dissolve | ナノ
+
番外編 土曜日のティータイム *付き合い始めてからの話

朝の大広間は賑やかだ。
一日の始まり――生徒達は朝食を取り、談笑し、今日の時間割りや宿題の確認をしている。

シリウスも御多分に漏れずグリフィンドールの席に座っていた。騒ぐジェームズとそれを叱るリ

リーを眺めながらトーストを食べるスピードは、やけにのろい。
それは一つの悩みのせいだった。

今日こそ、今日こそとシリウスは悩みながらも意気込む。
今日こそフィールをデートに誘う。恋人がいることの素晴らしさを、喜びを彼女に教えてやる―

―気恥ずかしいが、そんな使命感がシリウスにはあった。

フィールは隣でガツガツと朝食を食べている。
こちらは隣に座るのも一苦労だったというのに呑気なものだ。フィールは常にリリーと座るので

、シリウスは空いたもう一つの席をリーマスと密かに取り合っていた。何も知らないピーターが

何度か座ったこともあったが、つい睨んでしまってからはリーマスとの一騎討ちに戻った。

リーマスは手強い。フィールとはお菓子同盟でも交わしているのかとにかく好みが合うようだし

、シリウスのように焦ってヘマをすることもない。穏やかにごく自然にフィールと会話をする様

は、羨む前に見習わねばならない。女性の扱いは自分の方が慣れているはずなのに、シリウスは

リーマスにしてやられっぱなしだった。

しかし今日、やっと隣に座ることができた。
自然に、なんでもない風に誘えばいいのだ。今度の土曜日は空いているかと――校庭を散歩でも

して、二人でゆっくりしないかと。
このトーストを食べ終えたら切り出そう。意を決してシリウスがジュースで流し込んでいると、

フィールがオートミールをすくう手を止めてこちらを見ていた。

「食欲がないのか、シリウス・ブラック」
「んあっ?」
「まだトーストしか食べていない」

唐突な問いにシリウスは噎せかけた。
シリウスの皿には食べかけのトーストがあるだけだ。フィールでなくとも食欲がないのかと思う

だろう。

「ダイエット中の女子生徒のようだ」

ピーターが吹き出しそうになったのをシリウスは見逃さなかった。

「……何を食べようか考えていたんだよ」
「そうか。しっかり食べることだ」

もしかして心配してくれたのだろうか、というシリウスは淡い期待を抱いた。

「育ち盛りなのだからな」

フィールはそう言うとシリウスの皿に勝手にベーコンやスクランブルエッグを盛り始めた。
ふざけているのか真面目なのか分からない言い方にピーターがとうとう吹き出し、それをリーマ

スが笑いながら注意していたが、シリウスは怒るどころか青ざめていった。フィールは料理が崩

れそうなほどの山になってもまだまだ盛ろうとしていたからだ。

「おっおい!もういい!十分だ!」
「好き嫌いはよくないぞ、シリウス・ブラック」
「多過ぎるって言ってるんだ!」

育ち盛りといえど限度がある。たっぷりのベーコンとエッグ、それからサラダ。シリウスが頭を

抱えていると、フィールは何食わぬ顔でスプーンでその山を崩し出した。

「すまなかったな。責任を持って手伝おう」

さっきあれだけ食べていたというのに、フィールにはまだまだ余裕があるらしい。
シリウスがびっくりしている間にも、フィールはひょいぱくと皿の中身を口に運んでいる。放っ

ておいたら全部食べそうな勢いだ。もしかして自分が食べたかっただけなのでは……との考えが

過ぎったが、それ以上考えるのはやめてシリウスもスプーンを手に取った。

「随分仲良く食べているのね」

二人で皿を片付けていると、ジェームズへの説教を終えたリリーが興味深そうにしていた。どこ

か嬉しそうだ。
シリウスは食べるのに忙しいフリをして答えなかった。黙々と食べながら、フィールを見る。彼

女もまた黙々と食べている。

二人で一つの食事を分け合うなんて初めてだ――なるほど、確かに仲が良くなければできないか

もしれない――そう考えるとこれはラッキーだったのか。
いつもより四割増しの朝食をようやく平らげ、シリウスは深く息を吐いた。

「なあ」
「なんだ」

フィールは悠々とミルクを飲んでいた。シリウスに呼ばれてあげた顔には白く小さなひげが浮か

んでいた。相変わらず無頓着だ。
口元を拭ってやりながらシリウスは口を開く。今なら言える。今だ!

「今度の土曜――」

しかし全ては言えなかった。
目の前を一枚の羽が舞い降りた。茶色のそれが何の羽なのかシリウスはすぐに分かった。
バサバサという羽音が頭上から聞こえる。何十羽ものふくろうがそこにいた。

ふくろうは旋回しながら荷物をボトボトと落とし出す。どのふくろうもやけに疲れているようだ

った。
朝のふくろう便がまだあったなんて、しかもこんなに。一体誰宛の荷物なのだ。
訝しむ生徒達の中、一人の生徒が杖を振るう。
荷物は瞬く間にひと固まりになり、大広間の床に静かに置かれた。

荷物は全て一人の生徒――フィール宛のものだった。
最後にふくろうが落とした手紙がフィールの頭にひらりと乗る。フィールは封を破り中身を確認

すると、ぐしゃぐしゃに丸めてポケットに突っ込んだ。

「フィール、これってもしかして、前に言っていた通販かい?」
「ああ。久しぶりだったので少し頼みすぎてしまったようだ」

頷くフィールにリーマスは呆気に取られた。
フィールが注文したとなれば、荷物の中身は全て甘い甘いお菓子だろう。
全ての包みにそれらが詰まっているのかと思うと、ただでさえ食べ過ぎで辛いシリウスは胸焼け

を起こしそうだった。

「私は先に戻る」

フィールが包みに向ける眼差しはどこか輝いている。シリウスの朝食を――それも並みではない

量の――半分以上食べたというのに、甘いものは別腹というやつか。

「僕も手伝う!」

シリウスはリリーの視線に気付くと慌てて付け足した。

「食後の運動だ。ほら行くぞ!」

胃がずっしりと重たいのであながち嘘ではない。
口出しされる前にとシリウスはフィールのお菓子を担ぐと足早に大広間を出た。
朝食の時間が終わるまでもう少し。食事を終えた生徒がちらほらいるものの、廊下を渡る人は少

ない。

シリウスは自ら申し出て、お菓子の殆どを担いでいた。中身がお菓子と言えど包みの量が多くか

さ張り、なかなか運ぶのは困難だった。もし落としでもしたら大変だ。
慎重に歩くシリウスの隣で、包みを二つだけ抱えたフィールが物珍しそうに見ている。
余裕はあまりなかったが、視線に耐えられずにシリウスはぶっきらぼうに聞いた。

「……何だよ?」
「重そうだ」
「べ、別に重くない!」

自分から手伝うと言ったのだ。そんな情けないこと言えるものか。シリウスは歩みを早めた。

「魔法を使わないのか」
「廊下での魔法は禁止だろ」
「まるで優等生のような口ぶりだな」
「あ……?」

焦りながら答えた言葉のおかしさに、シリウスはフィールの指摘で気付いた。

「ジェームズ・ポッター達と再三授業を妨害していた生徒の言葉とは思えない」

そうだ、自分達は悪戯仕掛人。授業中の教室でもお構いなし、廊下だろうが大広間だろうがあち

こちで好き勝手に魔法を使って騒いでいたというのに――こともあろうか"廊下での魔法は禁止"

だなんて。途端にぞわぞわと込み上げてきたむず痒さに、シリウスはお菓子をそっと廊下に置く

とポケットから杖を出した。

「忘れていたんだ。優等生にもこういうことはある」

自分達以上にめちゃくちゃなフィールに振り回されてばかりだったせいか、どうにも考えが片寄

ってしまっていた。シリウスが杖を振り軽々とお菓子を運び始めると、フィールはそうかとだけ

言った。

「ここまででいい」

太った婦人の好奇の目線を流して談話室に入ると、フィールは一人で女子寮に行ってしまった。
軽くなった肩を回して、シリウスも男子寮に教科書を取りに行った。
シリウスが談話室に戻ると、チェアに腰掛けたフィールがドーナツを食べていた。早速包みを開

けたようだ。
シリウスが隣に座ると、フィールがドーナツを飲み込んで言った。

「ふくろう便が来る前、何か言いかけていたな、シリウス・ブラック」

もう忘れられたものだと思っていただけにシリウスはびっくりした。

「あ、ああ、そうだ。なあフィール――」
「今度の土曜日、空いているか」

言おうとしたことをそのまま言われ、シリウスはさらにびっくりした。

「はっ、な、今僕が!」
「空いているのだな」
「空いている!けどな!」
「ならいい」

何もよくない。しかし説明したところでフィールが理解してくれるだろうか……シリウスは諦め

た。

「土曜日、なんだよ?」
「今日の礼として、私のおすすめのお菓子を振る舞おう。場所はあの隠し部屋だ」

それはつまり、デートの誘いというやつか。いや、きっとフィールにはデートなんて考え微塵も

ないに違いない。部屋に行ったらリリーやジェームズもいたなんてことも十分にあり得る。それ

でもほんの少しの期待を込めて、シリウスは聞く。

「僕とお前の二人だけなのか?」
「そうだ」

即座に返され、シリウスはやっと喜べた。
ドーナツに集中するフィールを見つめながら、シリウスは口角を上げる。
彼女が菓子を振る舞ってくれるというのなら、自分はそれに合うような紅茶でも用意してやろうか。花束を贈るよりよほど喜ばれるだろう。
抑えきれない期待を胸に、あれやこれやと想像を膨らませる。
自分が知らない彼女を知りたい。彼女が知らない自分を見せたい。
何を話そうか。話せるなら何でもいいか。
土曜日が、今から楽しみだ。



2015.12.30

TOP
+
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -