魔法の言葉 一 | ナノ
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血が撥ねた。返り血だ。
倒れる巨体を見下ろすリュートの瞳には、陰りがあった。

「王子!」
「大丈夫、終わったよ」

兵士が慌てて駆け寄ると、リュートは息を切らしながらもにっこりと笑った。いつもと変わりないはずなのに、どこか頼りのない笑顔だった。
今日は魔族の数が多かった上に、なかなかの戦術で向かって来た。リュートにとっては危機をもたらすものではなかったが、少しばかり骨が折れた。
しかしそれだけではないことを、兵士は知っていた。

「後の処理は我々にお任せ下さい」
「いつもありがとうございます。また何かあったら呼んで下さい!飛んで来ますから!それじゃあ、ボクはこれで」
「お待ち下さい、怪我の治療を……!」

兵士の制止を聞かず、リュートは移動魔法を使った。
光の中で、リュートは想う。

(……会いたい)

なのに、会いたくない。
ソプラノはよく怒る。いつもうるさいとふざけるなと怒鳴る。
けれどあんな風に怒鳴ったのは初めてだった。
「大嫌い」がずっと頭に響き続けている。胸が締め付けられるようで、苦しい。

(守るって……何なんだろう)

早く楽になればと、よかれと思いかけ続けていた言葉は、彼女からすれば酷い重圧だったのだろう。
わがままでしかなかったのだ。危険な目に遭わせたくないばかりに、彼女の覚悟を見ていなかった。

(……分からなくなってきたや)

城に着いたリュートは、真っ先に私室で法衣を着替えた。
ただのかすり傷だが人目に触れさせたくない。これは習慣だ。
見抜いて叱りつけてくれるソプラノに会うこともないし、何よりソプラノを思い出すものは見たくない――と、リュートは救護箱から目を背けた。

「リュート王子、お帰りなさいませ」
「ただいまっ」

廊下に出ると、通りがかった女官が深々と頭を下げた。

「訓練場に向かわれるのですか?」
「うん!指導頼まれててね。救援が早く済んだからもう行こうかなって」
「そうだったんですか。でも王子、今は演習の時間ですよ」
「あっあれ?そうだっけ?」

忘れていたと頭をかくリュートに、女官がくすりと笑った。

「うーん……図書室にでも行こうかな」
「お勉強も大切ですが、せっかくですから少しお休みされてはいかがですか? ここ最近働き詰めではありませんか」

女官の口調は柔らかかったが、どことなく断りにくい雰囲気があった。
母のそれと似ているな、とリュートは薄っすらと思った。

「じゃあ、少しだけ仮眠を取るよ」
「でしたら、演習が終わり次第声をかけますね」
「うん、ありがとう!よろしくねっ!」

笑顔に見送られ、リュートは部屋へと戻った。
青のマントを脱いでベッドに横になる。疲れが溜まっていたのか、天井を眺める間もなく眠りへと落ちた。



近付いて来る足音に、ソプラノは顔を上げた。
控えめなノックにうじうじから復活したチェンバレンが扉を開くと、一人の女官が飛び込んで来た。

「ホルン様!ホルン様はおられますか!」
「陛下は外している。私が代わりを務めているが、一体何の――」

ソプラノが席を立つと、女官は焦りを浮かべた表情を強張らせた。
ソプラノも戸惑っていた。見覚えのある顔だと思えば、レシピ本をくれた女官だったからだ。
あれ以来会う機会もなく、礼を言いそびれていた――が、今は妙な態度が気になる。

「何の用だ」
「え、ええと……」

改めて尋ねるソプラノに女官は口籠る。以前の大人しくもはっきりと意見を述べていた彼女らしくない。

「どうした?」
「……リュート王子の様子が、おかしいんです」

女官の一言に、ソプラノは目を見開いた。

「さっきお会いした時は怪我なんてなかったんです!なのに、どうして……!」

狼狽える女官にソプラノは拳を握りしめた。ゆっくりと開いて、女官の肩を抱く。

「落ち着け。リュートはどこにいる?」
「へ、部屋に……」
「部屋だな。分かった。国王様、私は確認を急ぎます」

チェンバレンに女官を任せてソプラノはリュートの部屋へと走った。
滅多に入ることのなくなった部屋だが、何があるかは全て把握していた。魔導書が並んだ本棚を通り過ぎてベッドの前に着く。
リュートは眠っていた。苦しげに眉を寄せて呻き、ソプラノが側に寄っても起きる気配はなかった。
ソプラノは静かに息を吐くと、原因を思しきそれを睨み付けた。
リュートの左腕には、法衣を透かすほどの禍々しい光が浮かんでいた。

「リュート王子、仮眠を取られていまして……兵への指南があるそうなので、私、演習が終わったのをお伝えしに来たんです。けれどノックしても返事がなくて……だから失礼を承知で部屋に入ったんです」

追いかけてきた女官が弱々しく言った。

「でも、いくら起こしても全然目を覚まさなくて……!」

女官はリュートを見て、また瞳を揺らした。

「そんな……さっきより酷くなってる……!」

女官が話している間にも腕の光は強くなっていた。

「他に誰かこのことを知っている者はいるか?」
「いいえ……まずホルン様にお伝えしなければと思いましたので」
「それでいい。他言無用だ。リュートが約束をしていた兵達には急な任務が入ったと伝えてくれるか」
「は、はい!」

女官が慌ただしく出て行くと、入れ替わるようにチェンバレンがやって来た。
リュートの容態を確認しながら、チェンバレンは唸った。

「一応、高官達には伝えておいた。秘密裏に呪術師を集めるそうだが……期待できそうにない」
「国王様のお力ででも、ですか」
「リュートの為だ、できる限りのことは勿論やる。しかし、私は専門家ではないし、呪いというのはかけるよりも解く方が難しいものだ」
「呪い?」
「そうさ。魔族の仕業だろう……元々は大したものじゃないが、リュートの法力を糧に育っている。手強いよ」

ソプラノはリュートの腕に手を伸ばした。法衣の袖をめくったところで、バチリと光が爆ぜて手が弾かれた。

「くっ!」
「よしなさい!」

なお手を伸ばそうとするソプラノの手をチェンバレンが掴む。

「パーカスに連絡をした。ホルンを待つんだ。王家の回復魔法ならなんとかなるだろう」
「ですが!」
「分かっているだろう。今君が出来ることはない」

苦々しくチェンバレンが言い放つ。ソプラノは足元が崩れていくような感覚に襲われた。

(何も、出来ない)

リュートを救えるような、目覚めに誘えるような魔法の力を、自分は持っていない。
戦う術を手に入れても、彼を救えない。



2014.10.18
 

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