魔法の言葉 一 | ナノ
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機械国家


むっすー。そんな音が似合う、むすっとした表情。
スラーの第一王女であるリラに、ソプラノは睨まれていた。
初めてのスラーとの交流会。もちろんリラとも初対面である。
これまでどの国の王子も王女も本心はともかく友好的で、あからさまな敵意を向けられたのは初めてだった。
水色の艶やかな髪の下、同色の瞳がソプラノをこれでもかと睨んでいる。

「リラ王女、どうかなさいましたか」
「……」
「わたしの顔に、何かついていますか」
「いいえ!」

リラはぷいっとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。

(まあ、いいか)

ソプラノはジュースを取ると広間からバルコニーへと出た。
さっさと終わってくれないかと、空を眺めながら時間が過ぎるのを待つ。

「ソプラノ姫」

不意に背にかけられた声に、紙コップを持つ手に力が入る。
振り向けば、長い黒髪を一つに束ねた少年が立っていた。

「少し歩きませんか」
「あなたは……」

挨拶の時に、一番に立っていた少年。歯切れの良い喋り方をよく覚えている。
スラー第一王子の、コキュウだった。



断る理由が見つけられなかったので、ソプラノは了承した。
コキュウは庭をゆっくりと歩きながら、ソプラノが退屈しないようあれこれと城の装飾について語っていた。
どれもこれも機械国家ならではの装飾で、不思議な動きをしている。
庭を抜けて高台まで出ると、コキュウは得意げに笑った。

「スラーもなかなか良い国でしょう。活気に溢れ、国民にも恵まれています」

そこは、街並みを一望できる、コキュウのお気に入りの場所だった。
さすがに少しは和ませられるだろうとコキュウは思っていたのだが、思惑は外れ、ソプラノは頬の筋肉が固まっているのかと錯覚させるくらいに、会った時からそのままの表情を変えなかった。
それどころか、心なしか先程より不機嫌に見える。

「どうかされましたか?」

ソプラノは空になった紙コップをぐしゃりと握り締めていた。
その小さな手を見て、コキュウは気付く。
不機嫌に見えるのでなく、不機嫌そのものなのだ。

「あなたが候補なんですね」
「……え?」
「ただの交流会じゃないのは知ってました。母さまも伯母さまもどこか様子が変でしたから」

ようやく口を開いたかと思えば、その内容に、コキュウの頬にたらりと冷や汗が流れた。

「今日の会は政略結婚のための様子見なんでしょう……そしてわたしの婚約者候補が、スラー共和国の第一王子であるコキュウ王子、あなたなんですね」

コキュウの反応でイエスと取ったのか、最後は断定的な口ぶりだった。
自分も子供だが、なんて冷ややかな目をする子供なのだろうかとコキュウは驚かされていた。

「……分かっていたんですね」
「ガイタ王子ではなさそうだったので、ゴーン王子かコキュウ王子だと思っていました」

そこへコキュウが現れ、自分を連れ出し揚々と国を語り始めたので確信したのだ。

「あなたが人の言いなりだっていうのも、分かりました」
「オレは別に!」
「うまく仲良くなれ、とでも言われたんじゃないんですか?そうすれば滞りなく事が運ぶ、とか」
「……そう、です」

父の言葉そのままを言い当てられ、実は感知魔法が使えるのではないかとコキュウは思った。
スフォルツェンドとスラーは、もともと仲が良い。
その仲をもっと深める為にと、シターンはソプラノに目をつけたのだ。
魔法が使えないのも好都合。戦いにしゃしゃり出てこられるよりは城で待ち、疲れた息子を癒してやってほしい――珍しくソプラノのコンプレックスを受け入れた上での申し出だったので、フォニアムもとりあえず交流会をと了承したのである。

「けどオレだって勝手に決められるのは嫌です!だからまずどんな人か知りたくてお呼びしたんです。国のことを話したのはただ知ってほしかっただけで……!」

父に言われたからではなく、スラーに住む者として、自慢したかった。知ってほしかった。
平和の象徴とされるスフォルツェンドにも負けないくらい、良い国もあるのだと。
純粋な気持ちを踏みにじられたようで、コキュウは言い返せずにはいられなかった。

「それに言いなりっていうならあなたも変わりないでしょう!分かっていながら来たんですから!」
「そうですね。でも結婚はしません。先に謝っておきます。ごめんなさい」
「あ、あのですね……!」

ぺこ、と小さく頭を下げるソプラノに、コキュウは面食らった。
一方的にフラれてしまったようで、なんだか悔しい。理不尽である。
なんてマイペースなんだ。リュート王子も自由奔放という感じではあるがソプラノ姫はまた違って……リュート王子?
リュートの話も当然耳にしていた。あらゆる交流会で他の王子達が見た話。
リュート王子は、ところ構わずソプラノ姫にくっつく。
単に縁者だからだと思っていたが、もしかしたら、もしかすると。
リュートは今、ガイタ達と遊んでいる。だからこそこうしてソプラノを連れ出せたのだろうが――聞いてみるチャンスなのかもしれない。

「リュート王子のことがお好きなんですか。随分好かれているそうじゃないですか」
「リュートが好きなのはわたしじゃありません。わたしではなく、"幼馴染"が好きなだけです」
「それは一体どういう……」
「たまたま近くにいたから。たまたまいとこだったから。わたしでなくてもいいんです」
「…………」

コキュウは心底驚かされていた。
先程の冷ややかな目もそうだが、なんて――なんて生意気な子供だろうか。
年齢の割りに落ち着いていると言われる自分よりも年下なのに、同じくらいに落ち着いている。あまり人と遊ばず、もっぱら一人で本を読んでいるらしいが、だからといってこれほど生意気になるのだろうか。

「それに、わたしはリュートが好きじゃありません」
「なぜですか?」

淡々とした物言いにどこか引っ掛かり、話を終えられないようにとコキュウはすかさず続きを促した。

「ご存知ですか。リュートは、いずれ大神官になります」
「え、ええ。今でもかなりの力をお持ちで、最年少での戦場入りを果たすだろうと……ですが、それが何の関係が?」

力は、才能だけではなく努力によるもの。性格も朗らかで誰にでも優しく、聖人と言っていいくらいだと、実際に顔を合わせてコキュウは思った。
好意こそ持つが、嫌いになる理由などないはずだ。

「リュートは、人々の絶望に光を差す、希望になります。魔族を打ち払い、人や国を救います」

物語を語るような口調はやはり淡々としていて、一歩どころか二歩も三歩も引いた位置からの感想のようであった。
ますます分からないと首を傾げていたが、次の言葉に、コキュウははっとした。

「……自分を犠牲にして」

苦々しく歪んだ口元を、

「傷ついたって、隠して。いつも笑って。どんなに辛くったって、絶対にそれを口にしない……前から、そう。リュートは自分を犠牲にする。それでいて、犠牲と思っていない。それを苦と思わない」

もどかしそうに拳を作る小さな手を、

「いつも、そう。だから……あんな奴、好きじゃありません」

見逃さなかった。
彼女が、本当に嫌いなのは。

「わたしが、魔法を使えたら――」

最後に漏れ出た呟きに、コキュウはソプラノという少女の本心を垣間見た。勘違いではないと断言できる。
途端にすうっと胸の苛立ちが消えていく。かわりに湧いて来た感情に、心当たりがあった。
今までも何度も体験したそれ。四人の弟妹へと抱く、それ。

「ソプラノ姫……」
「あ……こ、こんなことあなたに言うつもりじゃ!」
「いいんですよ。少しでも心を開いてくれたんなら嬉しいです」
「そ、そんな……」

そんなんじゃない、そう言いかけて、ソプラノは口を噤んだ。

(そうなのかも、しれない)

言いなりだと言ってしまったが、国を語るコキュウの目はキラキラとしていて、偽りがなかった。
他の国の王子達とはまるで違う姿に、密かに安心していたのだろう。
両親とよく似たあたたかさ。リュートとはあまり似ていないあたたかさ。
認めて、ソプラノは否定をやめた。

「……本当は、政略結婚だろうとなんだろうと、した方がいいって分かってます。魔法が使えなくたって、この体には王家の血が流れている。少しでも、有用に使うべきです」

それがソプラノの導き出した、ソプラノなりの、今できる唯一の方法だった。

「でも……諦めきれないんです。私が、私として役立てることが、他にもあるんじゃないかって。期待……してしまうんです」

けれど、それを選ぶと他の選択肢が失われてしまいそうで、足が竦む。
立ち止まるソプラノを、臆病とはコキュウは思わない。

「そんなの、沢山ありますよ」

すっぱりと、言い切った。

「諦めるのもまだ早い。あなたはまだ子供なんですよ?……オレも、ですけど」

ぽりぽりと頬をかきながら、笑みを混じえる。

「可能性なんていくらでもあるんです。魔法がダメなら武術がある。剣術だって。戦うだけでなく、国を営みから支えることでも十分役に立つと言える」

威勢を失いどこかしょんぼりとしているソプラノの姿に、生意気な態度で構わないからとにかく元気を取り戻してほしいと、勝手に回る舌に任せた。

「あなたは賢い。その歳でそこまでの考えを持つ子供はそうはいません。きっと素晴らしい人になりますよ」
「……ありがとうございます」

ぺこ、と小さく頭を下げられ、コキュウは一方的にフラれた時の礼が挑発でもなんでもなくただの癖だったのだと悟った。

「言いなりだなんて言って、とんだ失礼でした。申し訳ありません」
「お気になさらず。あなたとお話できて良かったです。勝手に結婚させられそうになったのは嫌でしたけど、相手があなたなら良いとさえ今は思っていますよ。――どうですか?」

両親に叩き込まれた優雅な動作でコキュウがすっと手を差し出すと、

「やっぱり、結婚はしません」

少しおどけた口調でソプラノは返した。

「ですよね。ハハ、分かってますよ」

良い友人関係を築きたい。それが二人に湧いた、共通の思い。
辺りが暗くなったので同時に顔を上げると、空を飛行船が横切っていった。
普通の飛行船ではなく、これもやはりスラー独自の技術で空を飛んでいる。
眺めながら、ソプラノがぽつりと言った。

「軍事国家ですか。わたしもサイボーグになれるんでしょうか」
「……なれますよ。今できる手段の中では良い方法です」

けれど、とコキュウ。

「サイボーグになると、あなたの今ある可能性は殆ど失われ、誰かと結婚するよりもよっぽど未来がなくなるでしょう」

中枢を破壊されるまでいくらでも替えがきく体になるが、それ以外はない。肉体の成長は止まり、戦いの為だけに生きていくことになる。
何となく――ほぼ直感に近い思いで、コキュウは選んでほしくなかった。

「あなたには、沢山の可能性があると言ったでしょう。答えに急がないで下さい」
「……でもあなたは、なるんでしょう」
「ええ。長兄のオレが成人を迎えれば、合わせてガイタとゴーンもなる予定です。リラや、一番下のショウも大人しくしているとは思えませんから、兄弟で一斉になるでしょうね」

生まれた時から、当然の事として受け入れていた。
物心がついてからも、それは変わらず、誇りを抱いている。

「それは、この国に生まれ、生き、これからも生きていく為には必要不可欠なんです。オレたちはそれを使命として受け入れています。あなたは違うでしょう?……わざわざサイボーグの道を選ぶ必要はない」
「……」
「ですが。何年も頑張って……それでもダメだったら、言って下さい。その時は、オレが口添えしてサイボーグにして差し上げますよ」
「そうですね……分かりました。まだまだこれから、ですから。コキュウ王子がスラーで生きていくなら、私はスフォルツェンドで生きていく為に、頑張ります」

ソプラノはぐしゃぐしゃの紙コップを持て余していた。

「とにかく、もっと勉強します。剣術も意外とアリかもしれません。それとちゃんとした地位をつけて、それから……あっ」
「?」
「姫呼びを改めさせます。わたしが目指す先には、いらないですから」

本当は好きじゃないんですと頬を膨らますソプラノに、コキュウは思わず吹き出した。
なんだ、しっかり子供っぽいところもあるではないか。

「じゃあこれからは、ソプラノ様とお呼びしますね」
「えっ」
「姫以外にはこれしかありませんから」
「む……こ、困りますね」

むむ、と顎に手を添えるソプラノに少し意地悪だったかなと笑みに苦味をひっそり混ぜるが、コキュウは撤回しなかった。



2014.05.25
 

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