魔法の言葉 一 | ナノ
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カーテンから差し込む光に、ソプラノは目を覚ました。

「ボクが守る……か」

懐かしい夢を見た。あれから何年経っただろうか。
当時リュートには"百年早い"と言ったのを覚えている。今も、守られたいとは思わない。
あれ以来、ホルンとチェンバレンが親がわりとなってくれた。
リュートは大神官になったが、自分は相変わらず内での仕事。国を営みから支える――交流会でのコキュウの言葉からすれば十分なところまで来ているのだろう。リラもそう言っていた。

(それでも、私は)

ソプラノは勢い良く起き上がると、パンと頬を叩いた。
魔法が使えないなら、せめて武術を心得なければ。
以前はリュートに邪魔されていたが、今は違う。
魔法具による簡易の結界が張られた裏庭で、ソプラノは準備運動をしていた。程なくして、パーカスが姿を現した。

「おはようパーカス。いつも済まないな」
「おはようございます。全く、ホルン様やリュート王子が知ったらなんと仰るか」
「リュートは知らん。陛下なら見逃して下さるだろう」
「そうでしょうが……あまり無茶しないで下さいよ。ソプラノ様も国の柱のお一人なんですから」

数週間前から始めた早朝の訓練。スフォルツェンド内の兵士や術師はリュートの根回しのせいで、魔法や武術の協力は仰げない。
それならばと、ソプラノはパーカスに相手を頼んだのだった。"執事"とはいえ長年王家に仕えている一族なだけあって、パーカスは魔法も武術も素晴らしい。
根回しこそされていなかったが、パーカスはリュートの思いを知っていたので当初は渋っていた。しかしソプラノの押しについには折れ、今に至る。
女王と王子……ついでに国王にも知らせていない内密での訓練だが、

(ホルン様は勘付いておられそうだ)
(陛下には隠し通せる気がしない)

二人の意見は一致していた。そして実際に――ホルンは、水晶から二人を見守っていた。

「では……行きますよ」
「ああ……」

ホルンはごくりと唾を飲んだ。わざわざパーカスを呼んでの訓練。やはりここは定番の組み手だろうかと、水晶越しにそれを待つ。

「はいっ!スクワット5000回!」
「でやああああー!」

しかし始まったのは組み手ではなく、体育会系そのものの筋力トレーニングであった。

(な、なぜなの武術の協力は仰げない。
それならばと、ソプラノ!パーカス!スクワットなら一人でできるじゃない……!)

まるでホルンの心の声に答えるかのように、武術の協力は仰げない。
それならばと、ソプラノが喋る。

「いやー……こういう練習が、一番キツいんだ。誰かに見張ってもらわないと、続けられる気が、しなくてな。いや、続けるが、まあ、悪い姿勢で行なっていないか、見て、もらえる、し」
「何事も基礎が大事!次は片手腕立て伏せそれぞれ3000回です!」
(それじゃパーカス呼ばなくても良くない?!)

ホルンのツッコミ虚しく、ソプラノは着々とメニューをこなしていった。
それからしばらくして、ソプラノは全てのトレーニングを終えた。

(スクワットに腕立て伏せに上体起こしにうさぎ跳びにその他もろもろ……薄々そうじゃないかとは思っていたけどソプラノって結構パワフルなのね……)

リュートに反撃できていた理由はこれだったのか。途中で見るのをやめたくなるような地味なメニューに、ホルンはげっそりしていた。

「そろそろ朝食の時間ですな」

腕時計を確認するパーカスに、ソプラノはぐったりしていた体を起こした。

「なら……よろしく頼む。手加減なしでな」
「分かっておりますよ」

最近は手加減すると気付くようになりましたからね、とパーカスは苦笑した。
空気が――トレーニング前とは格段に違う――変わった。

「行くぞ」
「はい」

短い掛け声と共に、ソプラノは足を踏み込み蹴りを出した。

(組み手……!?)

パーカスは跳躍して軽やかに避けると、城の壁を蹴り、ソプラノに接近して貫手を繰り出す。
ソプラノは寸前でかわし左膝を上げるが、パーカスは先読みしていたのか両手で地面に着地すると、器用に両足で膝蹴りを受け止めた。
ビリ、と力がぶつかり合い、ソプラノが弾かれる。
ソプラノは後転し体勢を整えるが、その隙にパーカスは間合いを詰め、次の貫手を繰り出そうとしていた。

「くっ!」

プラノは高く跳躍し、パーカスの背後に回りこんで蹴りを入れようとするが、

「今日はここまでですね」

パーカスがソプラノの首元に貫手を構えていた。
ソプラノは大きく息を吐くと、体から力を抜いた。

「……ダメか」
「成長なさっていますよ。以前のソプラノ様なら背後に回りこむなんてできずに、目を瞑って負けを認めていたでしょう」
「む……」

パーカスの励ましにソプラノは納得いかないようだった。

「朝晩のメニューを絶やさないように。さあ、朝食ですよ」
「分かった。また、よろしく頼む」
「ええ」

そう言うと、ソプラノとパーカスは結界を解き、裏庭から出て行った。

ホルンは――唖然としていた。
確実に、ソプラノは力をつけている。初めて組み手を見たが見事なものだった。パーカスには及ばないものの、武術だけなら兵士の中でもかなりのものだろう。
こっそりと訓練をしているのは知っていたがこれほどまでだったとは。もし彼女に魔法が備われば、きっと彼女の望みは叶う。

(いえ……魔法がなくともこのまま成長すれば、きっと)

ホルンは戸惑った。このまま成長しパーカスを凌ぐようになれば、きっとソプラノは兵士の志願をしてくる。実力をたっぷりつけてくるのだから、断る理由がなくなってしまう。

「……リュート……」

妹と義弟の訃報を聞いた日、リュートの叫びはホルンの元にも届いていた。
今や人類の守護神とまで呼ばれる存在となったが、それでもなお足りないと言われた気分になるのではないだろうか。
ソプラノの気持ちも痛いほどに分かる。こうなるまで沢山の努力を積み重ねていたのを、彼女が幼少期の頃から見てきたのだから。
だからこそ、ホルンは辛かった。リュートの気持ちも、ソプラノの気持ちも、痛いほど知っていた。

「知ったら……あなたはどうする?……リュート」

リュートが秘密を知った時こそ、二人にとって重要な時だ。
どうか互いを傷付けぬよう。ホルンが祈れるのは、それくらいだった。



2014.07.19
 

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