dissolve | ナノ
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18 生まれゆくもの

ダンブルドアがフィールの祖父だったらどんなに良かっただろうかと、シリウスは心から思った。だが、もしそうだったらフィールとの不可思議な付き合いもなかったのかと思うと、複雑な気持ちにもなるのだった。

「フィールは特異な魔法使いでのう……杖がなくとも、呪文を唱えずとも魔法が使える……シリウス、君は見抜いたそうだね」

シリウスは今更になって少し照れ臭くなった。

「君達も入学する前におかしな体験をしたじゃろう。強く思うと何かが起きた筈じゃ……望み通りの結果が訪れるとは限らないがの」

ダンブルドアは朗らかだ。

「普通、魔法使いは成長と共に魔力を錬磨し、杖を用いることで魔法を使うようになる。呪文を必要とする魔法は特にそうじゃの。しかしフィールは強いショックでその垣根を飛び越えてしまった。使い方は子供と変わらず奔放に、強さは大人と変わらず強力になってしまったのじゃ。フィールは杖を振らずに呪文を唱えずに魔法が使える。ゆえに大抵の魔法使いは後れを取り負けてしまう。わしは杖を使うふりをするよう言いつけたが……昨日のような事態では何もかもが通じぬ……詮無き事よ」

ダンブルドアは一瞬だけ視線を落としたが、すぐにまた優しい顔に戻った。

「わしは昨日の目撃者、君達以外の全ての生徒に忘却術をかけた。しかし君達にはかけない。どうしてか分かるかね?」

リーマスが静かに頷く。

「フィールが、僕達を大切に思っているから……ですよね」
「その通り。そして君達にとってもフィールは大切な存在になっておろう?フィールは君達と接することでまた感情を取り戻し始めておる。だからこそ昨日ああなったと言える。これからは全てを知った上で付き合いを続けてほしいのじゃ。……難しいかのう?」
「そんなことないわ!」

弾かれたようにリリーが立ち上がった。

「フィールは友達よ!大切な――大切な……!」

声を詰まらせるリリーの手をジェームズが優しく引く。
リリーは小さく頷くと、漏れそうになる嗚咽を殺して腰を下ろした。

「とても嬉しく思うよ、リリー」

フィールは食い入るようにリリーを見つめていた。ダンブルドアは笑顔だ。
ジェームズが恐る恐る口を切った。

「僕……何も知らなかったとはいえ、フィールに酷いことを沢山言いました。フィールは悪い奴じゃなかったのに」
「フィールが酷いことをしたのもまた事実。しかし己を悔い改めるのは良いことだよ、ジェームズ」
「あ、あの、フィール、僕に優しくしてくれるんです。僕が転んだ時にも、良く効くって、薬をくれて」
「支え合いたいと思わせたのじゃろう。次は君が助けておやり、ピーター」

ダンブルドアはそう言うと、今まさに口を開こうとしていたシリウスとリーマスに目線を向けた。

「もちろん君達のことも分かっておるよ。実はわしとフィールは交換日記をしておってのう。最近はどの菓子を食べたかの報告以外も書かれていて、とても嬉しかったよ」

ダンブルドアのウインクに、シリウスは血の気が引いた。ダンブルドアは知っているのだ。

「もうすっかり安心した……保護者として感謝しておる。――さて、わしからは以上じゃ。疑問があるなら構わず聞きなさい」

リリーがすぐさま尋ねた。

「フィールの背中の傷は治らないんですか?」
「必ず消える日が来る。そしてそれは、フィールが感情を取り戻すほどに消えていくとわしは確信しておる。君達がいればすぐじゃろう」

リリーは険しく寄せていた眉根を解すと、決意を秘めた眼差しをフィールに向けた。

「おおそうじゃ、フィールが"遊び"と称して何かをするのは構わんが、もし無茶をするようであれば止めてやってくれんかのう。例えば暴食や暴飲じゃ。彼女の意思だけではどうしようもない時もあるのでな」

フィールはリリーを見つめ返していた。

「"遊び"はこの子自身が感情を取り戻したいと願う気持ちの現れじゃ。しかし配慮が欠けており周りを顧みない。うまく手を引いてやってほしい。――さて、他に何かあるかい?」

誰も口を開かなかった。イディオの処罰、フィールの処罰、"遊び"の理由、背中の傷―――聞きたかったこと全ての説明がされた。
ダンブルドアは杖を振って紅茶のセットを片付けた。

「ではお話はこれまでじゃ。リリー、ジェームズ、リーマス、ピーター、君達は戻りなさい。シリウスとフィールは医務室に泊まるようにとマダムが言っておったよ。授業には明日から出なさい」

ダンブルドアが立ち上がったので、リリー達も続いた。それと同時に椅子が消えた。

「沢山思うことはあるじゃろう……しかし、友人同士で語らうのは明日じゃ。皆、まだ休む必要がある」

ダンブルドアがドアを開けた。
リリーはフィールに小さく手を振って出て行った。ジェームズ達も同様に、どこかすっきりした表情で医務室を後にした。
四人が廊下の角を曲がったのを確認してから、ダンブルドアは医務室を見渡した。

「やり残したことは……ふむ、ないの。ではわしも行くとしよう。二人とも、ゆっくりおやすみ」

ダンブルドアはカーテンを閉じると、医務室のドアを静かに閉めていった。

静寂が戻る。シリウスは変な汗をかいていた。
やり残したことはないだって?何をとぼけているのだ。ある。ダンブルドアはシリウスとフィールの間にある仕切りの布を直していかなかったのだ。
友人同士で語らうのは明日――つまり、恋人同士は今日でもいいということか。
フィールは寝転んでごろごろとしている。どんな仕草もシリウスの鼓動を激しくさせるばかりだ。

フィールはこちらに背を向けていた。傷だらけの背中が薄い布に隠されている。
あの傷を知りながら、深く考えずに責め立てたことがあった。冷徹だと罵った――腹立たしい。虐待との推測は間違いではなかったのだ。もう少し考えていれば、もっと早くにその背景を知ることもできたかもしれない。昨日のようなことも、起きなかったのかもしれない――。

なんて小さな背中なのだろう。彼女を抱えて感じた、恐ろしい軽さが蘇る。
シリウスはフィールに手を伸ばしていた――突然フィールが寝返りをうったので、シリウスは素早く手を引っ込めた。
驚いて固まるシリウスとは反対に、フィールは落ち着きはらっていた。澄んだ青い目が真っ直ぐにシリウスを捉えている。

「すまない」

フィールが言った。すぐに昨日のことだと分かった。

「私は」
「よせ。僕が勝手にしただけだ」

シリウスは謝罪を突っぱねた。フィールが悲しんでいるような気がしたからだ。

「教えてやる。僕はお前の恋人だ。恋人の為なら怪我の一つや二つ、軽いもんなんだ」

フィールはきょとんとしたが、やがて静かに笑った。

「そうなのか……ありがとう」

悲しみのない、小さくも綺麗な笑みに、シリウスの鼓動が一層激しくなる。
シリウスはベッドから降りると、足音を立てないようにフィールにそっと近付いた。

「どうかしたのか、シリウス・ブラック」
「恋人はいろんなことをする」

シリウスが頬に手を添えても、やはりフィールは大人しい。

「例えば――」

シリウスはフィールの唇に自分のそれを近付けた。フィールは抵抗しない。
しかし重なる寸前で忙しそうな足音が駆けつけて来たので、シリウスは飛び上がってベッドに戻った。直後にマダム・ポンフリーがカーテンを開いた。

「調子はどうですか――まあ!校長先生ったら、仕切りを戻すのをお忘れになって……」

マダムはぷりぷり怒りながら仕切りを戻した。
シリウスは狸寝入りをした。動悸が止まない。顔に熱が集中する。特別女性に不慣れというわけではないというのに、異例の事態だった。
マダムはシリウスの狸寝入りをあっさり信じると、フィールのベッドを覗いた。

「具合はいかがですか?」
「よろしいのです、マダム」
「その様子なら間違いありません」

マダムはクスクス笑うと、安心したように戻っていった。
シリウスはもうフィールの元に行く気になれなかった。
それよりも動悸を抑えねば死んでしまいそうで、布団を被ってぐっと目を閉じていた。

「変な奴だ」

だからか、フィールの楽しそうな呟きなど知る由もなかった。



翌日、シリウスとフィールはマダムに見送られ、無事退院した。朝食を取ろうと大広間に向かっていた。
簡単に手を繋げる距離だったが、シリウスにはそうするだけの勇気を使い果たしてしまっていた。

「フィール!」

入り口で待っていたリリーがフィールに抱きついた。フィールは慣れた様子で受け止めた。

「退院おめでとう。あなたが医務室に住んじゃったらどうしようかと思っていたわ」

シリウスは全く眼中にないリリーに、ジェームズが苦笑してシリウスの肩を叩いた。

「調子はどうだい、パッドフット」
「普通だ」

シリウスはむすっとして答えた。ピーターがクスクス笑っている。

「フィール……はともかく、シリウス、君は覚悟した方がいい」

リーマスが神妙に言った。

「昨日だけでも大変だった。ダンブルドアは事件自体を消したわけじゃないから――皆が話を聞こうと待ち構えているよ」

リーマスの言った通りだった。広間に入るなり六人をわっと生徒が取り囲んだ。朝食を途中で投げ出し、トーストを咥えたまま、我が我がと話を聞こうと詰め寄った。

とりわけシリウス、フィールはそれ以上に囲まれた。リリー達は二度目と言うこともありそれほどではなかったが、やはりすごい人だった。

「本当は何があったの!?」
「カリオウスがエバンズを守ったって聞いたわ!」
「愛してるわー!」
「アクザフルが退学になった!」

どさくさに紛れて誰かの誰かへの告白まで聞こえてきた。
口々に叫ばれ、答えることもできず、シリウスはやっとの思いで広間から抜け出した。友人達の姿はどこにもない。はぐれてしまっていた。

広間からはまだ騒ぎが聞こえる。誰か捕まったままなのかもしれないが、助けに行く元気はなかった。うまくやるだろう――ピーターはともかく。

シリウスは仕方なく授業の支度をしに寮に戻った。部屋には誰もいなかった。まだ捕まっているか、どこか他の場所に避難しているだろう。
適当に鞄に教科書を詰めていると、ジェームズ、リーマスが息を切らしながら部屋に飛び込んできた。ピーターは二人に引きずって来られたのか目を回していた。

「リーマスが言った通りだったろう?」

ジェームズはベッドに腰掛けた。

「何せ生徒が一人退学になる事件だったんだ。興味を持たない方がおかしい」
「他にも関わった奴はいるだろ」

シリウスは気だるげに言った。

「ああ。だけどスリザリン側は――なぜかスニベルス以外は――目の敵さ。ろくすっぽ相手にされてない。後はハッフルパフの一年が詰め寄られてたけど、何かあったのかい?」
「彼にダンブルドアを呼ぶよう頼んだんだよ」

リーマスが答えた。溜め息を吐くと、女子寮がある方の壁を向いた。

「二人は僕達より先に逃げられたみたいだけど……しばらく続くだろうね」

授業の準備を終え、四人は意を決して教室に向かった。
途中でフィールとリリーが合流し、六人は人気のない道を抜けていった。



2014.10.02
 

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