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19 大告白

フィールは楽しみにしていた朝食がお預けとなり、誰が見ても分かるくらいに不機嫌だった。
その穴埋めとばかりに、ぼりぼりと授業中にも関わらずスティッククッキーを食べている。
防音の魔法を使っているのか教授が無視しているのかはたまた寛容なのか、お咎めはない。
生徒は授業を全く聞かずフィールを見つめていた。彼女が事件の中心だからだ。

「落ち着きなさい。もうすぐハロウィンじゃない。ご馳走がいっぱい食べられるわ」

リリーが苦笑しながら宥めた。

「それはそれ、だ。リリー・エバンズ」

フィールは乱暴にクッキーを飲み込み、噎せた。

シリウスが側に行く前に、隣にいたリーマスが背中をさすってやっていた。面白くない。自分が恋人だと叫びたくなったが、シリウスはぐっと堪えた。昨日の笑顔を思い出す。自分だけに向けられた笑顔――シリウスは途端に頬が緩むのを感じた。

「随分と余裕だね、シリウス」
「うるせっ」

ジェームズがにやつきながら言った。
シリウスは適当にあしらってから、ふと考えた。大々的に宣言するものでもないが、自分とフィールの関係は皆にどう伝えるべきだろうか。放っておけば誰も知らないままだろう。リーマスを好きにさせておくのも癪だし、いつまでも隠していてもしょうがない。

シリウスの悩みはそのまま解決されなかった。

宿題が出され(困難ではないが手間にはなった)、授業をこなしていく内に、言う暇も考える暇もなくなっていったのだ。
生徒の騒ぎはしばらく続いた。朝食、昼食、夕食に果てはおやつの時間まで奪われ、フィールの髪が燻りかけることもあった。
変化はあった。あの事件以来、フィールが徐々に自発的に話し始めたのだ。元々人に臆するタイプではないが、今までのフィールは会話ではなく自分の意見をただ言うだけなのが殆どだった――もちろんリリーは例外だ。

「爆発を派手にするだけなら蝙蝠の牙を入れるといい、ジェームズ・ポッター」

平淡な口調に変わりはなかったが、内容がまるで違うのだ。
もしダンブルドアとの話がなかったとしても、その変化は嬉しく思えただろう。



ハロウィン当日。
どこに行っても漂ってくるかぐわしい料理や菓子の香りに、フィールは朝からそわそわとしていた。
夕飯前となった今も、どこか落ち着かない様子でチョコバーを握り締めている。

「程々にしておかないとディナーが入らなくなるよ」
「調整しているので問題ない、ジェームズ・ポッター」

どこか誇らしげにチョコバーを噛んだフィールに、リーマスがくすりと笑った。

「楽しみにしているのはよーく分かったわ。そんなところに悪いんだけど、フィール、夕食の前に少し付き合ってほしいの。ダメかしら?」

申し訳無さそうに両手を合わせるリリーに、フィールはチョコバーの咀嚼を止めた。

「…………問題ない、リリー・エバンズ」

返答までの微妙な間は、フィールの迷いを如実に表わしていた。
リリーは飛び上がって喜んだ。

「良かった!じゃあ早速だけど、私の部屋に行きましょう!」
「期待しているよ、リリー」

フィールの手を取るリリーにジェームズが言った。
リリーはウィンクすると、フィールを連れて女子寮へと走っていった。
リーマスが尋ねる。

「何か知っているのかい、ジェームズ」
「今日という日で一番ビッグなイベントさ」

意味ありげに笑うジェームズに、シリウスは面白くなかった。
一体ハロウィン以上に大きなイベントとは何なのだ。リリーだけならともかく、ジェームズが知っているのに自分が知らないなんて。
大広間の前で待とうとしたが、ジェームズに「それじゃあ面白くない」と言われ、シリウスは半ば無理矢理にテーブルにつかされた。
沢山のご馳走が並び始めても、フィールはまだ来ない。
見兼ねたピーターがチキンをすすめるが、シリウスはずっとしかめっ面で手を付けなかった。

「全く君って奴は、最高のご馳走を前にしてよくそんな顔をしていられるね」

ジェームズがからからと笑う。

「まあ確かに時間がかかって――来たよ、相棒」

噛み付いてやろうかと苛立っていたシリウスだが、ジェームズの言葉に釣られて大広間の入り口を見た。
同時に、生徒達のご馳走に騒ぐ声にも負けない歓声が、グリフィンドールのテーブルに広がった。

「遅くなってしまってごめんなさい」

謝るリリーの頭には、小さなツノがあった。スカートの下から矢印のような尻尾が伸び、黒と赤を基調としたワンピースを着て、小悪魔を彷彿とさせる格好をしている。
その愛らしい姿に、ジェームズはシリウスを蹴飛ばして立ち上がった。

「ああ、リリー!思っていた以上だよ!なんて――なんて素敵なんだ!」
「ありがとう、ジェームズ。あなたにそう言われるためにこの服を選んだのよ」

うっとりと見つめ合うリリーとジェームズに文句を言ってやりたかったが、シリウスはできなかった。リリーの隣に立つフィールに、ぽかんと口を開けた。
フィールもリリーと同じツノと尻尾をつけ、同じデザインのワンピースを着ているが、こちらのスカートはリリーよりも少し長い。あまり良くない顔色は化粧でカバーされていた。
時間を忘れて見入るシリウスに、リリーはとても得意な顔をしている。

「最初は選んでもらおうとしたのよ。けど、この子ったら魔女用のローブを見て"魔女が魔女の格好をしても面白くない、けれど魔女をするなら"……なんて言って、マクゴナガル先生のコスプレをしようとしたの」
「フィールったらよくそんなこと思い付くね……僕にはとてもじゃないけど怖くて無理だよ」

賞賛とも呼べない賞賛を述べるピーターに、リリーが言った。

「もちろん全力で止めたわ。それで、私とお揃い」

不自然に痩せた体をカバーする黒のポンチョが、フィールの歩みに合わせて揺れた。
グリフィンドールのテーブルの前で、フィールは自分への注目は何のその、山盛りのご馳走に目をキラキラとさせていた。
フィールは料理に、シリウスはフィールに見入っていた。

「座りなよ。食べたくてしょうがなかったんだろう?」

フィールがはっとした。シリウスもはっとした。
シリウスがしまったと思った時には、フィールはもうリーマスの隣に座っていた。
フィールにはもう食べることしか頭にないのか、チキンを齧るとそれを皮切りにご馳走をかきこみ始めた。
次々と皿を綺麗にしていく様に、シリウスはフィールと深く関わるきっかけとなった朝と、そしてダンブルドアの言葉を思い出した。

「吐くなら食うな。食ったら吐くなよ」
「ちゃんと見ているから大丈夫さ」

シリウスの忠告はリーマスによって止められた。シリウスはむっとした。
しかし言い返そうとした次の瞬間、他のグリフィンドール生達がシリウス達のテーブルにやって来た。

「エバンズもカリオウスもよく似合っているわ。どこで買ったの?」
「ミス・カリオウス、君は嫌いな食べ物はあるのかい?」
「食事、一緒していいかしら?ずっと話したかったの」

フィールはテーブルに張り付く魔法でも使っているのか微動だにしていない。
シリウスとフィールの間には、数人の生徒達が自分達の皿を手に立っていた。ハロウィンのお祭り気分に乗じた立食パーティーのようになっている。
普段ならシリウスも乗るが、フィールとの距離に、余裕が失われていく。
かぼちゃパイを頬張るフィールに、リーマスが苦笑しながら口を拭ってやっている――シリウスは、とうとう我慢できなくなった。

「シ、シリウス?どうしたの?」

バン!と机を叩いて立ち上がったシリウスに、ピーターが驚いてポタージュをこぼした。
生徒をかきわけ、フィールの前に立つ。フィールはシリウスに目もくれず糖蜜パイを皿に盛っていた。

「こいつは……」

シリウスはリーマスを睨みながらフィールの肩を掴んだ。

「フィールは……」

そして自分の腕に閉じ込めて、全身全霊で叫んだ。

「僕のものだあぁあああああっ!」

一瞬にしてその場が静まる。
ジェームズは面白そうに笑っていた。リリーも嬉しそうに笑っていた。リーマスは唖然とし、ピーターはこぼしたポタージュを拭く手を止めた。
フィールに質問をしていた生徒も、うっかりリリーに見惚れてジェームズに悪戯を仕掛けられて泣いていた生徒も、普通に立ってお喋りをしていた生徒も、みんな、シリウスに注目した。

「……えーっと、シリウス?」

さすがのリーマスも言葉に悩んだ。
フィールは一生懸命に糖蜜パイを貪っている。
燃え上がる気持ちを抑えられないシリウスは、フィールを離そうとしなかった。興奮で息が切れていた。
誰もが発言に困る中、中心人物でありながらまるで他人事のように糖蜜パイを食べていたフィールが、かぼちゃジュースに手を伸ばしながら言った。

「恋人にはなったがものになった覚えはないぞ、シリウス・ブラック」
「あ……そ、そうだな」
「クッキーを食べたいが、シリウス・ブラックのせいで手が届かない」
「わ、悪い」

不満げに言われ、シリウスが慌ててクッキーを取ってやると、フィールはサクサクと音を立ててぺろりと平らげた。
彼女らしい反応と言えばそうなのだが――シリウスは泣きたくなった。
何事もなかったかのように食事を続けるフィールに、そのあまりの堂々とした振る舞いに、静止していた生徒達は自分がおかしいのかと勘違いしそうになった。
しかしこの場でおかしいのはフィールである。

「ちょっと待って!」

リリーが声をあげた。

「シリウス、フィール……あなた達、恋人ってどういうことなの!?」

嬉しそうに笑っていた様子から一変、その表情は驚きに満ちていた。



2014.10.18
 

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