魔法の言葉 一 | ナノ
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スフォルツェンド王国に吉報と凶報が一つずつもたらされた。
吉報は、長年魔法が使えないと言われていた王家の娘の覚醒。
そして凶報は――

「ソプラノ様ぁ!無茶はおやめ下さい!」
「む、無茶ではない。もう少しだ、もう少し……はあっ!」

部下の静止を振り払い、ソプラノは浮かばせていた魔法陣を地面に投げた。
瞬間、室内に光が炸裂し、見事な大爆発が巻き起こる。

「わー!やっぱりー!」

魔法で爆発させたのではなく、魔法の暴発によるそれに部下は泣き叫ぶ。
ごうごうと燃える炎を消化器で鎮火させながらソプラノはちっと舌打ちした。
大神官様のお言葉が、見事に当たってしまったのだ。
難度に限らず、回復魔法以外の魔法が全く使えない。
辛うじて魔法陣を出すまではいっても、先程のように爆発してしまう。爆発や炎上で執務室は随分と賑やかになっていた。
しかし諦めの文字は浮かばない。無理だ無理だと言われていたが、スタート地点に立つことができた。
こんなところで落ち込んではいられないのだ。何もかも、まだ始まったばかりなのだから。



巻尺を仕舞う女官の顔には戸惑いが浮かべられていた。
その心情を察していながらもソプラノは尋ねようとしない。もう何人もの女官に口を揃えて言われたことがあった。レシピ本をくれた彼女もきっと同じことを言おうとしている。いちいち聞いていられない。
しかしそんなソプラノをよそに、女官は決意を固めたのかおずおずと口を開いた。

「……本当によろしいのですか?」

言葉付きこそは微妙に違うものの意味はやはり同じだった。聞かれたので仕方なくソプラノも返す。

「本当に、とはどういう意味だ」
「……ソプラノ様は、魔族と戦うなんて怖くないんですか」

控えめに引き止める女官に対し、ソプラノは穏やかだった。

「望んでいたことだ」
「ですが、女性の魔法使いなんて……」
「そうも言っていられない。陛下だって有事にはその身を削るんだ。それに最近は志願者も増えつつある」

ネクタイを結び女官に預けていた上掛けを羽織る。
三つ編みの髪を流して身なりを整えると、戸棚の上の時計を見た。

「採寸は終わりだな。まだ引き継ぎが残っているんだ。後はよろしく頼む」
「はい。ニ週間ほどで仕立て上がるそうです」
「思っていたよりも時間がかかるんだな」
「ソプラノ様のお召し物ですから仕立てにも慎重になりますよ。リュート王子の時は一月かかったそうですし、かなり急ぎで進めては下さるようです」

女官の言葉に、ソプラノは高官と仕立て屋の騒ぎを思い出した。
リュートの法衣は戦闘に最適化したデザインを元に、清められた最高品質の布と糸、神の加護が宿りやすいとされる宝石を用いられ、スフォルツェンドきっての職人が一針一針丁寧に縫い上げている。
もちろん替えの法衣も多分に用意されてはいるが、リュートはまだ成長期を終えていない。身長が伸びる度に仕立て直そうと高官達が勧めるのだが、必要ないとリュートが逃げるのだ。
他国に比べて平和で裕福とされるスフォルツェンドだが、だからといって物資が有り余っているというわけではない。現状で事足りているのだから他に回すべきだとリュートは主張していたが、これには意見が分かれていた。さすが王子だと志を称え賛成する者もいれば、国を背負う者であるからこそ万全を期するべきであると反対する者もいた。
ソプラノは後者だった。リュートに何かあってはそれこそ人類の損害だ。彼への助力を惜しむことは魔族への抵抗を疎かにするということと同義だ。そんなことでは魔族に勝てるはずもない。心持ちだけで勝てるなら世界はとっくに平和になっている。

成り立ての魔法使いとは言えソプラノは王家の人間だ。自分にも用意されるであろう大量の法衣の収納場所を考えながら、ソプラノは扉に手をかけた。

「あの、ソプラノ様」
「何だ」
「杖はどうさなれるのかと思いまして」

女官である彼女がなぜ杖に興味を持つのかと不審に思っていると、女官が慌てて付け足した。

「気になる兵も多いようですよ。男の人ってそういうの好きですよね。いくつになっても童心を忘れないと言いますか、古くて使えなくなったような武器にもロマンを感じるんだと目をきらきらと輝かせて……あ、申し訳ありません私ったら……ソプラノ様が城の技師の申し出を断ったと聞いたので気になりまして」

そう言えば彼女の恋人は兵士だった。妙に饒舌になったのはその為かと納得する。

「ああ。城の者ではないのだが、そちらに依頼してある」
「城外の方ですか。ソプラノ様が頼られるなんて素晴らしい技師なのですね……ソプラノ様?」

依頼先とのやり取りを思い出しついつい顔を顰めてしまっていたようだ。

「……まあ、技量は確かに素晴らしいな」
「え?」
「悪いがそろそろ出る」
「は、はい!引き止めてしまって申し訳ありませんでした。いってらっしゃいませ」

引き継ぎもあるし、依頼先との取り決めもある。萎縮する女官を置いて廊下に出た。あまり時間はない。
急ぎ足で歩くソプラノを呼び止めたのは思いもよらない人物だった。

「やっと見つけた!もう、探したんだからね!」
「リラ?今日は薬の受け渡しの日ではないはずだが」
「何言ってるのよ、こんなもの寄越して!」

スラー国第一王女リラが手にしていたのはソプラノが先日送付した手紙だった。
簡素な封筒を握り締め、ツカツカと靴音を鳴らしソプラノに近付くとリラは険しい表情を一変、笑顔になった。

「おめでとう」
「リラ……」
「どうしても会って直接言いたかったの。兄さん達も来たかったんだけどさすがに皆では来れなくてね。だから代表で私が来たのよ」

手紙を出してからそう日は経っていない。まさか受け取ってすぐに国を発ったのだろうか。
いつも提げている鞄はなく持っているのは手紙だけ。髪も服も乱れて息を切らしている。

「……忙しいだろうに」
「そうよ。だからすぐに帰るわ。あのねソプラノ、こういう時は」
「分かっている……ありがとう」

リラはきょとんとして手紙を落とした。

「やけに素直ね」
「私が礼を言うとおかしいか」
「そりゃあまあ……って冗談よ、冗談」

手紙を拾い上げてポケットにしまうと、リラは「それじゃあ」と別れを切り出した。

「帰るのか」
「すぐ帰るって言ったでしょ。元気そうでよかったわ、またゆっくり話しましょ」

リラは本当に会いに来ただけだったようで、頑張ってねと一言残して早々にスラーに帰っていった。
お茶も飲まずに帰ったのは初めてだった。そこまで忙しいならわざわざ来なくてもと思ったが口にはしなかった。祝福のためだけに来てくれた彼女の優しさが身に沁みた。
短い来訪に感謝しつつ、ソプラノは表情を引き締める。今から、ともすればこれまでで一番の難関に挑戦しなければいけな。
ソプラノの手には、小さな写真機があった。



2015.01.11
 

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