魔法の言葉 一 | ナノ
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暑くもなく寒くもなく、時折吹く風が心地よい、とある日。
城の中庭で、ソプラノは本を開いていた。
足元には、"よいこのことばじてん"と書かれた分厚い本がある。読みたい本が難しいので、時折辞典で分からない言葉を調べるのだ。
スフォルツェンド王家の血を引きながら生まれつき魔法の使えないソプラノは、奇異の眼差しを向けられることが多かった。
国同士での交流会でも相手国の王や女王、側近にまじまじと見られたし、「王家の変異」だの「本当はよその子ではないのか」だのとペラペラと話しているのも聞いた。
王子王女は仲良くして来いと言われただけで事情を知らなかったのか、特に何も言われはしなかったが――あまり気分は良くなかった。
ソプラノは悔しかった。
魔法なんか使えなくたって、できることはあるはずだ。
あんな大人達にはなりたくない。いつか見返してやるためにもと、ソプラノは勉強を始めたのだ。
部屋に閉じこもってばかりでは気が滅入るので、天気のいい日は外で読書をしようと大木にもたれて本を開いていたのだが、ひょこっと現れたいとこに部屋でいるよりも気が滅入りそうになった。

「ソプラノちゃん!遊ぼっ!」
「やだ」
「ええーっ!」

迷いのない返事に、リュートはガーンとショックを受けた。

「わたし、本をよむの」
「じゃ、じゃあボクも一緒に……」
「一人でよむの」

やはり迷いのない返事。
リュートはがっくり落ち込むと、その様子を見ていたホルンへと抱きついた。
フォニアムとチェンバレンもいる。ソプラノの父ヘッケルは任務で不在だ。

「ううー……お母さぁん……」
「よしよし。でも仕方ないわね、ソプラノちゃんは本を読みたいんですもの」
「うー……」
「はっはっはリュート!パパと遊ぼう!」
「おじさんダレ?」

純粋過ぎるがゆえの、屈託のないどストレートな言葉に、チェンバレンは先程のリュートのようにガーンとショックを受けた。
だ、ダレって……誰って、実の父親に……とめそめそと泣き出している。

「お父さんよ、リュート」
「あっそーだった!」

見兼ねたホルンがこっそり耳打ちすると、リュートはてへっと舌を出した。

「……全く、素っ気無い子になっちゃったわねえ」

ソプラノから少し離れたところに腰掛けて、フォニアムはぼりぼりとクッキーを食べていた。
同じくホルンも腰掛けて、お茶を口にしながら、ソプラノから目を離さず答える。

「なっちゃったって……あなたが育てたんでしょう」
「そうなんだけど、まさかあんなになるとは思わなくってね。悪くはないんだけどさ」

フォニアムの視線は、チェンバレンとキャッチボールをするリュートに向けられた。

「それに比べて、リュートくんは素直過ぎるくらいね。姉さんこそどんな育て方したらああなるの?あの素直さをソプラノにも分けてほしいわ」
「あのねえ……」

言葉の裏に愛情があるのは分かっているのだが、あまりにもフォニアムの口ぶりは軽すぎる。
反面教師ではないかと思いつつ、ホルンはカップを置いた。

「好きなのよ、リュートは」
「うん?」
「毎晩寝る前に話してくるの。ソプラノちゃんをお嫁にするんだ、って」
「あら、いいことじゃない」

ばり、とフォニアムはクッキーを齧る。

「へぇー、毎晩ね。あんなに素っ気無い態度取られてるのにめげないのねえ。義兄さんに似たのね」
「フォニアム……あなた、本当に人をからかうのが好きね」
「確かにからかうのは好きだけど、別にいつもじゃないわよ」

今度はお茶を啜りながら、フォにアムは答えた。
いとこは結婚できるとリュートに教えてから、幾分か経った。
つかまり立ちだったソプラノは一人で出歩いて本を読むようになったし、リュートは絵本レベルの魔法から魔法学校初期のレベルまで進んだ。
子供の成長は早く――二人とも自我の芽生えが早いというのもあるが――あっという間のように感じられる。
けれどまだ、リュートは理解はしていないだろう。
友愛、家族愛、恋愛……成長したとはいえ、それらの違いが分かる年齢ではない。
ソプラノへの思いが特別であるが、"どの"特別かまでは、分かっていない。
それを知っているから、フォニアムは深刻に考えていなかった。
ただ――そうなればいいとは、思ってはいた。
木陰で本を読むソプラノ。母であるフォニアムにも滅多に甘えることのない、素っ気無い我が子。
あの年齢の子供なら年の近い子供と遊びたがるものなのに、それどころか一人の時間を好み本を読んでいる。
表情も、怒っているわけではないが滅多に笑わず、むすっとした印象を受ける。
落ち着いていると言えば聞こえはいいが、親としては不安になる。

だからこそ、リュートのような素直で明るい子が傍にいてくれたら。

自分がいなくなっても、あの子の不安定な心を、守ってくれるだろうと。
からかいからの言葉は、本心からの切願に変わろうとしていた。



2014.05.19
 

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