dissolve | ナノ
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12 確かなぬくもり

生徒達は談話室に入ってくると、爆発の跡が綺麗に片付いていたので安心して椅子やソファに座った。時折ちらちらとフィールに視線が集まったが、フィールが相手にしないのですぐに散った。
生徒達のお喋りが遠く感じられる。フィールを前に、リリー、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターはぼうっと立っていた。

「それって――どういうことかしら、フィール。もっと詳しく教えてくれるかしら。その――あなたさえ良ければだけど」

リリーはいよいよ不安が当たったとばかりに言った。
心から、楽しいと、面白いと思えない――心はあったが、満たされることがない――フィールの無表情と陰の理由を少し知れたが、リリーは全く嬉しくなかった。

リリーはちらりとジェームズを見た。

「ここでは……」
「分かった。僕達の部屋に行こう」

ジェームズが男子寮へと案内した。誰も咎めなかった。
リリーもフィールも初めて男子寮に入った――当然のことだが。フィールは物珍しそうに辺りを見回していた。
四人の部屋に来ると、リリーはジェームズの隣に座った。シリウスとリーマスが反射的にぱっと振り返ると、フィールは入り口に一番近かったピーターのベッドに腰掛けていた。ピーターはどぎまぎしながら隣に座っている。頬が赤いのは焦りと緊張からで特別な意識はないのだろうが、それでもシリウスとリーマスは面白くなかった。

「大したことはない」

ピーターの緊張などまるで気付いていないようにフィールは言った。

「言ったままだ。私は"遊び"で楽しさや面白さを探している。……何かあるなら答える」

五人の視線を受けて、フィールが付け加えた。

「探しているってことは、今のあなたは何も感じていないの?楽しくも、面白くもない?」

リリーがいきなり核心に迫ろうとした。

「私は人だ。心はある。何も感じないということはない」

フィールの答えに全員が顔を明るくした。しかし、続きに落胆せざるを得なかった。

「ただし、そうだな。楽しさや面白さはこれといって感じられない」
「フィール!そんな……でもあなた、前に人と話すのは楽しいって言っていたじゃない!」

リリーの言葉はもっともだった。
大量の血を流し医務室に運ばれた時、フィールは確かに言ったのだ――人と話すのは、素晴らしく楽しいと――寂しい笑顔で。
リリーの強い口調に、フィールは目を瞬かせた。

「そうだな……不思議だ。なぜああ言ったのか、私にも分からない」
「……そう、なの……」

リリーはがくりと肩を落とした。

「全くかい?全く――その、感じないのかい?」

代わりにとリーマスが進み出た。

「そうだ」
「ず、ずっとそうなの?」
「そうだ」

ピーターも問うが、答えは変わらなかった。
落胆が深まる。つまりフィールは、皆と集まり話していても、全く楽しくも面白くもなかったのだ。自分達は知らず、笑っていた――フィールが変化を見せれば、ただ喜んでいた――誰もが言葉に詰まる中、意を決してシリウスが口を開いた。黙り続けるのは、良くない。

「"遊び"って何なんだ?あの馬鹿食いや実験とやらもそうなのか?」

これはいい切り口だった。
フィールが頷くと、シリウスは流れに乗って更に聞いた。
教科書を逆さまに読んだり反対から読んだこと、メモを取るのにインクではなく鯨の血を使ったこと、マクゴナガルに眼鏡を貸してくれと頼んでいたこと――途中でジェームズも参加した――禁断の森にひっそり何か投げていたこと、一度に図書室で本を何冊も借りたこと、そしてそれを一晩で読んだこと――とうとうリリー、リーマスも加わった――フィールは全て肯定したが、五人は一番気になることは聞けなかった。

それは、フィールがイディオやスネイプにした行為も"遊び"だったかどうかだ。まさかとは思うが、もしそうならフィールは本当に気紛れで、リリー、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターとの友情は皆無なのかもしれない。
――今ここにいることも、"遊び"の一つだったとしたら?

「全てそうではないが、殆どだ。しかしどれも今一つだった」

フィールがそう言ったので、五人はいよいよ不安になった。流れがまた滞る。
フィールが奇行に走っていたのには理由があった――数時間前なら知りたくてたまらなかったことが、知った今は胸に重くのし掛かっていた。

「フィール……悪く思わないでほしいんだけど――あー――その、それは何か……その……いえ、マダムに相談したらどうかしら……」

リリーが力なく言った。
シリウスはマダムと聞いてフィールに尋ねたいことを一つ、思い出した。あの傷だらけの背中は、一体何なのだ。しかし、虐待だと思っているものを皆の前で聞いて良いのだろうか。話せば、どう知ったかも言わねばなくなる。それは困る……少しの間だけ、二人になれないだろうか。

「そうだな、病気かもしれない」

フィールはリリーが濁した言葉をはっきりと言った。

「マダム・ポンフリーには親身にしてもらった。だが私は変われなかった」
「なら――」
「ダンブルドア校長も知っている。聖マンゴにも行った」

リリーは愕然とした。マダムにもダンブルドアにも、あの聖マンゴでさえ治せなかったものを、フィールは抱えている。

「ねえ――恋人は要らないの?」

リリーは出し抜けに言った。シリウスとリーマスがピクッと反応した。
驚愕するジェームズ達を放って、リリーは続けた。

「フィール、あなたは変かと思うかもしれないけど、恋はとても素敵よ。毎日が楽しくなるの」

ジェームズが頬を染めた。

「そうだな……」

フィールは考える仕草をした。

「それはそれで面白いかもしれないが、相手がいないので今はいい」

シリウスとリーマスがまたもや反応した。リリーは目を輝かせた。

「ねえフィール――」
「そろそろ夕食だ」

フィールが腕時計を見て立ち上がった。

「そうだね。時間は沢山あるさ」

仕方なくリーマスが続いた。
今日はこれまでか。シリウスは密かに溜め息を吐いた。

「ね、ねえ、フィール」

ほとんど聞き手に徹していたピーターが言った。

「その、皆のことをフルネームで呼ぶのはどうして?」

四人も答えを待った。全く気にもしていなかったが、言われてみれば確かに気になる。
しかし答えはそう難しいものではなかった。

「癖だ」

フィールが言い、ピーターはがっかりしたように眉を下げた。
立ち上がり、ぞろぞろと部屋を出ていく中、シリウスはベッドに座ったままだった。

「どうしたんだい、シリウス」

ジェームズが言った。

「何でもない。先に行っててくれ」

シリウスはやっと立ち上がったがそこから動かなかった。少し一人で落ち着きたかった。

「そうかい、なら待っているよ」

シリウスはジェームズに軽く手を振った。
ぽつんと一人残ったシリウスは、フィールが座っていたピーターのベッドを見つめた。

心はあった――当然といえば当然だが、フィールの口から聞いて、ようやく安心できた。
だが、ますますフィールが何を考えているのか分からなくなった。本人も分かっていないようだから、シリウスに分からなくても仕方ないのかもしれない。
楽しさや面白さを感じられないというのは、一体どんな感じなのだろう。退屈で死にそうなのだろうか。あの背中の傷は、あの寂しい笑顔は――シリウスは一人になって余計に混乱していることに気付いた。
いつか……そう、いつか話してくれるかもしれない。薄い期待を抱くと、シリウスは大広間に向かおうと談話室におりた。
シリウスの足が止まる。

「……先に行ったんじゃなかったのか?」

フィールが一人で談話室にいた。
シリウスは平静を保つのに必死だった。

「実験器具を片付けていなかった。今終えたところだ」

リリー達は先に行ったらしい。ほかの生徒達も夕食に行ったのか、他には誰も残っていなかった。
願って間もなく二人きりになれた。ついている。シリウスは早速問おうとした。フィールだけならどこで知ったかなんて気にされまい。

「どうした、シリウス・ブラック。私はお腹が空いている」

シリウスに腕を掴まれ、フィールが言った。

「お前……」

シリウスはドキドキしていた。

「相手がいないから今はいいって言ったよな」

勢いよく言葉が出た。シリウスは違和感に気付かなかった。背中の話を――しなければ――

「じゃあ僕が相手になる。僕と付き合えば、恋人になれば、いいだろ」

言い終わってようやく、シリウスは何を言ったか自覚した。
しまった、と口を閉じるがもう遅い。言いたかったそれとは全く違う――しかもとんでもないことを――言ってしまったのだ。
全て勢いだったが、シリウスは自分が訂正せず返事を待っていることに、更に驚いた。

「私は付き合いや恋人関係というものが、よく分からない」

フィールが言った。

「しかし、教えてくれるというならそうしよう、シリウス・ブラック」

まさかのイエスに、シリウスは驚きを隠せなかった。
すたすたと談話室を出るフィールの後を追う。フィールはいつもと何ら変わりない。
照れや恥じらいなぞ求めはしないが、せめて少しくらい変化がほしかった。

「いいのか!?」
「自分から言っておきながら変な奴だ。私は気にしない」

フィールは言ってから、くるりと振り返った。何か考えているようだ。

「そうだな……握手くらいはしておこうか」

シリウスは急いでローブで手を拭った。汗でべとべとだった。
フィールが差し出した手を、シリウスはそっと握った。柔らかく、小さい――紛れもなく女性の、フィールの手だ。女性の手を握るのは初めてではないが、シリウスはこうも柔らかくあたたかくはなかったと思った。
フィールは無機的に、重ねた手を見つめていた。

「そろそろ離してくれ、シリウス・ブラック」

シリウスはいつの間にかしっかりとフィールの手を握っていた。

「わ、悪い」

シリウスはぱっと離した。温もりを失った手がやけに寂しい。

「これから、よろしく頼む」

フィールの言った意味を理解して、シリウスは頬を染めた。そうだ、これからは今までとまた違った付き合いが始まるのだ。
そして次は、自分から行動しなければいけない。
握手だけではなく、もしかしたら、それ以上も。

「ああ――よろしく」

シリウスの胸が躍った。形はどうであれ付き合うことに、恋人になったのだ。少しずるい気もしたが、リーマスへの後ろめたさはなかった。
「遠すぎる」なんて言い訳を、彼はようやく捨てることができたのだった。



2014.07.11
 

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