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番外編 こねずみの災難 *8〜9話頃の話

意外とさらさらした髪だ。そう、意外と――フィールの後ろ姿を見たピーターが抱いたのは、その程度の感想だった。

色々あって(と言っても、ピーターは見ているばかりだったが)変わり者のフィール・カリオウスとほんの少し近しくなったが、ピーターはまだフィールとまともに話をしたことがなかった。

何せジェームズ達と"悪戯仕掛人"なんてつるんではいるが、ピーターはそれほど気の強い性格ではない。悪戯好きで調子に乗りやすい部分はあるが、それはジェームズ達と一緒にいてこそ。
吐いたゲロをローブで拭ったり、イディオに殴りかかったり、自ら腕を切って倒れたり――問題だらけのフィールはピーターにとってちょっとした脅威だった。

放課後になって教室に教科書を忘れたことに気付き、さっさと取って帰ろうとしていたピーターに、フィールに話しかける理由なんてなかった……のだが。

フィールのさらさらとした髪を目で追っているうちに、知らず足もふらふらとフィールを追い始めていた。

フィールは校庭に向かっていた。一体何をしようとしているのだろう。いつの間にか、ピーターは自分の意思で足を動かしていた。
フィールはしっかりとした足取りで深い茂みの前に着くと、不意に辺りを見回した。

ピーターはとっさに近くの木に隠れた。大きな木ではなかったが、ピーターの体もまた大きくなかったので隠れるのは容易だった。ついでにピーターもキョロキョロと辺りを見回す。生徒は自分達二人以外にいなかった。

ドキドキしながらピーターがフィールに視線を戻すと、フィールは茂みに頭から突っ込んでいた。

「あっ」

ピーターは思わず声をあげ、すぐに両手で口を塞いだ。あの茂みの位置はよーく覚えている。二年生の時に我ら"悪戯仕掛人"が作った秘密の通り道だ。
禁じられた森に繋がる自分達だけの道をどうしてフィールが知っているのか。考えようとしてピーターはやめた。フィールならなんでもカンで見つけてしまう、そんな気がしたからだ。

フィールが通った茂みは小刻みに草木を揺らすと、通った跡を消してしまった。誰もあそこを人が通っただなんて思わないだろう。
ピーターは少し心配になった。フィールはたった一人で森に入ってしまったのだ。

「だ、大丈夫……だよね?」

不安を消そうとあえて口にするが、ますます心配になるだけだった。もし恐ろしい怪物にでも遭ったら――いやいやあのフィールだ、きっと返り討ちにして――でももしフィールでも敵わなかったら……フィールが森に入ったのを知っているのはピーターだけだ。

誰か呼んでこよう。偶然見かけたことにすればいい。ピーターはすぐに学校に戻ろうとしたが、ふと思い止まった。
その間に奥まで行ってしまったら、その間に襲われて食われでもしたら。想像はどんどん悪い方向へと傾いていく。
こうなったら追いかけて引き止めるしか!でも、自分が行ったところでフィールは聞いてくれるだろうか?何気なく話しかけようとして誰だと言われたショックはまだ残っている。

「そうだよ、僕は仲良しじゃないんだし……」

きっとフィールなら大丈夫だ。ピーターは自分に強く言い聞かせて帰ろうとした。
けれど、足が動かなかった。

「ちょっと見るだけ、ちょっと様子を見るだけ……」

心配と、ほんの少しの好奇心。ピーターは意を決して茂みに入った。草木をかきわけ、葉っぱが入らないよう目をぎゅっとつむってひたすら前に這い進む。風が頬を撫でたので目を開くと、開けた場所に出ていた――禁じられた森だ。

フィールはピーターが探すまでもなく、近くの切り株に腰かけてマフィンにかぶりついていた。ピーターが現れても知らん顔だ。
ピーターはがくりと脱力した。心配するようなことは何もなかったのだ。
しかしフィールがマフィンを食べ終えたことで心配は蘇る。フィールはのそのそと立ち上がると、森の奥へと歩き出した。

「そ、そっちは危ないよ」

無視しているのか、それともピーターの声が小さいからか、フィールはどんどん遠ざかっていく。
ふっと瞬きした瞬間フィールの姿が消え、ピーターは慌てて後を追いかけた。

「ねえちょっと待っ――うわああぁあぁ!」

呼びかけが悲鳴に変わる。
フィールが姿を消した辺りで足が空を踏み抜こうとし、バランスを失ったピーターはあっという間に転んだ。どしんと尻もちをつき、衝撃に閉じた瞳を開けば目まぐるしく流れる風景。ピーターは尻もちをついたままに坂を滑り落ちていた。

「え、え、えーっ、えー!?」

水分をたっぷり含みぬかるんだ泥の坂は、どれほど下るのかと思えば急な上り坂になったり、真っ直ぐなだけでなくじぐざぐ道や急カーブにもなったりと、ピーターの目を回すには十分な要素があった。
酔いながらも薄っすらと目を開けているとフィールの背中が見えた。フィールは折れた木の枝に両足をつけてすいすいと坂を滑っていた。マグルのあんな遊びがあった気がするなぁと混乱する意識の隅で考えながら、ピーターは坂の終わりをじっと待った。

ようやく風景が流れなくなった――と同時に、ピーターは大木の幹にキスしていた。
坂が終わっても勢いが止まらず、あたふたしている間に顔面から突っ込んでしまったのだ。

「うぅ、いたたた」

盛大に打った鼻を撫でながらフィールを探す。
フィールは足場にしていた枝を捨ててまたてくてくと歩き始めていた。

「お願いだよ、待って、待っ……」

フィールがどこに行きたいのか、何がしたいのかはどうでもよくなっていた。森の中に一人でいたくない。その一心でピーターはぜいぜいと息を切らしながら後を追う。フィールは止まってくれない。無情だ。
しかし突然フィールは足を止めた――もちろんピーターを待っているのではなく、眼前に現れた小さな池をどう渡ろうかと考えているようだった。
今のうちに追いついて城まで一緒に帰ってくれるよう頼み込もう。懸命に歩くピーターをよそにフィールが動く。
フィールが目をつけたのは巨木の枝から垂れ下がる蔓だった。ぐいと引っ張り強さを確かめ、迷いなく蔓によじ登り始めた。あんぐりと口を開けるピーターをさて置き、体をよじり振り子のように揺れる。揺れが大きくなると、近くの木を蹴り池へと飛び出した。勢いよく池を飛び越えて向こう岸に近付き、体が向こう側ギリギリにまで届いた瞬間、手を離す。勢いをうまく殺して、フィールは軽やかに着地した。
ひらめいたスカートから白い布地が見えた――普段ならどぎまぎして顔を真っ赤にするところだが、ピーターは真っ青になった。フィールが池を飛び越えたことによって、かなりの距離が生まれてしまったのだ。

「どうしよう……――わぶ!」

立ち尽くしているピーターの額に鞭のようなものが強烈な打撃を叩き込んだ。
涙目になって睨んだそれはフィールが使った蔓だった。なるほど、人ひとりの体重を支えられる強度があるようだと額を擦る。
フィールのように軽やかに渡れる自信はない。これがジェームズやシリウスなら造作もなくやってのけるだろう。
しかしボーッとしているだけでは、一人になってしまう。

「や、やってやるさ!僕だって、僕だって……!」

最早やけだ。ピーターは両の手で蔓をしっかりと掴むと、緩慢な動きながらによじ登った。思ったよりも蔓が滑りにくくて助かった。
フィールがやっていたように身をよじり、勢いを付けて木を蹴る――が、体が勢いよく揺れ始めてからピーターはあることに気が付いた。

(……こ、怖い)

向こうへと飛ぶタイミングが、分からない。
体重の差かフィールの時よりも大きく揺れながら、どんどん恐怖に染まっていく。
もうダメだ。飛べるわけがない。このまま一人、森に取り残される。

「えっ?」

ピーターは飛んでいた。
手を離そうとしたわけではない。むしろ力強く握り締めていたが、あまりの緊張で手が汗でべたべたになり、滑ってしまったのだ。
考える暇もなく体は前方へと飛び出し、不意の事故に受け身を取る余裕もなく(事故でなければ受け身を取れたとは言えないが)ピーターは地面に打ち付けられた。

「痛ぅうっ!」

おまけに地面は坂になっていた。ゴロゴロと転がっていく体に、ピーターは痛みと不運につくづく嫌になった。
どん、と何かにぶつかり体が止まる。あまり痛くない。おそらく何か柔らかいものだ。不幸が続いているのだ、恐ろしい魔法生物でも驚きやしない。
恐る恐る目を開く。ピーターがぶつかったのは、恐ろしい魔法生物でも何でもなかった。

「フィール……」

何度目かのおやつを食べようとするフィールだった。ピーターがぶつかった衝撃で落としたチョコバーを拾い上げ、ぱんぱんと叩いている。
やっと追い付いた。体中痛くてしょうがないが、これを逃せばもうこの森から出るチャンスはない。きっと誠心誠意頼めばフィールだって願いを聞いてくれる。早くホグワーツ城へ――

「あれ?」

どこか見覚えのある景色に、ピーターは目をぱちくりした。
開けた空間、座るのに丁度いい切り株、先が見えない深い茂み――最初の場所に戻ってきたのだ。
フィールはまた切り株に腰掛け、チョコバーを食べ始めてている。封を切る前だったので中身は無事だったらしい。
ここまで来れたなら一安心だ。あの茂みを抜ければ校庭に出る。一人で帰れる。
しかし起き上がったピーターが向かったのは茂みではなくフィールだった。

「あのさ、僕、言いたいこと、あったんだ」

目の前に立ってはっきりとそう言うと、フィールはチョコバーを飲み込んでピーターを見た。

「僕の名前はピーター・ペティグリュー」
「そうか、私の名は」
「知ってるよ。フィール・カリオウスだね。えっと、その……よろしくね」

少し気恥ずかしくなりながらも今更な自己紹介をし、ピーターは手を差し出した。

「よろしく」

交わされた握手に心が弾む。
酷い目に遭った。今も体は痛むし、あちこち泥だらけだし、頭にも服にも葉っぱが付いている。また同じ道を行けと言われたら断固拒否する。
けれどなぜか心は清々しく、冒険を終えたかのような満足感があって、フィールの後を追ったのは間違いではなかったとピーターは断言できた。

「あっ」
「なんだ」
「教科書取りに行くの忘れてた……」

こんな格好ではフィルチに捕まってしまう。他の先生だって何と言ってくるか分からない。
でもそれくらいのスリルなら、今なら楽しめるだろうピーターは思った。



2015.01.11

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