りくどい言い方をしてごめんなさい。私もあなたみたいに勇気を持たなくちゃいけないね」

ようやく振り向いたナマエは、俯いていた。

「ナマエ……君がどんな秘密を持っていたとしても、僕は君が好きだよ」

自分を受け入れてくれたように、自分もナマエを受け入れよう。
今ならキスだってなんだってできる。
早くいつもの笑顔を見せてほしい。早くその瞳に自分を映してほしい。
リーマスはナマエの手を取って、強く握った。

「疑っているわけじゃないの。自信がないだけで」
「分かっているさ」
「……嬉しい。嬉しいわ、リーマス」

ナマエが手を握り返す。とても弱々しいと、リーマスは思った。

「嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて――どうにかなっちゃいそう」

穏やかだった風が、一瞬にして強烈な突風となって部屋を吹き抜けた。
カーテンがバタバタとはためき、室内の備品が揺れる。

「ナマエ、窓を……ナマエ?」

リーマスは気付いた。
繋いでいた手が、か弱く守ってやりたいと思った手が、強く握られている。
振り解けそうにもないほど、強く強く。

そして、何かが盛り上がるような音が、リーマスの耳に入った。
めりめり。抑圧していた何かが、硬い殻をゆっくりと壊そうとしているような、そんな音だった。

「リーマス……私、あなたが大好き」

熱っぽい告白が、リーマスの背中を撫でた。
嬉しい言葉のはずなのに、リーマスは素直に喜べなかった。

リーマスは気付いた。
ナマエの背が、異常に膨らんでいた。
制服は限界を超えて、裂け始めていた。

「ナマエ……?」

ようやく顔を上げたナマエの瞳は、金色の光を放っていた。
暗い室内にぽっかりと二つの金を浮かび上がらせて、ナマエは静かに微笑んでいた。
布の裂ける音が、耳を貫く。
リーマスは息を呑む。
昼間の不安が形を変え、疑問となって胸の内に渦巻く。

果たして、全てを知った後も、同じ瞳で彼女を見つめられるだろうか?



2014.06.17

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