dissolve | ナノ
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09 望むことさえ

リリーへのお土産を選ぶと、フィールとリーマスは自分達の菓子を買い込んだ。
買い物が済んだ後、リーマスは買い過ぎたことを後悔した。フィールの荷物を持つつもりだったのに、自分の荷物で手一杯になってしまったのだ。
フィールは気にした風でもなく、大量の菓子を抱えている。あまり重そうに見えないので、もしかしたらこっそりと魔法を使っているのかもしれない。

「あっ」

三本の箒へと二人が歩いていると、誰かが声を上げた。
ピーターが悪戯グッズを手にこちらを見ていた。脇にはシリウスとジェームズもいる。

「やあ――あの、僕ら、邪魔するつもりなんてないよ――その――」

ピーターが声を詰まらせる。シリウスもジェームズも黙り込み、空気が重くなった。
リーマスが不器用な友人達にどうしたものかと考えていると、不意にフィールが前に出て、あろうことか、ジェームズの前で立ち止まった。

「カリオウス……?」
「謝ってくれ」

フィールが言った。ジェームズは目を見開いた。

「何……あー、えー……?」
「いいから謝ってくれ」

有無を言わさないフィールに、ジェームズは困惑した。謝りたいとはずっと思っていたが、本人に促されるとは。フィールは執念深く拘るタイプではないので、尚更不自然だった。

「…………ごめん」

戸惑いながらも頭を下げると、フィールは頷いた。

「リリー・エバンズが談話室で待っている、それと……お前は誰だ」

お決まりの一言が付け足されたが、ジェームズは怒りはしなかった。それより衝撃的な言葉に、眼鏡がずるりと傾いた。

「私に謝ったと言い忘れるな。行こう、リーマス・ルーピン。早くバタービールが飲みたい」

話は終わったと、フィールはリーマスに向き直った。
リーマスは急に声をかけられ焦ったが、うんと頷いた。

すたすたと歩いていくフィールに、ジェームズは弾かれたように飛び上がった。
リリー・エバンズが、想い人が談話室にいる――信じられないことに、自分を待っている――なら、ジェームズがすることは一つだ。
勢い良く走り出すと、シリウスとピーターにも構わずホグワーツへ向かった――が、思い出したように足を止めると、振り返ってフィールに叫んだ。

「僕はジェームズ。ジェームズ・ポッター!」

ぶんぶんと手を振るジェームズに、フィールは小さく振り返した。

「フィール・カリオウスだ、ジェームズ・ポッター」

知っているとは、誰も言わなかった。
ジェームズが去り、フィールもリーマスと"三本の箒"に行ってしまった。
取り残されたシリウスとピーターは、悪戯グッズを抱えたままぽつんと立っていた。

シリウスは立ち去ったフィールのことをぼんやりと考えた。一日で大分リーマスと打ち解けていたように見える。ピーターともそこそこ話すようだし、とうとうジェームズとも互いに名乗りあった。自分は怒ったまま、あの悲しい笑顔にさせてしまったまま、何も変わっていない。
理解不能の焦りに、シリウスは困り、ピーターに引っ張られるまでそこを離れなかった。
ぽつりと脳裏を過るフィールの後ろ姿は、とても遠くに感じられた。



一日が終わる頃、ホグワーツへ戻ったフィールは、グリフィンドール寮の談話室に入るなりリリーに抱きつかれた。
荷物の山から菓子が幾つか転がり落ちる。
フィールの傾いた背中を支えてやれず、リーマスは再び買い過ぎたことを後悔した。

「ああ……あなた……なんて素敵な人なの……!」

リリーがうっとりしながら言った。

「ジェームズから聞いたわ。お節介だと思った――でも嬉しかった。まさか、あなたがこんなことをしてくれるなんて!」

頬を染めながらリリーは言う。ジェームズ、と言ったリリーは幸せそうだった。一目でうまくいったのだと分かった。
リリーの後ろではジェームズが照れ臭そうにはにかんでいた。
ソファには先に帰っていたシリウスとピーターがいる。どこか疲れた顔だった。シリウスは苛立たしげにガムを噛んでいた。

談話室の机に荷物を置いたリーマスは、ようやっとフィールの背に手を添えた。

「あら、ルーピン、いたの?」
「ずっとね」

目を丸くするリリーにリーマスは答えた。

「菓子が潰れてしまう、リリー・エバンズ」

フィールの抗議にようやくリリーは離れた。同時に手を添える必要がなくなったので、リーマスはがっかりした。

「僕はもう休むよ。フィール、今日はありがとう。楽しかったよ、また行こう」

再びリーマスが荷物を抱えると、ジェームズがはっとした。

「しまった――もうすぐじゃないか!」
「問題ないさ。最近は調子が良くってね。それじゃ、皆おやすみ――おっと」

ジェームズに穏やかに微笑むと、リーマスは男子寮に向かい……またフィールに向き直った。
ごそごそと荷物の山から小さな箱を取り出すと、フィールにそれを差し出す。

「約束だったからね。今日は本当に楽しかった――おやすみ」

そして――リーマスはフィールの頬にチュッとキスすると、今度こそ男子寮に行ってしまった。
リリーはあんぐりと口を開け、ジェームズは眼鏡を落とし、シリウスはガムを飲み込みそうになり、ピーターは椅子からずり落ちた。フィールは平然としている。

「フィール!あなた、ただの買い物だって行ったじゃない!」
「その通りだ、リリー・エバンズ。そしてその通りだった」

フィールは荷物を放り投げると、素早く杖を振るった。荷物は乱れずにふわりと浮くと、一塊になって女子寮に飛んでいった。
フィールはリーマスから受け取った小さな箱と、もう一つ、可愛らしい箱を手に残していた。ますます怪しいと、リリーは詰め寄る。

「ただの買い物でプレゼントまでしてキスをする?しかも彼、フィールって呼んでいたわ!」

全てシリウスが言いたかったことだった。シリウスは噎せながら喉に引っかかっていたガムを吐いた。

「本当にお母さんと呼ぶぞ、リリー・エバンズ。ああ、その時はジェームズ・ポッターがお父さんか」

リリーとジェームズがぽっと頬を染めた。
フィールはリリーに持っていたもう一つの箱を渡した。

「土産だ」

リリーはまだ言い足りないようだったが、大人しく箱を開けた。

「同世代の女子の好みが分からなかったので、リーマス・ルーピンに手伝ってもらった」

中身に見惚れるリリーにフィールが淡々と言った。
箱の中には、可愛らしい人形がちょこんと座っていた。チョコレートの体に、アラザンやココナッツ、カラースプレーで綺麗に飾られた、素晴らしいお菓子だった。

「食べるのがもったいないわ。フィール、私、何と言ったらいいか――ジェームズのこともそうだし、こんな素敵なお土産まで――」
「僕もだフィール――僕は君に――」

フィールは最後まで聞かなかった。
ふああと大きな欠伸をしたので、ジェームズは言葉を切った。

「菓子を整理する。またな、リリー・エバンズ、ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、ピーター・ペティグリュー」

フィールは丁寧に一人ずつフルネームで呼ぶと、ぶらぶら手を振りながら女子寮に行った。

「……優しい子よ」

リリーが言った。ジェームズは頷いた。その恩恵に当たったばかりなのだ。

「でも、なんでわざわざフルネームで呼ぶんだろ?」

ピーターが言った。リリーは答えられなかった。
リリーもピーターに言われて初めて、疑問に思った。不思議ではあったが考えたことがない。

「ところでシリウス、君はいつ彼女と自己紹介をしたんだい?」

ジェームズが急に話を振ったので、シリウスは新しく噛み始めたガムを飲みそうに――飲んでしまった。

「あー……一昨日くらいだよ。廊下で会ったんだ」

ジェームズとピーターはその曖昧な答えを信じたが、リリーは信じなかった。違うと知っていたからだ。
イディオを殴った時と医務室に運ばれた時に、フィールはすでにシリウスの名を呼んでいた。
リリーの目がキラリと光る。女子として見逃せない、面白い何かを本能的に感じ取ったのだ。フィールが心配でしょうがないのは変わらないが、これは性分というものだった。



フィール・カリオウスが気になるのは、最早認めざるをえない事実だと、シリウスは観念した。
リーマスがキスをしていた。燃えるように胸が熱くなった。同時に打ちのめされる。自分がどれだけ彼女から遠いか……。
彼女との関わりは、隠れ部屋での会話と医務室でのあれっきりだ。もっと近付きたいと、シリウスは願った。

「急にモテモテになったわね、あの子」

ある日の談話室。シリウスが隅でぼんやりしていると、リリーが話しかけてきた。隣にはジェームズもフィールもいない。
シリウスは特にジェームズがいないことにほっとした。リリーと彼が一緒にいるとどうなるか、うんざりするくらい知っていたからだ。フィール達がホグズミードから帰ってきた時に疲れていたのは、そのせいだった。リリーとジェームズは以前の険悪さはどこへやら、今やいるだけで部屋の室温を何度も上げる熱々カップルとなっている。
シリウスは一応トボケた。

「何のことだ」
「キューピッドに幸せになってほしいだけよ。その為なら相手がどんな変な奴でも――あー――うん、相手が誰でもいいかなと思って。フェアにしたいからどちらにも協力しないけれどね」

なにやら失礼なことを言って濁して、リリーはシリウスの隣に座った。

「あの子がどちらを……いいえ、誰を選ぶかは分からない。選ぶかも分からない。そのテの気持ちのカケラも見せないもの」

リリーが言った。思い詰めているようだった。

「でもね、そういうことは本当に必要だと思うの。あの子は、フィールは特に」
「どうしてそう思うんだ?」
「なぜかは分からないけど――フィールって時々――心がないみたいだもの」

シリウスは固まった。
薄々感じてはいたが、明確には分からなかった。リリーに言われてようやく、形が見えた。いざはっきりと分かると、胸にズドンと衝撃が来た。

「だからあの子には付き合いが……恋が必要なのよ」
「それなら」

シリウスは立ち上がった。

「僕にはどうしようもできない。僕は恋をしていないからな」
「しているわ!あなた、自分を誤魔化しているだけよ!」

リリーも立ち上がる。談話室にいた他の生徒達が珍しい組み合わせの二人を好奇の目で見た。
シリウスは俯いた。気になるし、近付きたい。

「駄目だ。遠すぎるんだ」

けれど、ホグズミードで距離をありありと感じた。
シリウスは苛立って頭をかきむしると、男子寮に戻った。

リリーは仕方なく、また席に着いた。日々感じていたフィールの喪失感を何とかしたかったが、急ぎ過ぎたようだ。リーマスを追い立てるのは見送らねばなるまい。自分では教えられない恋で得るものを、リリーはなんとか伝えたかった。
しかし間もなくジェームズがやってきたので、リリーのそんな気持ちはしばし吹っ飛んだ。



2014.06.05
 

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