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08 砂糖菓子に紛れる

もぐもぐとチョコを食べるフィールに、リーマスは圧倒されていた。
自分も大の甘党として人に引かれるほど食べるが、フィールはその比にならない。既に机にあった箱を全部空けていたのだ。

「そんなに食べて大丈夫なのかい?」
「これで終わりだ。リリー・エバンズにまた叱られるからな」

フィールはチョコクッキーを口に放り込んで言った。
非常に分かりにくかったが、少し物足りないのだな、とリーマスは思った。
分かりにくいが自分は気付けたという喜びと、その表情にリーマスは可愛らしく思い、笑みがこぼれる。
友人達の確執は終わった。そもそも関わりはなかったが、これをきっかけにフィールと仲良くなるのも悪くはない。いや、仲良くなりたい。あの笑顔の意味は今はまだ分からないが、接していくうちに分かるかもしれない。

リーマスは菓子箱を弄んでいるフィールを見ながら、昨夜、シリウスがひっそりと言った言葉を思い出していた。

「僕が言ったことは忘れてくれ」

フィールと二人で話した翌日、シリウスはフィールはクズだと言った。
フィールと会ったことはジェームズとピーターには言ってなかったので、談話室の隅でシリウスはリーマスに愚痴った。とんでもなく嫌味で、冷酷で、勝手な奴――俄には信じられなかったが、友人の怒りようと、縛られていた事実にリーマスは頷くしかなかった。
しかしシリウスは訂正した。イディオとリリーに対する彼女に、何かを感じたのかもしれない。リーマスも感じていた。フィールの行動には、何か理由があるのではないかと。

フィールは菓子の空き箱を積んでいた。
リーマスが考えるに、シリウスはまだ何か知っている。事が起きる前からフィールを目で追っていた理由はまだ聞かされていない。
しかしそれが何だと言うのだろう。これから知っていけば、それは自ずと見えてくる筈だ。あの笑顔の意味と共に。
そうなれば話は早い。隠したままのシリウスより早く、リーマスは動いた。彼よりも先に、誰よりも先に知りたいと思ったのだ。

「カリオウス、今度のホグズミード、一緒に行かないかい?」

ただの好奇心だろうか。それとも、対抗心だろうか。



魔法薬学の授業中、リリーは持っていたフラスコを落とした。
床に着く前にフィールが素早く浮遊呪文で浮かせたので割れはしなかったが、中の液体はリリーの心情を表すかのように酷く揺れていた。

「リーマス・ルーピンと――デート――ですって!?」

リリーは空鍋をかき混ぜていた。
ホグズミードに行く予定はあるのかと聞かれて答えればこの有様だ。フィールは繰り返す。

「デートではない。買い物に行くだけだ。誤解をしているぞ、リリー・エバンズ」
「誤解じゃないわ!それをデートって言うのよ!信じられない……あのルーピンと……」

リリーはブツブツとまだ空鍋を混ぜている。フィールはどうでもいいか、と訂正をやめた。

「そういうことだ、リリー・エバンズ。先約があるので一緒に行けない」
「そう……なら仕方ないわね。大人しく帰りを待っているわ」
「あれと行けばいいだろう」

しょんぼりと手を止めたリリーに、フィールが言う。くいっと示された親指の先には、ジェームズがいた。相変わらず酷い呼ばれ方だが無理もない。あれ以来ジェームズと会いはしたが、気まずい挨拶だけで自己紹介がまだなのだ。ちゃっかりピーターとはしたが。
リリーはジェームズを見て頬を染めたが、首をぶんぶんと振った。

「駄目よ……まだ駄目。確かに意地悪はしなくなったけど……彼、あなたに謝っていないわ」
「私は気にしない」
「私が気になるのよ。人に謝れる人じゃないと私は嫌だわ……我が儘かしら?」

ジェームズはシリウスと悪戯を考えているようだった。元気になったかに見えたが、どこか表情が暗いままだ。

「そんなことはないぞ、リリー・エバンズ」

フィールは杖を振って鍋を片付けた。

「……ありがとう、フィール。お土産を期待してもいいかしら?」
「激甘のクリームビスケットでいいか、リリー・エバンズ」

リリーは顔を顰めた。



呪文学の授業中、ジェームズ、シリウス、ピーターの三人は杖を落とした。
杖から火花が飛び散り三人の足を焦がすのを、リーマスはにこにこと笑って見ていた。
ピーターが飛び跳ねながら聞いた。

「カリオウスとデートって、ほ、本当に?」
「カリオウスはデートなんて思ってないだろうけどね」

表情が残念ながら、と語っている。
いつの間に仲良くなったのかシリウスは気になった。

「まあ、そういうわけだから、ゾンコには三人で行ってね」

実際はハニーデュークスで好きな菓子をプレゼントすると釣っただけなのだが、リーマスはそれを伏せた。
シリウスはちらちらとフィールを見ていた。フィールはリリーの隣で杖を持って立ったまま居眠りをしていた。リリーに頭をぺしぺし叩かれているが起きる気配はない。
リーマスはその様子を見て、言った。

「カリオウスって、面白い子だよね」
「えぇっ!?」

そう思っているので嘘ではないが、シリウスを引っかける為にわざと言ってみたのだ。
するとどうだろう。シリウスの眉がぴくりと動いた。悲鳴を上げたピーターよりは小さな反応だったが、リーマスは見逃さなかった。

「シリウス、どうかしたのかい?」
「何でもない。靴の穴を見ていただけだ」

シリウスはしゃがみ込んでリーマスから視線を逸らした。



勝手だ。シリウスはそう思った。
フィールが誰とどこに行こうが勝手だ。何をしようが、何をされようが、フィールの自由であり、自分には関係のないことだ。
なのに、気になる。
医務室でのあの笑顔が忘れられない。
また話がしたかった。不躾かもしれないが聞きたかった。二人になれれば……なぜか、リーマスに先を越されたという気持ちになった。



当日、リーマスは足取り軽くフィールを迎えに行った。
フィールはヌガーを食べながら待っていた。これから菓子を買いに行くのにと、リーマスは苦笑した。

「行こうか」

頷いたフィールの手を取って、リーマスはハニーデュークスへと向かった。
フィールは人目を引いた。
普段からあらゆる意味で目立ってはいるが、外に出るとそれは顕著だった。
"吐いて殴って良い人だが奇抜な少女"を知らない人達からすれば、どれだけ視線を受けても無表情なフィールはとても異様で、不思議な雰囲気を持っていた。
リーマスはフィールの隣にいることが嬉しかった。きっと頭の中は菓子のことでいっぱいだろうが、それでもフィールは手を取るのを拒まなかったし、ここに来てくれたのだ。

「ここだよ」

ハニーデュークスの前でリーマスが告げると、フィールの目の奥がキラリと輝いた。

「今更だけど……もしかして、来たことがないのかい?」
「ああ。菓子は全部通販だ」

視線は店に釘付けだ。
リーマスは驚くと共に、定期的に朝食時にふくろうがある場所に集っていたのを思い出した。フィールだったのだ。
菓子好きのフィールがハニーデュークスに来たことがないのも驚きだったが、それはすぐ喜びになった。

「許可証はもらっていたが、来るのが面倒でな。談話室で菓子を食べている方が楽しいと思っていた」

フィールの青い双眸がリーマスを捉える。

「でも違った。礼を言う、リーマス・ルーピン」

リーマスの胸が高鳴る。

「いや、君こそ付き合ってくれてありがとう。さあ、いつまでも見ていないで入ろう」

フィールはこくりと頷いた。
店の中へ入れば入るほど、フィールの目は輝いていくようだった。
通販だけでは見たこともない菓子達に、試食があれば下手物だろうが際物だろうが必ず口にした。その度に眉がぴくぴくと動いたり、目を見開いたりと、小さな変化を見つけてはリーマスは楽しんでいた。

「女子はどんな菓子が好きなのだ、リーマス・ルーピン」

不意にフィールが振り返った。

「女子って、君も女子じゃないか」
「私の好みは常識を逸脱しているらしい。リーマス・ルーピンなら分かるかと思った」

リーマスはははあ、と納得した。

「エバンズへのお土産かい?」

フィールが頷く。

「君はエバンズと仲が良いんだね」

リーマスが何気なく言うと、フィールは首を傾げた。その反応が気になって、リーマスはまた言った。

「仲の良い友達だろう?」

そう言えば、シリウスが言っていた――「あいつはエバンズを友達じゃないと言った」――今なら何かの間違いかと思えたが、フィールの答えは違った。

「シリウス・ブラックにも同じことを言われたが、友達ではないぞ、リーマス・ルーピン」

間違いではなかった。リーマスはフィールの無表情を見つめる。冗談を言っている風でもない。

「え、だって、君はあんなに仲良く……アクザフルにだって……」

首を傾げるフィールに、リーマスは閃いた。

「君……もしかして、友達が何なのか分からないのかい?」

そんなことがあるとは思えなかったが、フィールの様子はどうも変だった。すると――フィールは首を横に振った。

「親しく付き合っている人のことだろう、心を寄せ、共にいることが嬉しい人――」
「概念の話じゃないよ!なんてことだ……そんな……君は……」

リーマスはショックを受けた。常識ではない何かが欠落していると、薄々感じていた。
最近僅かに見えはするが、よくよく考えれば以前は全く見えなかったそれ。なんてことだ――

「カリオウス、エバンズをどう思う?」

リーマスは考えを口にせず、聞いた。確認だ。

「分からない」
「じゃあ、もしエバンズに何かあったらどうする?」

フィールの目がさっと険しくなった。
言葉はないがそれが答えだと、リーマスは受け取った。

「君にとって、エバンズは特別なんだ」
「特別……?」

首を傾げるフィールの頭を、リーマスは撫でてやった。
今は言及する時ではない。
フィールが少しでもそれを持っていると分かったので安心したのだ。同時に、リリー・エバンズを羨ましくも思った。

「意味が分からないぞ、リーマス・ルーピン」
「君とエバンズは友達ってことさ」

繰り返し頭を撫でていると、フィールは納得がいかないようにリーマスを見た。
リーマスはその仕草に思わず抱き締めたくなった。

「ほら、エバンズへのお土産を考えなくちゃ。君の欲しいものも探そう」

ぐっと堪えると、リーマスはフィールの手を引いた。
頷いたフィールは、もう気にしていないようだった。



2014.05.30
 

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