魔法の言葉 一 | ナノ
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最悪


スフォルツェンド内の大広間は、華やかな飾りが施され、人が溢れてとても賑やかだった。
スラーを始めとした近隣国の王族の交流会。その広さと中心国であることからスフォルツェンドが会場に選ばれたのだ。これほど大規模な交流会は、リュートにとってもソプラノにとっても初めてだった。
ソプラノは三年前のスラーの時のように一人でバルコニーに出た。体裁を整えるために既にかなりの会話をした。そろそろ休んでいても文句は言われまいと、眉間に皺を寄せて腕を組み、近寄るなとばかりに佇んでいた。
しかしオーラに気後れせず、小さな背に近付く影が一つ。

「ご機嫌麗しゅう……というわけにはいかないようですね、ソプラノ様」
「……コキュウ王子」

ソプラノの数少ない理解者の一人、スラー共和国第一王子コキュウその人である。
他国の王子らがソプラノに話しかけているのを、コキュウは見ていたのだ。程なくコキュウも他の会話の輪に入ったので後は知らないのだが、予想通り、うんざりするほど付き合わされたとソプラノの背が語っていた。
そこでコキュウも休憩がてらバルコニーまで出てきたのだが、どうやらソプラノの不機嫌は疲れからだけではないようだ。交流会の始まりから今までずっと他国の王女に囲まれているリュートを思い出して、コキュウは苦笑いをこぼした。

「勘違いしないで下さい。アレは関係ありません」
「……そうですか」

アレ扱いされるリュートを不憫に思いながら、コキュウは漏れそうになる笑いを堪える。

「話し疲れたのではありませんか?どうぞ」

コキュウがお茶を差し出すと、ソプラノは迷わずに受け取った。

「私に隙があるのが悪いんです」

疲れるほど誰かの相手をするつもりはなかったというのに、一人話せばまた一人、そしてまた一人とどんどん押し掛けてきたのだ。これなら無愛想を貫けばよかったとソプラノは後悔していた。

「またあなたは……もう少し、気楽に行きましょうよ」

それもこれも、ソプラノに隙があるから……ではなく、単に容姿に惹かれたのだと知るコキュウは、まあまあと宥める。

「随分と勉学に励んでいらっしゃるとお聞きしましたよ」
「目標がありますから」

初めて顔を合わせた交流会から、三年ほど経っていた。
やはり大人びているのは変わらず、ソプラノの表情はまだ十にも満たない子供のするものとは思えない。

「無理、してはいけませんよ」
「……はい」

ソプラノの両親の訃報はコキュウも受けていた。葬儀はひっそりと行われたので参加していないが、心に相当の傷を負ったのは容易に想像できる。
今ソプラノが立っていられるのは、周囲の人々の協力があってこそ。支えられながら支えていくために、ソプラノは日々努め続ける。もともと頑固な彼女のこと、意地でもやり通すだろう。

「……コキュウ王子」
「なんでしょう?」
「あいつに、何か言ったでしょう」

唐突な、質問ではなく確認の言葉にコキュウは面食らった。
ソプラノはいつかのように紙コップをぐしゃりと握りしめて、じっとりとした目線をコキュウに送っていた。

「あの日からなんです、あいつが私に結婚だなんだって言い始めたのは」

あの日――スフォルツェンドとスラーの初めての交流会、コキュウがソプラノの心を知った日。
コキュウは、リュートにとある助言をしていた。



夕食後、風呂場に来たコキュウは、さっさと体を洗って湯船に浸かっていた。始終はしゃいでいる弟達を兄として見守るためである。
ソプラノに混浴を断られてしょんぼりしていたリュートも、広い風呂を前にすっかり調子を取り戻していた。ガイタやゴーンとはすっかり仲良くなっており、一緒になってまるで兄弟のようにはしゃいでいる。

「おーい、元気なのはいいけどなあ、あまりはしゃぐと危な……」

つるっ ゴチンッ!

「リュート王子ぃぃっ!?」

言ったそばからリュートはすっ転んでいた。
慌てふためく弟達に、コキュウは自分も転ばぬようにと素早くかつ慎重に近付いた。我が父シターンとリュートの父チェンバレンは何をやっているのだと視線をやると、二人は酒を飲み交わしてすっかり出来上がっていた。

「リュート王子ご無事ですか!すぐに手当て!」
「いたた……コキュウ王子、ありがとうございます。ボクは平気ですから」
「でっですが!」
「本当ですよ!ボク、すごく丈夫なんですっ」

にっこり笑うリュートに、コキュウはソプラノが"好きじゃない"と言った理由を少し理解した気がした。
自分の不注意で転んだとはいえ、少しは頼ればいいものを。心配かけまいと傷を隠し、辛くとも笑う。そんな姿を、ソプラノはいつも見ているのだろう。
ソプラノとはまた違う危うさを、リュートは持っている。

「兄ちゃん、オレたち先に上がってるぜ」
「あ、ああ……」

リュートが大丈夫だと分かり安心したガイタとゴーンは、タオルを片手に脱衣所を出て行った。
弟達に気付けと言えるわけもなかった。眩しい笑顔を見せられたら、誰だって安心してしまうだろう。コキュウもソプラノから話を聞いていなければ気付いていなかったかもしれないのだ。

「コキュウ王子ももう出るんですか?」
「あ……オレはもう少し……」
「じゃあ一緒に入りましょう!」

コキュウはリュートと肩を並べて湯船に浸かった。思えばガイタ達と遊んでいるのを見守るばかりで、最初の挨拶以外にコキュウはリュートと大して会話をしていなかった。

「ボク、こんなに大きなお風呂初めてなんです。楽しくってつい……うるさくしてごめんなさい」

謝りつつもどこか嬉しそうに話すリュートに、コキュウもつられて頬を緩ませる。

「謝らないで下さい。楽しんでもらえたなら光栄ですよ。弟達とも仲良くしてもらえてありがたいです」
「えへへ、ガイタ王子もゴーン王子も優しくて面白くて!でも……」
「でも?」
「ソプラノがいたら……もっと楽しかっただろうなあ……」

リュートは呟くと、小さな手でお湯を掬った。ぽちゃっと、湯が跳ねる。

昼に二人きりで話し、コキュウはソプラノの本心を察していた。素っ気ない態度を取ってはいるが、ソプラノもリュートが好きなはずだ。
しかしリュートも年齢にそぐわない精神を持っているとはいえ、やはり子供。言葉の裏にある思いに気付けるわけもない。笑って接してはいるが、素っ気ない態度を取られれば傷付くし、冷たい言葉を言われれば自信もなくなる。

「リュート王子……一緒にお風呂は、ソプラノ様は照れ屋ですから無理ですよ」
「照れ屋……それだけ、かなあ」
「はい。次の交流会にはプールを用意しておきますから。それなら一緒に入れますよ」
「本当ですかっ!?楽しみにしていますね!」

ぱあっと顔を明るくしたリュートに、コキュウはまたもやつられるように笑った。

「でも、ちょっとビックリしました。ソプラノのこと照れ屋なんて言う人がいるなんて」
「ああ、そうではないかと思いまして」
「そういえば、今日一緒にいましたね。夕食の時も結構話して―― ……あ」

そこまで言って、リュートははっとした。

「コキュウ王子って、もしかして」

そこまで言われて、コキュウもはっとした。
いつも無愛想で素っ気ないソプラノを照れ屋などと言うのは、ソプラノを理解しようとしていなければ出てこない言葉である。リュートは裏で持ち上がっていた縁談話に気付きこそしなかったが、何かがあることだけは察していた。
自分以外にもソプラノを好きだと言う人がいたらどうしよう。今まで考えたこともなかった不安に、まん丸の瞳が揺れていた。

「ソプラノ様のことは、好きです」
「えっ!」

ぐらぐらと揺れが酷くなる。
泣き出しそうな瞳に申し訳なさを覚えながら、コキュウは続ける。

「ただし、リュート王子がガイタ達を思うような"好き"ですよ。安心して下さい」
「そ、そうですか……!」

ほっと胸を撫で下ろすリュート。
ソプラノは"幼馴染"を好きなだけだと言っていたが、コキュウにはどうもそうとは思えなかった。

「リュート王子は、ソプラノ様のことがお好きなんですね」
「はい、大好きです!……でもソプラノは……」

目を伏せるリュートの頭を、コキュウは弟達にするように優しく撫でた。

「王子が頑張っていれば、いずれ振り向いてくれますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。これはオレの想像なんですけどね、ソプラノ様は押しに弱いと思うんです」

勝手に思いをばらしてしまうわけにはいかないので、それならばとコキュウは別の言葉を選ぶ。いつも素っ気ない態度なのは弱さを隠すためで、心はさなぎのように脆いはず。リュートの持ち前の明るさで、ほだしてしまえばいいのだ。

「だから、ぐいっと迫ればいいんです」
「ぐ、ぐいっと?」
「行動だけでなく、言葉でも気持ちを伝えないといけませんね」
「言葉……!」

リュートは素直にふんふんと頷いた。
ひたむきな姿にもっと協力したくなり、コキュウは他にはないかと頭を悩ませた。
それからどうすればリュートがソプラノを射止められるか、という話は、二人が逆上せるまで続けられた。



2014.08.08
 

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