dissolve | ナノ
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15 陰

すぐ戻ると言ったフィールは姿を消してもう三十分になるし、リリーにすれば一時間もいないということになる。二人とも遅すぎだ。
淡い期待を抱いて先に大広間に行ったが、二人はいなかった。仕方なく談話室に戻ったがやはり姿はなく、ふくろうが一羽、椅子に鎮座しているだけだった。
シリウス達はもう待てなかった。何かに巻き込まれたに違いない。

「あら、このふくろう、アクザフルのじゃない。何でここにいるの?」

女生徒がふくろうを撫でながら言った。シリウス達は女生徒に詰め寄った。

「アクザフルだと!?どういうことだそれは!」
「なっ何よいきなり!」
「間違いなくイディオ・アクザフルのふくろうなのかい?」

驚く女生徒に、シリウスを押し退けリーマスが聞いた。穏やかにしているつもりだったが焦りは抑え切れていなかった。

「ええ、そうよ。私、アクザフルがこのふくろうから手紙を貰っているところを何度も見たもの。アクザフルはいつもこのふくろうを馬鹿にしていたわね。でも彼――たまに口が悪いけど、とても紳士的で素敵なのよ」

女生徒がぽっと頬を染めた。

「そういえば今日の夕食、アクザフルと取り巻きの連中を見なかったな」

別の生徒がふくろうを見ながら言った。
シリウス、ジェームズ、リーマス、ピーターは顔を見合わせた。
まず始めにリリーがいなくなった。そこにフィールへの手紙。そしてフィールもいなくなった――糸は繋がった。

「君の好きな人が本当に素敵かどうか、今日はっきりするよ」

リーマスが女生徒に言うと、四人は談話室を飛び出した。
場所は分からない。とにかく空き教室を片っ端から見ていくしかない。シリウスとリーマス、ジェームズとピーターの二手に分かれると、次々と教室を見て回った。抜け道や隠し部屋もしっかりくまなく。
シリウスとリーマスは二階まで来ていた。息が乱れている。

「二人とも、無事だといいんだけど」

リーマスが息を整えながら言った。

「くっそ……アクザフルのやつ!」

シリウスは苛立たしげに壁を殴り付けた。その時、上からヒッと小さな悲鳴が聞こえた。
二人は頷くと、猛ダッシュで階段を上がった。
見慣れない顔が踊り場の影にいた。顔は幼く、体も随分と小さい少年だ。ネクタイの色からしてハッフルパフ生のようだ。

「一年生か?こんなところで一人で何をしている?」

いらいらとしながらシリウスが聞くと、一年生はまた小さな悲鳴を上げて身を縮こまらせた。
リーマスはシリウスの肩を叩くと、一年生に近付いた。焦る気持ちは同じだが、女生徒に聞いた時よりは優しい声が出た。

「どうかしたのかい?この辺で――あーっと――何か変なことでもあったのかい?」
「ぼ、僕、魔法薬学の教科書をなくしちゃったんです。それで"ファインダ様"にお願いしたら、三階の空き教室にあるって、言われて」
「何様だって!?」

シリウスが眉間に皺を寄せた。一年生はますます縮こまり、これ以上ないくらいに小さくなっていた。

「シリウス!……驚かせてごめん。それで、どうしたの?」

一年生はぶるぶると頭を振った。何かに怯えているようだった。

「僕、何も知らないんです。ここに来たら、も、もうあの人は……」

震える指が廊下を指した。
シリウスとリーマスが廊下を見ると、そこには見知った顔が――イディオの取り巻きのスリザリン生が――大の字になって倒れていた。



イディオはいつの間にか荒くなっていた息を整えた。
恐る恐る足を伸ばし――フィールを蹴る。衝撃で体が動いた以外に、反応はない。

「ふん……!馬鹿が!」

勢いを取り戻し、今度は荒々しく蹴った。

「まあいい。おい、"穢れた血"を起こせ」

取り巻きがさっとリリーに駆け寄る。
リリーは縄を解かれながら、目隠しが濡れているのを感じた。
初めて友と呼ばれた。自分のために、傷ついても傷ついてもフィールは諦めなかった。
目隠しをとられ、リリーはようやくその場を見ることが出来た。倒れたフィールの頭にふんぞり返ったイディオの足が乗せられている。

「目が覚めていたのか……盗み聞きとは、やはり、卑しき血は卑しき人となる」

涙を流すリリーに、イディオが吐き捨てた。
リリーはイディオをこれでもかと睨んだ。立ち上がりたかったが、長時間縛られて足が痺れていた。

「最低よ、あなた!こんなことをして何になるって言うの?その足をどけなさい!」
「僕が最高に楽しい。それの何が悪い?」
「なんて酷い……――セブルス!?あなたがどうしているの?まさか、あなた――!」

リリーはスネイプの存在を確認して、目を見開いた。
スネイプはたじろいだ。最悪な状況だ。リリーは間違いなく自分をイディオの仲間だと思うだろう。

「彼は見学だ。僕達はフィール・カリオウスに恨みを持つ同志なんだよ。だから招待した」

スネイプは反吐が出そうになった。恨みはあるにはあるが、イディオのような手段に出る気は毛頭ない。そして、イディオがなぜ自分を引き込もうとしていたのか分かった。彼は勘違いをしているのだ。大広間でスネイプが睨んでいたのはフィールではなく、ジェームズ・ポッターだということに。

「僕は貴様みたいなクズの同志になった覚えはない」

スネイプは口走っていた。両脇を取り巻きに押さえられ動けない状況で、愚かだと分かっていても。
リリーの顔が僅かに明るくなる。対照的に、イディオが顔を歪めた。取り巻きがスネイプの両腕をキツく握った。

「クズ……?何を言っているんだ?」
「耳まで腐っているのか?こいつをどうしようが構わないが、無関係のエバンズを巻き込むクズなどの同志には――」

次の瞬間、スネイプは壁に叩きつけられていた。背中に強い痛みが走るが、後悔はなかった。これでいい。胸がすっきりとしていた。

「客ではなくゴミを入れてしまったようだ」
「セブルス!」
「黙れ。次はお前の番だ」

イディオは杖をリリーに、続いてフィールに向けた。

「エネルベート」

フィールに光線が当たる。意識が回復したのか、手がぴくりと動いた。
そしてイディオは極上の笑顔を浮かべた。

「麗しき友に汚されるといい――インペリオ!服従せよ!」

杖から光が迸り、フィールに命中した。フィールの体がびくりと跳ねる。

「"穢れた血"を襲え」

フィールはおもむろに起き、立ち上がった。怪我は当然治っていないので、体を引きずりながらリリーの元へと歩いた。
リリーは愕然とした。
フィールの目は、いつもの無気力さから更に気力を奪ったようで、何も映していなかった。



リーマスは一年生の頭を撫で、宥めてやった。

「大丈夫。彼は生きているよ。気絶しているだけさ」

シリウスはスリザリン生の様子を見ていた。頭に大きな瘤がある。傍らに杖が落ちており、辺りには百味ビーンズが散らばっていた。
フィールだと確信した。リーマスもそうだった。
取り巻きは一向に起きる気配がない。嫌々ながら気付けの魔法を使おうとシリウスは杖を取り出したが、取り巻きの傍に落ちている紙切れに気を取られた。
強く握りしめられていたのだろうしわくちゃの紙を広げて、シリウスは内容に目を丸くした。

「リーマス!」
「なんだいその紙は?」

シリウスはぐいと紙を押しつけた。
紙にはこう書かれていた。

―今から空き教室で待っています。大切な百合を枯らせたくなければ来て下さい。お渡しするところを誰にも見られたくないので、一人で来て下さいね―

リーマスは目を丸くした。

「あいつ宛の手紙だ」
「となると……フィールとリリーはあそこに?」

リーマスは廊下の端にある教室を見た。

「ああ。行こう」
「ちょっと待ってくれ」

今にも走り出さんとするシリウスを、リーマスは制止した。

「君、校長室――いや、マクゴナガル先生のところに行ってくれないかな?」

何だと睨むシリウスをよそに、リーマスはハッフルパフ生に聞いた。ハッフルパフ生は取り巻きが死んでいないと分かって大分落ち着いていたが、マクゴナガルの名を聞くなりまたヒッと悲鳴を上げた。嫌な思い出があるようだ。

「じゃあ、フリットウィック先生はどうだい?」
「こ、怖く、ないです」

こんな状況でなければ笑っていただろう。リーマスは頷くと、改めて言った。

「ならフリットウィック先生のところに行って、"ダンブルドア先生に三階の空き教室に来るよう伝えてほしいとリーマス・ルーピンが言っていた"と伝えてくれるかな」
「フ、フリッ……に、ダンブル……」

ハッフルパフ生は口に出して繰り返すと、やがて力強く頷いた。

「ありがとう。よろしく頼むよ」

ハッフルパフ生は階段を下り、シリウスとリーマス廊下を走った。
シリウスは空き教室のドアに手をかけた。鍵がかかっているのか開かない。魔法を使うのも億劫で、シリウスはドアを蹴破った。

「やめてフィール!あなたはそんなこと出来ないわ!」

防音の呪文がかけられていたのか、入るなりリリーの声が二人に届いた。
シリウスとリーマスは目を見開いた。
フィールがリリーにじりじりと迫っている。今にも襲いかかりそうだ。
教室にはイディオと取り巻きの他になぜかスネイプが――壁にぐったりともたれて――いたが、今は構っていられなかった。

「何だ――どういうことだ!?」
「シリウス!リーマス!あ、あの人が、アクザフルが"許されざる呪文"を使ったのよ!」

リリーがイディオを指さしながら叫んだ。
イディオはシリウスとリーマスの乱入に面食らっていたが、すぐに余裕ぶった笑みを浮かべた。

「そうだ。素晴らしい話が出来上がる……よし、お前らもキャストに加えてやろう」
「ふざけるな!」

シリウスはリーマスに合図し、ローブに手を突っ込んだ。リーマスも応戦するために杖を手に取った。

「エクスペリアームス!武器よ去れ!」

しかし二人が呪文を唱えるより早く、既に攻撃態勢に入っていたイディオと取り巻きが杖を振るった。
数人分の攻撃を受け、シリウスとリーマスは強かに壁に打ち付けられた。杖は机の方へと飛んでいった。

「ふざけているのはお前らだ」

イディオが勝ち誇った顔で言った。

「僕達はずっとこの時を待っていたんだ。お前らに壊されるほどヤワじゃない」

シリウスはこれでもかとイディオを睨み付けたが、杖はなく相手は複数、動きようがなかった。

「さあて、お前らの始末は後だ。馬鹿な一年生が来る前にカリオウスにリリーを襲わせないといけないのでね」
「一年生……?ハッフルパフのガキのことか?」

イディオの顔色が変わった。シリウスはすぐに理解した。

「あのガキなら来ない。どころか、ダンブルドアを呼びに言った!」
「出鱈目を!」
「ならどうしてどこの寮生か僕が知っているって言うんだ?」

シリウスは挑戦的に言った。即座に光線が飛んできて吹っ飛ばされたが、焦るイディオに確かな手応えを感じた。

「一年生を捕まえて来い!僕が忘却術をかける!」

イディオは唾を飛ばしながら叫んだ。取り巻きは弾かれたように教室から出ていった。
しかし追いつけまい。一年生はダンブルドアではなくフリットウィックのところに行ったのだから。シリウスは更に煽った。

「お前の考えは分かっている。大方、そいつを悪者に仕立てて自分がヒーローにでもなるつもりだろう?安い芝居だ、お遊戯会にも出せねえぜ」
「黙れ!おい、こいつを黙らせろ!」

イディオは簡単に乗せられた。そしてリリーの前に立つフィールに命じた。
フィールは鈍い動作で顔を上げ、イディオを、次にシリウスを見た。

「フィール、目を覚ますんだ!闇の力に屈服しちゃいけない!」

リーマスが叫んだ。

「終わったらあいつもやれ!」

イディオが負けじと叫んだ。
フィールはもうシリウスの前に来ていた。冷たい瞳がシリウスを映した。

「シリウス・ブラック……」
「そうだ、ブラックだ!殴れよ!僕にしたみたいに!」

イディオは狂ったように騒いでいた。

「フィール、お願い!」
「目を覚ますんだ!」

リリーとリーマスが叫ぶ。呼びかけて目が覚めることを祈るしかなかった。
シリウスはなぜか冷静だった。誰かが叫べば叫ぶほど、心が落ち着いていった。
フィールが歩く。

「僕は――お前がどんなにすごい魔女か知っている」

シリウスの口から、自然に言葉が出た。

「僕を縛り付けた時、お前は杖を使ったフリをした。いや、あの時だけじゃない。いつもそうだ。フリをしているだけだ。お前は杖がなくたって、呪文を言わなくたって魔法を使える、すごい魔女なんだ」

それほど同じ時間を過ごしたわけではない。フィールの全てを知ったわけではない。けれど確かな自信をシリウスは持っていた。
リリーとリーマス、イディオ達さえもシリウスの言葉に耳を傾けていた。

「お前が簡単に服従の呪文にかかるもんか。本当はもうとっくに解けてる筈だ。なのに……もしキッカケがいるなら、僕が出す」

息を吸い、吐き、呼吸を落ち着けてからシリウスは言った。

「エバンズが、泣いているぞ」

バチン
ゴムが弾けるような音がした。
シリウスは確信した。この瞬間に、フィールにかけられた魔法は解けたのだと。



2014.08.17
 

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