dissolve | ナノ
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24 臆病

リーマス、ジェームズ、リリーの三人は、大広間の前で数人の女生徒と向かい合っていた。
リーマスの予想通り、ブラッジャーに魔法をかけたのはレイブンクローの女生徒達だった。
夕食前の大広間を落ち着きなく覗いていたので、すぐに見つけることができた。
憧れの存在であるジェームズに睨み付けられ、女生徒達は怯えたように身を寄せ合っている。

「……じゃあ君達は、誰にそれを言われたか覚えていないんだね?」

リーマスの予想は当たった。犯人がレイブンクローの女生徒達だというのも、それを何者かが吹き込んだというのも、全て予想通りだった。
しかしいざその何者かが誰かと聞いてみれば、全員が全員、分からないと首を横に振ったのだ。

「ごめんなさい……本当に分からないの。思い出そうとしてもモヤがかかったようで、顔が思い浮かばなくて……」
「へえ……やったのは認めるけど考えたのは自分達じゃない、でも誰に教えられたかは覚えていない……なんて言われて、僕達が納得できると思っているんだ」

ジェームズは今にも噛み付きそうだ。

「ジェームズ」
「リーマス、君は腹が立たないのかい?こいつらのせいで、こいつらのせいでリリーとフィールが――!」

ジェームズが声を荒げると、女生徒達はとうとう泣き出した。一人が泣き出すとワッと涙の波が広がり、すすり泣きが重なる。
泣いても許さないとジェームズはまた睨むが、女性の涙には弱いのか凄みはいささか薄れていた。

「僕だって悔しいよ。でも責めてばかりじゃどうしようもない」

そのままどうにか落ち着いてもらおうと、リーマスは血気盛んな友人に言う。

「僕達で犯人を捕まえるならもっと慎重に行かないと。それに、リリーがなぜ君に言わなかったかをもっと考えるべきだ」

すまなそうなリリーに、ジェームズは困ったように眉を下げた。
女生徒は目を泣き腫らしながら何度も頭を下げた。

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」
「私達にはもう謝らなくていいから。あとはフィールに……すぐに退院できると思うから、その時に謝ってあげて。ほらもう泣かないで。あなた達、酷い顔よ」
「ありがとうエバンズ……私達、バカだったわ……とんでもないバカだった……!」

リリーがハンカチを渡すと、女生徒達は感極まったようにさらに涙を流した。
やれやれとリリーはため息を吐く。

「とにかく、何か思い出したらすぐに私達に教えてくれるかしら。どんな些細なことでもいいの。お願い」

女生徒達は深く頷いた。
話している間に、夕食の時間は終わってしまっていた。ぞろぞろと大広間から生徒達が出てくる。その中に、ピーターとシリウスがいた。
ピーターはリーマス達を見つけると、慌ただしく駆け寄った。両手には持ち出した夕食を抱えている。ピーターはちらちらと女生徒達を見つつ、リーマスに尋ねる。

「ど、どうだったの?あ、みんなのご飯、持ってきたよ」
「ありがとう、ピーター。やったのはこの子達で間違いないんだけど……誰に言われたかまでは分からなかったよ」

ピーターから夕食を受け取りながらリーマスが答えた。

「シリウスの様子はどう?」

リーマスが聞くとピーターはううんと唸った。
シリウスはリーマス達から離れたところで、まるで葬式に参列しているかのような顔で突っ立っている。生気のない目と半開きの口のせいで整った容姿は見る影もなかった。

「ずっとあんな感じ……夕食の間もああで何も口にしてないんだ。チキンすら食べなかったよ」
「……そうかい」

リーマスはそれ以上聞かなかった。
人がまばらになって来た。スッキリとはいかないものの話をつけることはできたので、リーマス達は談話室に向かった。

翌朝、レイブンクローの砂時計から点数が引かれていた。フィールの怪我はただの事故として知れ渡っていたが、事故とレイブンクローの減点に何か関係あるのではと詮索する者は少なくなかった。

フィールはすぐに退院し、クィディッチ試合をみんなと観戦することができた。
グリフィンドールとスリザリンの試合は、ジェームズの活躍もありグリフィンドールが勝利した。
談話室でも廊下でも生徒達はお祭り騒ぎで、主役であるジェームズはどこに行っても持て囃されもみくちゃにされていた。ジェームズは笑って応じていたが本心からは喜べなかったし、リーマス達も騒ぎに馴染めずにいた。
それというのも、シリウスがずっと落ち込んだままだったからだ。
シリウスはろくに食事も取らずぼんやりと空を眺めるばかりで誰が話しかけても生返事、加えてフィールとは目を合わせようとすらしなかった。

あと半月もすればクリスマスがやって来る。
木枯らしが吹き外の空気がヒンヤリと冷たくなり、生徒達は談話室や自室に閉じこもることが多くなっていた。

ある日の午後、フィールは本を片手にふらふらと校庭へと出て行った。昼とはいえ風が肌に染み入る。リリーはついて行きたかったが、何となくフィールが嫌がっている気がしてやめた。
リリーはジェームズ達と顔を見合わせた。シリウスといえば談話室の隅でぼうっと窓を眺めており、フィールが出て行ったことに気付いてすらいないようだ。リリーはもう見ていられなかった。

「シリウス、ちょっといいかしら」

リリーはシリウスを談話室の外へと呼び出した。辺りに人はいない。
シリウスは変わらずぼーっとしていたので、リリーは少しばかり声を荒らげた。

「ねえ、分かってると思うけれど、今のあなたってとっても臆病よ」

シリウスは黙っていた。

「気まずいのは分かるわ……私も辛いもの。でもあんなに避けたら、フィールだって傷付くわ。あなたが傍にいてあげなくてどうするのよ」

自分がいてなんとかなるならそうしていた。けれど今のフィールに必要なのは自分ではないと、リリーは確信していた。
シリウスはああだのううだの、喋ることを忘れたかのように唸っている。
リリーはムッとした。これがあの授業中だろうが行事中だろうがところ構わず悪戯に興じてていたシリウス・ブラックなのか。

「そんなに大切なら、あの子が安心できるようにキスのひとつでもしてあげればいいのよ」
「……は?」

シリウスの口から間抜けな声が漏れた。

「あら、今さら純情ぶる気?それとも私が耳にしたあなたの女性関係は全て根も葉もないただの噂だったのかしら」
「なっ、何で、今、そんな」
「別に責めようってわけじゃないの。ただ……扱いに慣れてるならフィールがどんな気持ちでいるか分かるんじゃないかと思ったのよ。ちょっと変わったところはあるけど、あの子だって女の子だもの」

シリウスはびっくりしたようにリリーを見た。

「何よその顔は。まさか知らなかったとでも?」
「い、いや……」

吃るシリウスにリリーは呆れを隠さなかった。

「それともう一つ、気になっていたの。フィールが魔法を使わなかったのは自分のせいだって言っていたわね?だから今、とても苦しんでいるんでしょうけれど」

シリウスは曖昧な相槌さえ打てなかった。

「その考え方はいただけないわ……だってフィールはあなたとの約束を守りたかったんだもの。あなたとの約束を守って、その上で私のことも守ってくれたのよ」

シリウスはリリーをじっと見た。リリーも苦しそうに眉を寄せていた。

「あの子なりに、あなたの気持ちに応えたかったんだわ」
「……僕は……」
「落ち込むななんて言わないけど、あまりあの子を待たせないであげて」

リリーは次の言葉を探していたが、フィールが帰って来たのでやめた。
外はやはり寒かったのか、フィールの鼻は赤くなっていた。

「おかえりなさいフィール。あらあなた、とっても冷えてるわ!」

リリーはフィールの頬に触れて驚いた。

「ココアでも飲みましょうか。さあ談話室に。ああ、手も芯から冷えて……」

リリーはフィールの手を引くと肖像画へと歩き出した。
その時、シリウスとフィールの視線が何日かぶりに交わった。
シリウスは言葉に詰まった。フィールも何も言わなかった。

「シリウス、あなたも行くわよ」

リリーに呼ばれ、シリウスはようやく重い足を動かす。
その後全員で熱いココアを飲んだが、楽しくお喋りというわけにはいかず、シリウスとフィールはやはり会話しなかった。



どうにかしなければいけない。シリウスもそう感じてはいたが、フィールにどんな顔をすればいいのか分からなかった。
フィールは自分を責めたりしない。それでも――いや、だからこそ苦しかったのかもしれない。
ただ怪我のことばかりを考えて、気を失う前のフィールの言葉が頭を過ぎって、彼女を前にすると何も考えられなくなってしまう。
けれどリリーと話をして、ほんの少し考えが変わった。
フィールが自分との約束を守ろうとしただなんて、思ってもいなかったのだ。

シリウスは談話室の入り口を見た。フィールは今日も寒空の下、一人で読書に耽っている……。



フィールは木に背を預けて座り込み、ぱらぱらと本のページを捲っていた。時折冷たい風が吹き意図しないページまでさらってしまうが、フィールはそのまま本を眺めていた。内容が全く頭に入って来なかったから、どうでもよかったのだ。
談話室を出る際にリリーが巻いてくれたマフラーに顔を埋めて、フィールは瞳を閉じた。
風は冷たいが、フィールがいる場所は陽の光がよく当たりまだ暖かかった。このまま昼寝をしてもいいくらいだ。
けれどフィールは眠れなかった。もうずっと、考え事が頭をぐるぐると回って眠れなかった。
リリーが心配して温かいミルクを入れてくれても、リーマスが甘いホットチョコレートを入れてくれても眠れなかった。

フィールは目を開いた。
本を閉じ膝を抱える。本よりも芝生を眺めている方が有意義な気がしたのでそうした。
隠し部屋に行っても談話室に戻ってもよかったが、体が重たかった。

風が吹き木の枝が揺れる。残っていた枯れ葉が散って、フィールの頭にひらりと乗った。
手を使うのが億劫で、フィールは頭を横に振ってそれを落とした。
また風が吹いた。今度は少し離れたところでがさがさと音がした。
何かの気配と視線を感じたがフィールは芝生を眺めていた。しばらくそうしていたが、気配と視線が消えるどころか近付いてきたので、フィールはちらりと目だけをそちらに向けた。
そこには、黒く大きな犬がいた。



2015.03.10
 

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