21 隠し事
人の気持ちを思いやれないフィールも、リリーに関しては鋭く、敏感である。
リリーのことになると普段と違う言動を取る。そんな彼女が言うのだから、何かあるのは間違いないのだろう。
しかしそんな彼女でもまだ分かっていない"何か"を、シリウスが分かるわけもなかった。恋人である我が親友もあの様子では気付いていまい。
気にかけられるリリーが羨ましいと、脇道に逸れそうになる意識を引っ張ってくる。
「何か、か」
「そう。何か、だ」
「聞いてみないのか?」
「……いや、いい」
答えるまでの少しの間に、調子を狂わされそうだった。やっぱり落ち込んでいるじゃないか。頭をガシガシとかいて、シリウスはフィールの手を取った。
「リリーが何かを隠しているのは分かった、でも今僕達にできることは何もない。そうだろう?何かできることが見つかったら、その時は僕も協力する。ああ、それと――」
シリウスはフィールの髪を見た。マダム・ポンフリーのおかげで以前となんら変わりないが、彼女がその薄い茶髪を焦がしたのはつい先日のことだ。
リリーの隠し事次第では、またフィールは我を忘れてしまうかもしれない。
「あまり無闇に魔法を使うな。すごいし、便利だとは思うが……その力は悲しい力だ。僕は好きじゃないし、それにそんなもの使わなくても僕がいる」
フィールは返事をしなかった。
「さあ行こう、食いっぱぐれるぞ」
シリウスは少し強引に手を引いて、大広間へと向かった。
フィールがリリーの秘密を知るまで、それなりの日数がかかった。
そしてその秘密は、シリウスも同時に知ることとなる。
心地よく風がそよぐクィディッチ競技場の座席に座って、フィールとリリーは空を眺めていた。
シリウスとリーマス、ピーターも傍で空を――クィディッチの練習を眺めていた。
ユニフォームを着たジェームズが、空を悠々と飛んでいる。ジェームズは練習する選手の中で一番うまく箒を乗りこなし、かつ目立っていた。
「ジェームズは最高のチェイサーなのよ」
リリーは目を輝かせながら得意げに言った。
「クィディッチを観戦しながら食べるチョコバーもなかなかだ」
「もうフィールったら。でも楽しんでくれているようで良かったわ」
バリバリとチョコバーを食べるフィールに、リリーはくすくすと笑った。フィールはチョコバーを食べながらも、しっかりクィディッチの練習風景を見ている。
「トイレに言ってくるわね」
リリーが立ち上がる。客席を歩き、他の見学している生徒達の前を抜けていく。
フィールはしばらく様子を見ていたが、立ち上がるとリリーを追った。
さらにそれに続こうとしたシリウスを、リーマスが呼び止めた。
「シリウス?」
「少し見てくる」
「フィールが大切なのは分かるけどトイレにまでついていくなんてジェームズじゃあるまいし……中には入るんじゃないよ」
「当たり前だろ!」
イディオの件があって以来、ジェームズはリリーにそれまで以上にべったりになった。フィールがいなければ当然のようにトイレに付いていったし、酷い時は中に入ろうとしたことも――流石にジェームズとはいえ、他の女子生徒に止められた――あるのだ。
過保護なジェームズと一緒にされたくないと憤慨しながら、シリウスは足早に二人を追った。
フィールはトイレの前で腕を組み、壁に背を預けていた。
シリウスが口を開こうとしたところで、リリーがトイレから出てきた。
「どうしたのよ、二人して」
シリウスが答えに困っていると、フィールが組んでいた腕を解いた。
「あのレイブンクロー生達だな」
「何?」
出し抜けに言ったフィールにシリウスが思わず聞き返す。
フィールの目線の先にはクィディッチの観客席が――レイブンクローの女子生徒が数人いた。皆、はしゃぎながら練習を眺めている。
訳が分からないと戸惑うシリウスの横で、リリーは観念したとばかりにため息を吐いた。
「何でも分かっちゃうのね……いつから?」
「ハロウィンの翌日」
「驚いた。本当に、あなたには敵わないわ」
シリウスには話が見えない。
「あなたは興味なさそうだけれどね、彼にも……ジェームズにもファンはいるのよ。ハロウィンの時に目を付けられたみたい。寮に戻ろうとした時、あの子達に呼び出されたの。私があしらってる間は良かったそうよ」
レイブンクローの生徒達はジェームズに釘付けだった。
そう言えば見覚えがあるとシリウスが一人ひとりの顔を確認していると、フィールがいきなり一歩前に踏み出た。
一陣の風が吹き抜ける。
風がもたらした強烈な寒気に、シリウスとリリーははっとした。
「フィール!ダメ!」
今にも観客席まで飛んでいきそうなフィールの腕をリリーが掴む。
「あいつ達がダメなら、ジェームズ・ポッターに話すまでだ」
「お願いだからやめて!」
「いつか気付く」
「……そうね。けれどダメよ。それにねフィール、あなたは誤解しているわ」
リリーはどこか自嘲気味に笑っていた。
「違うの。違うのよ、そうじゃないの……確かにショックだったわ。けど、呼び出されたこと自体はそう気にしていないの。彼が人気者なのは知っていたもの」
「なら何が問題なんだ」
「……私、言い返せなかったの。一方的に言われて、話を終わられた。あなたに恋は素敵だって言っておきながら、恋で弱くなってしまったようで、自分が許せなかった」
真面目なリリーらしい理由だった。フィールの腕を掴む手は、静かに震えている。
「ジェームズには言わないで。ちゃんと自分でなんとかするわ」
「……そうか」
震えを止め、力強く笑ったリリーに、フィールはようやく頷いた。
フィールのギラギラした雰囲気がなくなったので、シリウスはほっと胸を撫で下ろした。リリーと目が合う。
「分かってる。誰にも言わない」
「ええ、お願いね。さ、戻りましょう」
しっかりとした足取りで客席に歩いて行くリリーの後ろ姿に、シリウスは女性の強さを見た気がした。
フィールは頷きはしたものの、納得はしていないのかどこか沈んだ表情をしていた。
「行くわよ?」
「ああ」
振り返ったリリーに、フィールが重い足を動かす。
「フィール」
「なんだ、シリウス・ブラック」
「あー……いや、何でもない」
「そうか」
三人は戻った。クィディッチの練習は滞りなく順調に進んでいた。
ジェームズは意気揚々と、練習に励んでいた。
女性の諍いに男が首を突っ込んだところでロクな結果にはならないと、シリウスは経験から知っていた。レイブンクロー生達のいじめじみた行動は気に食わないが、リリーが自分で何とかすると言ったのだから、シリウスが口を挟めることではない。
しかし、談話室の片隅でお菓子を口に突っ込むフィールを見ていると、どうにか出来ないかと思うのだ。
ジェームズはクィディッチの練習、リリーはその見学、リーマスとピーターは図書室に行っていて、今は二人だけだ。
これは自分の番だと、シリウスは口を開く。
「おい、食べ過ぎは」
「分かっている」
「分かってないだろ」
分かっていると言いながら次のクッキーの封を切るフィールの手をシリウスが掴む。
フィールが離せとばかりにシリウスを見る。
「分かっている。しかしこれは食べる」
「あのな!」
「食べる」
「……これで最後だからな!」
抗議するような強い視線に、シリウスは折れた。
「僕だって、意地悪で言ってるんじゃないんだ……」
ダンブルドアに頼まれたというのもあるが、そうでなくてもシリウスはフィールが心配だった。
特に今日は、ヤケを起こしているようにも見えたからだ。
シリウスが独り言ちていると、すっと目の前にクッキーが差し出された。チョコチップクッキーだ。
「食べないのか、シリウス・ブラック」
「ほしくて言ったわけでも」
「分かっている」
フィールはクッキーを差し出したまま手を下ろさない。どころか、待ちきれなくなったのか立ち上がると、シリウスの口にクッキーを突っ込んだ。
「おすすめだ」
「ぼっ!?」
続いてもう一枚詰め込まれ、シリウスは噎せながらクッキーを噛み砕いた。涙目になりながら飲み込むと、フィールがまた一枚取ろうとしていたので慌てて距離を取った。
「もういい!」
「そうか」
「そんなに嫌がることないじゃないか」
練習を終えたジェームズがにやにやしながら入り口から現れた。リリーも一緒だ。
「食べさせてもらったんだろう?微笑ましい限りだね」
「いいかジェームズ、君が想像しているようなものじゃないと断言してやる」
噛み付きそうな勢いでシリウスは答えた。
「どこへ行くんだい?リリー」
戻って来たばかりだというのに、リリーはまた談話室から出て行こうとしていた。
黙って行こうとするなんて――シリウスの脳裏にレイブンクロー生達が過ぎる。フィールも同じだったようで、一瞬で菓子を片付けると立ち上がった。
「ええ、ちょっと図書室に。気になってた本がもうすぐ入るって聞いてたの、思い出したの」
「図書室ならリーマスとピーターがいると思うけど……僕も行くよ!」
迫るジェームズに、リリーがダメよと人差し指を立てる。ちょんと鼻先をつつかれ、ジェームズは頬を染めた。
「あなたは練習で疲れてるじゃない。今はたっぷり体を休めてちょうだい。私は一人で――」
「私も行く」
「フィール……」
フィールが当然といった風に言った。
リリーはびっくりしていたが、ジェームズはフィールが行くならと任せようとした。さすがのジェームズも、連日続く練習にくたびれていた。
「どうした、リリー・エバンズ」
さっさと行こうとするフィールに、リリーは諦めたように頷いた。
「なんでもないわ。行きましょう」
談話室を出て行く二人をシリウスは複雑な思いで見ていた。
フィールへの態度で確信した。間違いなくリリーはレイブンクロー生達と会うつもりだ。
何をどうするというわけではないが、事情を知る一人として、自分もついていくべきだったのではないか。
「フィールが一緒なら安心だ」
ジェームズの言葉に、シリウスはその逆だと思った。
リリーがいるからまだ安心できる。フィールはむしろ、場合によってはかなり危険だ。
「でも、気のせいかな。なんだか様子が変じゃなかったかい?」
「フィールが変なのはいつものことだろう」
シリウスが咄嗟に口にした誤魔化しは、およそ愛想がいいとは言えないものだった。
またもやってしまったと後悔するシリウスに、ジェームズがにたりと笑う。
「少し前から思ってたんだけど……シリウス、君って意外と素直じゃないんだね。いつの間にかフィールとくっついてたくせにさ。あ、そういえばまだちゃんと聞いていなかったね、フィールとのこと」
これはまずい。誤魔化しは成功したが、矛先が思わぬ方へと向いてしまった。
「隠すなよ相棒!この際だ、話してもらおうじゃないか!」
がっと肩を組まれ、シリウスはあっという間に逃げ場をなくした。
2014.12.31
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